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神に牙むく無双の咎人 ~時代に抗う、次代の寵児たち~  作者: 銀風 朧月
第4章 王無き玉座に鉄槌は下る
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Ep.4-12 お約束?

 **********



「お待たせしました」


 待って、と言われてから、二、三分後。

 ガサッと音を立てて、待ち人が戻ってくる。


「おお、別に全然待っちゃいねーし、気にすん……な……??」


 気を遣った訳でなく、本当に全く待っていないので、そう言葉を紡ごうとした流斗は、出てきた相手を見て思わず固まってしまう。


「?? どうしましたか?」


「いや、どうしたもこうしたもないっていうか、案山子もこけしもないっていうか……。……えーっと、どちらさんですか?」


 流斗の反応を訝し気な目で見つめる“少女”に対し、珍しく少しばかり動揺を見せつつ、流斗はそう尋ね返す。


 ……そう。“少女”、に対してである。

 神の遣いと謳われる神話の獣『八咫烏(やたがらす)』は、何故か少女の姿となって流斗の前に現れていた。

 いやいや、確かに不幸の象徴とか先触れとか言われてんの、随分と気にしてるとは言ってたけどさ……


「! ああ、なるほど。私です。先程助けていただいたカラスです」


「…………」


 いや、それは分かってるしそもそも助けてねーし……、と、ジト目でその少女を見遣(みや)る。


 身長は、まだまだ小柄だ。

 最近会った流斗の知り合いの中でもっとも年若いクレア――十一歳か十二歳と言っていた気がする――よりもさらに小さい。

 先ほど、生まれて八年ほどだと言っていたが、なるほど、八歳くらいの人間の少女が、丁度このくらいの身長だろう。


 次いで視線を下にやる。

 と、先ほどまでのカラスの姿の時に印象的だった紅蓮の瞳は健在。幾分と……否、随分と眠たげにはなったが、その輝きは全く変わらない。

 そして全身を覆っているのは、まるで漆黒の羽を衣にしたかのような、ワンピースにも見えなくもない粗い衣装。

 対して肌の色は元の外見を全く想起させない、肌色であるのがまた対照的である。


「格の高い奴らは人の形も取るとは聞いたが……なるほど、目の前でビフォーアフターされると中々驚かされんな。俺も目にするのは初めてだ」


 格――つまり、神格を持つような獣たちは、その姿を人の姿へと変えられる、と言うのは、そう珍しい伝承ではない。

 どちらが真の姿ということもない。人も獣も、一切誤魔化しの効かない、彼の存在のうつし鏡であった。

 従って、その姿が少女であるいうことはつまり、この『八咫烏』が本当に生まれてそう年月が経っていない、ということを意味していた。


 まあ、一切、とは言ったが、こと獣の姿においてはその大きさだけは大小させられるらしいが、それは今は本筋ではないのでいいことにしておこう。


「そう、なのですか。それは少し」


 ……意外です。とボソッと呟いた少女を再びじっと見つめ、思考を続ける。


 神々とて、死という概念から逃れ得ることなどできない。

 必ずどこかで、その役割を次の世代へと受け継いでいくことになる。


 流斗の知っている限り、神格を持つ獣たちの代替わりは大きく分けて二種類。

 子を育て、今際(いまわ)の際に記憶と力の残滓(ざんし)を譲り渡すことで、次代の支配者とする方法。それから、前任の個体の死と同時、その記憶と力を受け継いだ新しい個体を誕生させる方法。

 つまり、八咫烏の代替わりは後者、ということになるだろうか。


「まだ幼いのに、大変だねぇ。――ま、その不幸の象徴とか言う根拠もクソもねえレッテル、いつか取り除けるといいなー」


 神々から遣わされた英雄の導き手。これが、『八咫烏』の出典――いわば、原義だ。

 だが、斥候としてのカラス、というよく為される語り口。戦場を一番に飛翔し、戦況を天空より見渡すその姿から、やがて戦場のような不幸な結末へと至る栄枯の前に現れる、というように形を変えて伝わっていったのは、何ともまあ皮肉と言うほかない。

 カラスたちのその黒一色という姿かたちや、普段の彼らの生態が人間にとって決して好ましいものではない、という点も大きいのだろう。


 この少女が、人の目を気にしてわざわざ姿を変えたほどだ。恐らく、先代からかなり気にしているのだろう。

 そう考えた流斗は、少女へとそう優し気に声を掛けた。


「そう、なればいいですね。がんばります」


「――それはさておき、ですが」


「??」


 不意に話を転換した流斗に、少女はそっと小首をかしげる。

 眠たげな眼と相まって、夜も更けてきて今にも寝そうになっている、ただの幼い一人の少女に見えてしまう


「お前さん、何か呼ばれて差し支えのない名はないのか? 『神名』はさておき、何か呼びやすい名前とかないと、“少女”じゃ何ともまあ色々味気ないだろ?」


「? 味気ない?」


 ああいや、こっちの話。

 それはともかく、何かいい加減この子の呼び名を考えたいというのは事実だった。


 『神名』。

 読んで字のごとく、神々の持つ本当の名前。

 人間の一生よりもはるかに長いスパンで、代替わりをする神々。しかし時に彼らは、単なる種族名ではなく、固有の存在としての名前を持っていることがある。それが、『神名』である。

