Ep.4-13 胎動は遂に形を成す
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王国に起こっている問題について、少女たちが知ることとなった翌日。その早朝。
第一王女アリシアから正式な依頼を受けた夏希と奏は、双子の姉妹――陽菜と雪葉を伴い、件の古城へとやって来ていた。
先日六人で依頼のためにやって来て、そして今、明確に異変が起こっているという古城へと。
「さて、と。着いたネ……」
「「…………はい」」
普段通りの様子に見える夏希と、随分と緊張している様子の後輩たちを横目で見ながら、奏はこの依頼を受けたときのことを思い出していた。
――もう一度、あの城へと行ってきてくださいませんか?
切り出された王女様の言葉に、暫し奏の思考が止まる。
言葉の意味が分からなかったという訳ではない。受け止めるのに時間がかかった、と言うべきだろうか。
「……正式な依頼ってことは、征伐者への依頼ってこと、だよね」
「ええ。お二人が既に幾度となく依頼をこなしていることは確認しております。なので」
「ちょちょ、ちょい待ち」
アリシアの言葉を遮るように、夏希が手を挙げる。
「んえっと、軍の人には頼まないの? 私たちはまあ、自分たちで言うのもアレだけど、実力はともかくまだまだ若いし」
実力はともかく、と言う夏希の表情は、至って真面目だ。
だが、決して驕っている訳ではない。日々うぬぼれることなく研鑽に励んできたつもりだし、それに、それを裏付ける客観的な理由だってある。
「……そうだね。私も、そう思う」
兎角その点も含めて、奏も夏希の言葉には同意であった。
つまり、何故軍の方ではなく、わざわざ一学生である自分たちに頼むのだろうか。その理由が、イマイチ納得しきれていなかった。
「……そう、ですね」
奏たちの反応の鈍さを感じ取ったのだろう。
少し考え込むようなそぶりを見せた後に、アリシアが、
「理由はいくつかありますが、一つはこの話が直々に私の元へと届いているということです」
「あ、言われてみれば、確かに変だね」
「……そういう依頼は、基本的には仲介所の方に行くはず、だし」
仲介所に寄せられた住人からの依頼に応える征伐者と、国を守護する王国軍の軍人。
ともすれば役割が被りそうなものだが、しかし十全に整備されたシステムの下では、明確にその立場を異にしていた。
征伐者とは、国民から自由に為された依頼に自由に応え、その報酬を受け取る者を指す。
そして、その依頼を受け管理しているのが仲介所である。
奏たちが通う高等学校はその仲介所と提携し、依頼をこなすことで単位として認めてもらえる仕組みになっている。
一方の王国軍は、文字通り王国を守護するための組織だ。
その役割は、国王を始めとする王城という中枢を護衛し、人々の生活を脅かす害獣を討ち滅ぼすこと。
そして、“人間”というある種最も恐ろしい“魔獣”との戦い――否、戦争となった際に、国民を守るべく闘うこと。
「その通りです。この依頼は元々、仲介所に為されたものです。――それが何故、私の元へと報告として挙がっているのかと言えば、仲介所から軍へと情報の共有が行われたからなのです」
「? んえーっと、それってつまり、どういうことなのです?」
アリシアの言葉の意味するところがイマイチピンとこなかったらしいミーナが、疑問の声を上げる。
「えっとね、ミーナちゃん。つまり、王国軍の力を借りなければならない事態になる可能性がある、ってことで、んと、いいんだよね……?」
「はい」
段々と自信なさげになっていく雪葉に、アリシアが静かに肯定の意を示す。
基本的に、彼ら――征伐者と軍の役割が交錯することはない。
国王たちの護衛任務が一般人から為されることはないし、局所的な揉め事ではない大規模な戦争となれば、一個人ではなく国家規模で動くのも当然だ。
だが一つ。魔獣を始めとする害獣に対する討伐の依頼。
この場合には、仲介所から情報が共有されることで、征伐者と王国軍の双方へと依頼が渡る仕組みになっている。
