Ep.4-9 法に依らない叛逆の罪
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「あ、せんぱーい!」
「お疲れ様です」
「お呼び立てしてすみま…………あら? 流斗先輩は?」
放課後。
場所を変え、学園内のとあるカフェにやってきたアリシアたち一年生―ズは、先に店の前で待っていた二年生の先輩たち――奏と夏希を見つけ、めいめい声を掛ける。
その最中、アリシアが件の少年がまだ来ていないことに気づいた。確かに、ここからは彼の姿は見えない。
「ホントなのです……遅れてくる、とかです?」
「それか、もう先に入ってるのかもねー」
未だ彼と遭遇できていない陽菜と雪葉だけでなく、実はミーナとアリシアも、件の少年――流斗の連絡先を知っている訳ではない。
彼と数回、それも偶然に会っただけというのもあるだろうが、兎にも角にも、初っ端で連絡先を交換するような雰囲気にならなかったというのが一番大きい。
そういう雰囲気になる前に、後から来る姉妹に席を譲ろうとあの少年がそそくさと立ち去ってしまったせいで、ずるずるとタイミングを逃しているという次第だ。
そんな訳で、彼と親しい夏希たちに、今日ここに連れて来てもらうようにお願いしていたはず、なのだが……
「やっはろー。んえーっとねぇ……」
「……あの人は、ね…………」
後輩たちの、一様に訝しむような視線に気づいたのだろう。
夏希だけではない。普段はあまり感情を表に出さない奏も、それと分かるほどにはっきりとした苦笑いを浮かべ、何事かを揃って言いよどむ。
「?? どうしたのですか?」
「そーれがねぇ……流斗くん、今日は学校に来てないんだヨー」
「んええええっ!?」
「……それも、朝からずっと、ね」
少し言いよどんだ挙句、先輩たちから発せられた言葉に、誰かの驚愕の声が響く。
いや、あるいは、それは自分の声だったのかもしれない。
それくらい、その感情はその場にいる少女たち全員共通のモノであった。
「ど、どうしてこんなに避けられてるんだろ……? ホントに何かしちゃったのかな……」
やっと会える! とか、あれだけ盛大にフラグを立てておいてこの結末である。
姉妹の片割れ、陽菜が、そう思わず零してしまうのも無理はない。
「……んと、細かいことは、取り敢えず中に入ってから、ね?」
その感情を、恐らく十全に理解しているのだろう。
いつも以上に優しい口調で、取りなすように続いた奏の言葉に、彼女たちは一先ず揃って店内へと入るのだった。
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「「「……」」」
カラン、と、誰かのコップから氷の音がする。
お冷を手に取ることも、メニューを開くこともなく、少女たちは席に着いた後揃いも揃って押し黙っている。
華の女子高生が、それも六人もいるにも関わらず、テーブルには異様に重い雰囲気が漂っていた。
「(これじゃ、まるでお通夜なのです……。けど……)」
だが、それも無理はないだろう。
特にまだ彼に会えていない陽菜と雪葉の胸中に思いを馳せ、ミーナはそう思う。
確かに、夏希たちに今日の予定を聞き、集まってもらうようお願いしたのは今日の朝だった。
つまり、件の少年を連れてくるように頼んだのもそのときである。予定が合わないとか、そう言う可能性だって十分にあり得ることだった。
だが。
「(――それにしたって、あんまりなのです!!)」
だが、丁度その日に、よりにもよって学校にすら来ていないなんて、もう一体何度目だと思っているのだろうか! と、少年にしてみれば理不尽すぎる怒りが湧く。
これでは、陽菜と雪葉のことを意図的に避けていると思われても仕方がないだろう。
「……四度目の正直ならず、だね……」
重い雰囲気を破り、奏がそっと呟く。四度目ですか……
それにしても随分とタイミングが悪いものだ。
まるで超常の何かが「まだ早い!」とでも言って拒絶しているかのように、偶然に偶然が重なってしまっている。
「それで、せんぱいはどーして今日来なかったのです?」