 往々としてタブー扱いであったり、あるいは威権としての効力を持っているため、流斗はそれを直接聞くような愚行は避けた、という訳だ。


「!? そうですね……。それでは、()()()()()()もらえませんか?」


 流斗の言葉に少し考えたのち、『八咫烏』の少女はそう言葉を紡いだ。

 どうやらそう言った通り名のようなものはないらしい、と、ご要望に応えるべく暫し思考する。


「…………」


 ――下を見てそっと微笑んだ少女には、気付かずに。


「……ふむん……」


 そう、軽く呟く。

 最も印象的なその色になぞらえて、クロ、とかつけるのは簡単だし、実際そういうあだ名はなるほど可愛いもんだと思っていたが、いざ自分でつけるとなると色々と勇気のいるシロモンである。

 まして、相手は紛うことなき神の一柱なのだから。


「……よし、決めたぜ」


 いつまで悩んだところで出ないもんは出ない。

 パッと思いついた選択肢の中から吟味して、一つ決める。


「――ヒノメ。燃え盛る“緋の眼”を持つ、不幸の象徴と言う悪名を乗り越えいつか“日の目”を見るべく奮闘する……そんなお前さんにふさわしい名前だと思うんだが、どーだい??」


「!?」


 安直かな、という僅かな不安は押し込め、そう尋ねる。

 彼女の最も印象的な緋色の瞳からとった名だが、可愛らしさもあっていいのではないか、と。


「…………」


「……えーっと……」


 流斗の提案に、何故かギュッと両の手を胸の前で合わせ、握り締めたまま俯いてしまったので、流斗は反応に困ってしまう。

 気に入ったのか、気に入らなかったのか、どっちなんですかい……?


「…………」


 暫しの気まずい空気感の後、少女が不意にバッと顔を上げる。

 そして、


「……とても、嬉しいです……。ありがとう、ございます……!!」


 と、花が咲くような笑顔を浮かべたのだった。





「さて、話は戻るんだけど」


 それぞれがこの場にいる理由……その話題から暫く逸れていたことを思い出し、隣をペタペタと歩く八咫烏の少女、改めヒノメに対しそう話を振る。


「『天帝』という通り名まで与えられるに至った、伝説の中の白き竜。お前さん()()の竜の覚醒を確認しに来たのか」


 せっかく名前を付けたのに、そのことを早くも忘れてそんな風に尋ねる。

 対する少女――ヒノメはやはり上機嫌のまま、しかし真剣な雰囲気を取り戻して、隣を歩く少年をじっと見上げる。


「然り、です。私の役割は、先日から胎動し始めた、この域の神の目覚め。それを、この目で確認することです」


「……なるほどなァ」


 お伽噺になるほど遠い昔。建国の頃からずっと眠り続ける、白き神。

 いよいよ本格的に目覚め始めたのは自分が違和感を感じ始めた先の昼過ぎだろうが、聞けば随分と前からその兆候はあったらしい。

 そういった兆候を察することにかけては、やはり当事者である神々の方が敏感であるようだが、至極道理だろう。


「……あなた様は、」


 ちょっと考え事をしていた流斗に、ヒノメから遠慮がちに声が掛けられる。

 が、その余りの堅苦しさに、流斗は思わず苦笑いを零してしまう。


「おうおう、そんなかってぇ呼び方じゃなくていいって」


 そんな偉くもねぇしな……という呟きは、言葉にならず暗闇へと溶けて消える。


「……では、流斗さんで。流斗さんは、一体何の御用で?」


 少しの逡巡(しゅんじゅん)ののち、躊躇いがちに尋ねられたヒノメの言葉には、少しばかりの警戒が混じるのが感じ取れる。

 ふと横を見遣ると、小さい少女がジッと流斗の両の目を見つめていた。


「……んあーっと……」


 その複雑な感情を敏感に察し、暫し言葉に詰まる。

 ここが初対面のはずの彼女が自分のことを知っていたということは、多かれ少なかれ自分の過去のことをどこぞの存在にでも伝え聞いているということになる。

 それならば、傍観だけでなくそれなりに首を突っ込んできたことを知っているならば、なるほど、その感情も頷けるところだ。


 だが、実際今日何しに来たのかと言われると、正直大した意図などなかった、というのが正直なところである。

 自分の感じていた予感の正体を知り、適当に様子を見に来ただけなのだが。


 ――否、強いて言えば一つだけ目的があった。

 自分の目の前で行われる不条理に対してだけ首を突っ込んできたが、こと今回に関して言えば恐らくそうはならない。

 選択したのは、そしてこれから選択するのは、全てこの国の人々なのだから。


 だから、流斗の目的など大したことはない。

 あくまで強いて言えば、たった一つ。


「そうさなァ……。ちょいとま、話したいことがある、だけさ」


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