理由はいたって単純。魔獣とは、即ち災害そのもの。
時に戦闘のプロフェッショナルである軍の力を借りねばならない程、彼らの存在は強力なのだ。
そしてもう一つ。仲介所から軍部へと情報が共有される場合。
それは、魔獣が関係している可能性が高い依頼だ。
仮に依頼の中に露わになっていなくても、その最中に魔獣と闘わなければならないような展開になる、と判断された依頼についても、同様の理由から情報の共有が行われるのだ。
「……つまり、この依頼は魔獣に関係している可能性がある、と……」
「んー……でもさ、それだけじゃ私たちに頼む理由にはなってないよね?」
魔獣の関与という疑惑が共有できたところで、夏希が一つ疑問を呈する。
魔獣が絡む可能性があるなら、いよいよ軍を動かす事態なのではないだろうか、と。
「――もう一つ、理由があります。今朝方に相次いだこの古城に関する依頼について、先日私たちが同様の依頼をお受けしていたことに仲介所が気づきまして……。できるならば、先日と現在とでの周辺の様子の違いなどを知りたい、と」
「んあー、なるほどねぇ。それで一回あの場に足を踏み入れた私たちに白羽の矢が立った、と。王様たちが外遊の最中だから、軍の人手もそこまで余裕があるって訳でもないだろうし、ネ……」
夏希が得心言った表情を見せる。
奏もようやく納得がいった。なるほど、それなら自分たちが行くべきだろうと、そう思う。
「……辺りに響く、謎の轟音。既に予測できることはありますが、しかしまだ正確な状況は分かりません。くれぐれも、お気をつけて下さい」
奏たちの賛意を察したアリシアが、そう言って丁寧に頭を下げたのだった。
――という訳で、この四人で古城へとやってきた、という次第だ。
ちなみに残るミーナは、アリシアと共に王城に残り、彼女のサポートをするらしい。
「「…………」」
何かが起こっているらしい古城を前に、先日の依頼の時以上に、一年生たちの言葉数は少ない。
大人しめの雪葉はともかく、快活なはずの陽菜も押し黙ってしまっている。
「(……だけど……)」
だけど、それも無理はないかな、と奏は彼らの心中を思う。
征伐者に対する雰囲気を味わってもらえるように、と思って選んだ前回の依頼。
あれが、彼女たちにとっては初めて受けた依頼のはずだ。
そして今回、僅か二回目にして受けることになったのが、この国家をも揺るがすかもしれない異常に対する調査。
口数が減ってしまうほど緊張して、むしろ然るべきだろう。
既に結構な数の依頼をこなしてきた奏たちだって、普通に緊張しているくらいだ。
「……落ち着いて行こう、ね」
「うん、そだね! リラックスしてこ!」
先頭を歩く夏希と、最後尾を歩く自分との間で黙々と歩を進めている後輩を見つつ、そう声を掛ける。
夏希も、後に続いて場の空気を盛り上げようとしてくれている。
今回の依頼で、急に何かと戦闘になる確率は低い…………訳では決してなかった。残念ながら、だが。
周辺住民から軍に為された報告。聞き覚えのない轟音が、夜更けごろから幾度も聞こえた、というその報告から、国の上層部は魔獣の類が古城の付近に住み着いたのではないか、という推理をしているらしい。
今回の彼女たちの依頼の目的は、その声の出所を把握し、対処できるならば速やかに排除すること。
つまり、この推測が当たっていた場合、その魔獣と戦闘になる、ということを意味していた。
「……はい。分かってはいるんです、けど……」
そのことを、重々承知しているのだろう。
奏たちの言葉にも、後輩たちからの反応は相変わらず芳しくなかった。
「(……しょうがない、か……)」
そう思いながら、再び眼前の少女たちを見遣る。
大神 陽菜と大神 雪葉。第一王女、アリシアと並び、主席で入学してきた双子の姉妹。
ミーナと併せて四人、初等学校からの幼馴染であるという。
まずは姉、陽菜の後姿を見る。
肩口を超えるくらいまで伸ばした髪は、奏たちのクラスメイトであるエルリアの金髪ほど主張の強くはない、金と黄の狭間のような綺麗な色合い。
