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6.出陣


 近衛騎士団の準備が終わり、自分とエメリヒ王は王都の河川港に留めてある帆船へと乗り込んだ。

 モーラ辺境伯から借り受けた外洋を航行できるほどの大きさの船だ。これがいくつも王都に連なっており、それに近衛騎士団が次々に乗り込んでいった。乗騎のみは既に近衛軍の本隊と共に先行させているために、国境近くで更に馬を大量に乗せた船団と合流することになる。


 親征を行う時は通例として派手な出陣式典が行われ、王都に住む者達が王の出陣をひと目見ようと通りに詰めかけるが、今回はどこにスマルト共和国の間者が潜んでいるか分からないので行われていない。

 既にスマルト共和国へこちらが戦争準備を進めている事は知られているが、正確な出発時期や方法などは出来る限り伏せておきたいのだ。その為に河川港へは目立つ近衛の鎧を着用せずに、エメリヒ王を馬車で動かした。ある程度だが対策しても、間違いなく王が出発した噂は瞬く間に広がる。何故か先行したはずの我々を噂が追い抜かしていることもあると思った方が良い。


 船はゆっくりと西風を帆に受けて動き出した。

 最初こそ櫂を使い勢いをつけたものの、平原に吹く風に乗ってからはその必要もなく、川の流れに逆らって上流へと進み始める。


「久しぶりに同じ船に乗るな…リデルよ。それに今回は酔って無さそうだな」


 近衛騎士が船員に従い甲板上で作業を進める姿を監督していると、後ろからエメリヒ王が不意に声をかけて来た。船室に居るものだと思っていたもので、体が少し飛び上がる。


「ははっ、そこまで驚くこともあるまい」

「これは陛下、失礼いたしました……左様にございますね。あの時と同じでモーラ家から船を借りて乗っている分、感慨深いものです」


 エメリヒ王、当時はエメリヒ第三王子であったが、彼を王にする為に放逐されていた当時のモーラ”辺境伯領”から連れ立って、東方大公の下へと向かった。その時もモーラ公から御用商人の船を借り受けて出発したのだ。

 モーラ家から船を借り受けて、エメリヒ王と同じ船に乗り、新たな戦場を目指す。

 まるで当時のままであったが、王子は王となり、騎士爵は伯爵となり近衛騎士団を率いている。大きな違いだった。10年前まではただの王国に住む猟師の息子であり平民が、今ではいつの間にか王の側に侍る貴族となっている。それも一代貴族ではなく、綺麗な妻と息子と娘を持つ立派な領地持ちの貴族だ。

 人に話したら羨ましがられるだろうか、運が良いと言われるのだろうか。最初に所属していた頃に近衛騎士団で世話になった、兄貴分のマルセラにでも話したら大層驚くに違いない。

 彼は元気でやっているのだろうか?内乱が落ち着いた頃にマルセラの行方を探させたが、知る者はいなかった。それも当然でマルセラは平民出身のアーチャーであったし、当時近衛騎士団をやっていた者達は、死ぬか自刃していて、僅かに残った者達は処刑された。

 エメリヒ王の言葉に、王の御前であるにもかかわらず川の中央に浮かぶ船の上から、周囲を見回して感慨に浸ってしまう。こんなことが出来る自分は相当無神経か、肝が太いのかも知れない。


「懐かしむほど前になったかな?」

「はい、無事に懐かしめることを嬉しく思います」

「それもそうだ。リデルよ、今日の事を懐かしく思う日を作らなければならないな……このベルディグリ大陸すべてがオロール王国となった暁には、近衛を引き連れて船旅に出ようか?それか東の大陸へ乗り込むか?」

「陛下がどこへ向かおうと、我々近衛はお供いたします」

「名君と称えられる政治をするつもりだが、既に随分な数の人を死なせた。これからも死なせるだろう、私が向かう最後の場所は”色のない世界”かも知れんぞ?」


 我々が信仰する”真実の色教”では生前善い行いをした者は”極彩色の世界”へと昇り、悪い行いをした者は”色のない世界”に堕とされる。自分も戦いと共に生き、この手はとっくに血に染まっている。エメリヒ王と共に色のない世界へ向かわなければならないかもしれない。


「であれば、色のない世界をオロール色に染め上げましょう」

「随分と物騒な事を言うではないか?」

「私が仕えている、さるお方の影響かも知れません」

「ふっ、リデル…お前も言うようになったな」


 軽口を交わしたエメリヒ王は満足したのか「私は戻る」と呟き、もう一度船室へと下がって行った。

 もしかしたらエメリヒ王はこの親征に対する漠然とした不安を抱えていたのかも知れない。そもそもエメリヒ王は、昔、モーラ辺境伯領に放逐されていた頃よりも孤独を感じているのだろう。元来、権力者というのは孤独なものだという事は、中途半端に権力を得た自分でさえ感じている事で、それが王国で一番となれば、更にひどいに違いない。

 でなければ、オロール王国において真実の色教のオレンジ派大司教であるエメリヒ王が、自らが色のない世界に堕とされるかもという不安を口にすることはない。こんなことは絶対にあってはならないし、もし言えたとしても自分かボウデン総団長のみだろう。とても貴族諸侯の耳に入れる訳に行かない呟きだった。それでも口に出さざるを得なかったのだから、エメリヒ王の心は不安なのだろう。


はじめまして。都津トツ 稜太郎リョウタロウと申します!


再訪の方々、また来てくださり感謝です!


今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。

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