Ep.4-10 大国たる所以
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「さて、と。今頃あの娘は慣れねぇ仕事に奔走してる頃だろうか……」
アリシアたちが、カフェでそんな話をしている頃のこと
早朝日も昇らぬ時間に出立したあと、最も遠いこの友好国までたどり着くまで、凡そ半日。
国賓である彼らに宛がわれた施設にて休息していた国王夫妻の元へ、不意によく知った声で、そんな言葉が掛けられる。
声の主は、イッシュヴァルト王国の最高戦力。王国軍総隊長、ジエス・エル・カレドヴールフ。
「「…………」」
彼らの愛する娘の話題のはずなのに、夫妻からの反応は芳しくない。
その様子に、しかし十全にその心中を察したジエスは、短く切りそろった自らの髪をガシガシと掻く。
「そんな暗い反応はよせや……。他でもないあの優秀極まりない子を、よもや信頼していない訳じゃあなかろうて」
「それは、もちろんですけど……」
外遊が正式に決まり、出立するまでの短くない期間。自らの娘が王権代理として責務を果たすために伝えておくべきことを、十二分に伝えてきたつもりだ。
幼い頃から聡明で、そして何より誰よりも優しい愛娘が、すこぶる優秀であることなど重々承知している。
将来の国王となるべく育ってきた彼女は、名門高校へ主席にて入学しただけではない。既に正式な国の代表として、外交の場にも立ったこともある、まさに本物の才女であった。
「ああ。無論、これ以上ないほどに信頼しているさ。……だが」
だが、それとこれとは話が全く違う。
彼女が幾ら優秀であったところで、未だ十五歳を過ぎたばかりの子どもであることには変わりがない。
そんな彼女が、短い期間とは言え文字通り国を背負わなければならないのだ。
双肩にかかるプレッシャーの大きさは、既にこの立場になって久しい彼らからしてみても、推し量るに余りあると言っても過言ではないほどである。
そして、彼らが真に心配していることは、その大きすぎるプレッシャーだけではなかった。
「……言いたいことは分かる。あの子が対処しきれないような、重大な事件が起こることを危惧しているんだろう?」
話を振った本人であるジエスも、彼らから重い雰囲気が消えない理由など重々承知していた。
彼らの愛娘が背負うことになる、内政の片棒。それだけであるならば、あの少女ならプレッシャーの中でもしっかりとこなしてくれるだろう。
議会を構成している面々は、優秀かつ強い信念を持つ者たちばかりだ。きっと……否、間違いなく彼女を精一杯サポートしてくれることはずだ。
だがもし、そんな彼らですら対応に苦慮するような、そんな事件が起きた場合。
そしてアリシアと議会の決定の結果、取り返しのつかないような結果になったとき、その責は、未だ若く経験の浅い彼女に一手に降りかかることになってしまう。
考えてみれば当たり前だ。もし自分たちがいないときにそんなことになったとすれば、普段と違う点――つまり、王権を代理している彼女に責があると見られてしまうのが妥当だろう。
そうなれば、未来の王たる彼女の威信に、そして何より、責任感の強い彼女自身の心に大きな傷がついてしまう。
そのことを、ただの一人の親として何よりも恐れていた。
「もちろん、そんなことはそう簡単には起きないでしょう。それも、私たちがいない時に限ってなんて。……けど」
「けど、ワシも含め、お前さんたち夫妻が揃っていないからこそ、あの予言がやおら真実味を増してくる、と」
「……ああ。そうだ」
予言。
それは、必ず当たるとまで言われている、巫女の国の神託。
非常に長いスパンで為され、しかし必ず人間世界における歴史的な栄枯を正確に予知する、紛れもない超常の現象。
――王無き玉座に、鉄槌は下る
先日為されたという、この余りに抽象的な神託によって、イッシュヴァルトは既に非常にやきもきさせられた。
それは、イッシュヴァルト王国立高等学校の大規模演習。会場となっていた神域『静謐極まる緑林』が、かの神託の対象であるという疑いがあり、王国軍から四人の派遣、最終的には総隊長であるジエスが直々に出っ張るまでに至った。
結果的には、神獣『鬣犬王』が彼の域に攻め入ったことが原因であり、その不遜なる行動は『磁猿魔』によって完全に鎮圧されたため、アレは神託の対象ではなかった、というのが現在の彼らの共通認識である。
そんな面倒事からそう日も経たないうちに、今度は国王夫妻と、最高戦力であるところのジエスが、実にひと月もの間国を空ける訳である。
まさに、“王無き玉座”と言うに然るべき状況であろう。
「もちろん、出立までにできる限りの仕事はこなしてきたからな。そうそう問題が起こるとは考えにくいがね」
そんな状況で、もちろん彼らとてただ手をこまねいていた訳ではない。
ここに来る前に、特に影響の大きな政務は率先して片付けてきていた。
できる限り、愛娘の負担が少なくなるようにと、準備は十全にしてきたつもりである。
「そうだな。ワシらに今できることは、あの娘を信じてやることくらいだからな!」
ガッハッハ! と豪快に笑うジエスを見て、ようやく夫妻にも笑顔が戻る。
そう、今更自分たちにできることはもうない。アリシアの心を支えてくれるだろう、優しい少女たちもいる。
今はただ、信じてあげるだけだ、と、そう自らの心を納得させる。
――彼らが国を去った直ぐ後、相次いで凶報がもたらされているという最悪の予想が的中していることを、露知らずに
「(……これが、イッシュヴァルトの最奥、か……)」
来賓たちの会話を静かに聞いていた一人の男性――彼らの案内と応対を担当する、この国の大臣である――は、初めて会った彼らに対し、溢れ出る緊張を抑えきれずにいた。
「(大国を統べる国王……それも、当代随一。稀代の賢王とまで謳われる、イッシュヴァルト国王夫妻……)」
国王、オルドス・ミラ・イッシュヴァルト。
王妃、ローリエ・ミラ・イッシュヴァルト。
世界でも有数の大国と言われる、イッシュヴァルト。その頂点に立つ彼らの高名は、遠く離れたこの国にも十二分に届いていた。
そして、
「(……そして、王国軍総隊長にして彼の国の最高戦力。世界でも最強クラスの実力を誇る、“雷帝”ジエス・エル・カレドヴールフ……)」
ひと際高らかに笑う男性を見て、自らが額にどっぷりと汗をかいていることに気づく。
国王夫妻を前になお豪快に笑っているジエスは、しかし初老とはとても思えない程筋骨隆々とした肉体を携えている。
乱雑に生える灰がかった黄の髪と口髭は年齢をまるで想起させず、むしろ一層威圧感を醸し出している。
彼こそは、“雷帝”の異名を誇る、武勇名高い歴戦の戦士。
世界に数人しか知られていない、人類にとっての頂点『皇帝級』の神器を有する、紛れもない世界最強の存在。それが、ジエスという存在であった。
「(なるほど、これが大国たる所以、という訳か……。くれぐれも、失礼のないようにしないとな……)」
この場にいる面々の高名をひしひしと思い出し、男性はそう一人決意を新たにするのだった。
この前が長すぎましたね……