自分よりは夏希に似ているであろう、元気いっぱいで陽気な性格の彼女は、しかし今は緊張によってだろう、その性格に反し静かに歩を進めている。
次いで妹、雪葉へと視線を移す。
肩に届かない程の髪は、第一王女アリシアの白銀の髪よりは銀の要素が少ない、まさにその名前にふさわしい純白の色模様。
今度はどちらかと言えば自分に近しい、礼儀正しく大人しめな少女。姉同様、気持ち俯きがてら姉の後を続いている。
「あ、そーだ。そういえば、だけどさー」
緊張した空気を和らげようと思ったのか、先頭を歩いていた夏希が不意にそう声をあげる。
こういう時、奏からすれば彼女の快活でコミュニケーション能力の高い性格は非常に有難く思う。
「? なんですかー?」
「なんでそんなに、あの人に会いたいの?」
その言葉に、辺りの様子を見つつ進めていた姉妹の足が止まる。
実際、奏も気になっていたところではあった。
確かに件の少年が常識はずれの編入生だというのは事実だし、奏たちもその深い知識や底知れない能力には驚かされるばかりだ。
だが、それにしても、随分と楽しみにしすぎていると言うか、期待しすぎていると言うか、そんな感じがしていたのだ。
「うーん……別に、深い意味はないですけど」
参ったな、と言わんばかりに頭を掻きつつ、陽菜が口を開く。
「アリシアちゃんの立場に全く臆さないで、ミーナちゃんやアリシアちゃんと仲良くしている方って、実は今までいなかったんですよねー」
「……それは確かに。仕方ないとは思うけど……」
彼女にとっては残念なことだろうが、妥当なとこだろうと思ってしまう。
幾らクラスメイトだろうとしても、大国の王女と対等に接するなんて、そうそうできることではない。
「そんな中現れた、異例尽くしの編入生。アリシアちゃんと急速に距離を詰め、国王夫妻ともつながりがあるらしいなんて、否応が無しにも気になるってもんですよー」
「それに、ミーナちゃんたちが既に何回も会ってるのに、私たちがまだ会えてないなんて、何だか悔しいじゃないですか」
少し照れ臭そうに姉の後に続いた雪葉の言葉に、思わず笑みが零れる。
初等学校からアリシアの唯一の友人として長く過ごしてきただけに、いろんな感情を共有してきたことだろう。
そんな彼女と知人を共有できていないということに、嫉妬というには余りにも可愛らしい悔しさがあるようだ。
「なるほどねー。確かにアレだけ何回もタイミング悪いと、いい加減焦らされて変に悔しいよねー」
「ですです!!」
夏希の言葉に食い気味に反応した陽菜に、また場の空気が緩む。
偶然だろうが、余りの縁のなさに変な悔しさを持つのも分かってしまうところだ。
「――それに、」
そんな和やかになった空気感の中で、ふと雪葉がポツリと呟く。
「それに、その方には絶対に会わなきゃいけないような、そんな気がするんです」
「そう、だね。なんでだか、全然分からないんですけど」
「……それって、どういう……」
「実は、私たち――――っ!?!?」
「な、なに!?」
――GUOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!
何事かを告げようとした陽菜の言葉を妨げるかのように、咆哮が辺りに轟く。
依頼されているものだろうか。思わず耳を塞いでしまうほどの、轟音。
それだけではない。
「あれ、見て!!」
「「っ!?!?」」
地響きが、辺りに響く。
同時、眼前に見えていた古城を内側から引き裂くように、ナニかが現出する。
「ん、な……」
「嘘……」
かつてその地にあった古き城を破壊して現れた、謎の物体。
それは、白く輝く繭、だった。
「な、なに……あれ……」
余りにも彼女たちの理解を超えた、超常の代物であることは間違いない。
だがしかし、純然に分かる。その中で、何かが胎動しているということを。
「……とにかく、急いで戻ろう」
震える声を何とか抑え、そう皆に告げる。
今の彼女たちにできることなど、それしかなかった。
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