この前この話をしたときは半ば冗談ではあったが、しかしここまで偶然が重なると、本当に彼が意図的に避けているのではないか、という説がやおら信憑性を帯びてきてしまう。
先ほどからのこの暗い雰囲気は、未だ会えていない彼女たちの落胆を慮るだけでなく、そういった最悪の可能性に対する疑いがあったからだ。
自分がこの雰囲気を変えなければ! と心中決意を新たにし、ミーナは率先して口を開く。
「えっと、取り敢えず陽菜たちを避けてる訳じゃないよ。そこは安心してね」
と、一先ず皆を、特に姉妹を安心させるように、夏希が問いに答える。
「……ホント、ですか?」
「そうそう。今朝連れて来てほしいって連絡貰ったじゃん? 流斗くんには、学校来てから直接言おうと思ったんだけど……」
「……けど、来なかった、と」
聞けば、この話題に関して彼には何も言っていないとのこと。
つまり、今日の彼の不在は少なくともこの会合を避けようとしたものではない、ということだ。
「……あとで連絡とって、どうして今日来ないのかって聞いたんだけど、教えてくれなかったよ……」
単位制を適用していること。それから、征伐者への依頼を単位に変わるものとして受けることができること。
これらの理由を以て、高等学校であるにもかかわらず、この高校では全体での出席という概念がなかった。
従って、担任である橘に聞いても理由を知ることはできなかったという。
奏たちが分かっているのは、彼が今日何らかの理由で学校に来ていないこと。それだけだった。
「そっか……。本当に何かしちゃったのかと思った……」
「んねー……。いやー、よかったよかったー」
雪葉と陽菜と安堵したような声に、場に少し笑いが戻る。
一先ずよかったのです、と、ミーナも安堵する。
「ま、とりあえずそろそろなんか頼もっか!!」
お店に入ってもう暫く経つため、流石にそろそろ何か頼まなければいけない。
雰囲気を変えるように発せられた夏希の言葉に、少女たちは揃ってメニューを開くのだった。
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「それで、今日私たちを呼んだのって、なんで?」
「……今、アリシアはすんごく忙しいと思うんだけど……」
出てきたケーキを各自頬張りつつ、ふと二年生たちがそう尋ねてくる。
「そうでした。……えっと、雪葉さんたちには先ほど途中までお話したのですが、その忙しさに関連して二つほど、容易くはいかない問題がありまして。共に、外遊へ出立したあとに持ち込まれたものです」
その言葉に、舌鼓を打っていたアリシアは本題を思い出す。
できるならば非常に高い実力を有しているらしいという流斗にも聞いてほしかったのだが、いないのならば仕方がない。
彼がいなくとも、今ここにいるのは第二学年の主席たちだ。彼女たちの能力を、疑う余地などない。
「一つは、とある罪人についての報告が上がっていることです」
「ざいにん? んえーっと、犯罪者ってこと?」
「……ええ」
陽菜の言葉にそう一つ肯定して、アリシアは重々しく語り始める。
「この国に、龍の子どもが持ち込まれたのです」
「「っ!?」」
「龍、ってことは……」
「――ええ。まず間違いなく、魔獣でしょう」
この世界に存在している、魔術を操る獣……魔獣。
いわゆる魔力を持たない野生の獣に対し、魔力を手に入れた存在を魔獣と呼ぶが、それは裏を返せば多くの動物は魔力を持つ種と持たない種の双方がいるということである。
だが、魔力を持たない野生の龍など、この世界には一切存在していない。
つまり、龍、というその時点で、持ち込まれたというその獣が魔獣であることを意味していた。
それもただの魔獣ではない。奏たちが出会ってきた涙狼や磁猿のような、神々を長に据えた、ある域を支配している種であるということを。
であるならば、だ。
その話を聞いていた夏希たちに疑問が浮かぶ。
「そんなの、子供とは言えそんじょそこいらの人間にできるのかなぁ?」
「……うん。単純に考えたら、『皇帝級』以上の神々の手下――つまり、『王族級』ってことになるし」
既知の通りではあるが、この世界において、神は空想上の存在ではない。実在する、超常の支配者だ。
天上を統べる大神と、地上を統べる神獣。支配体系はそれぞれの神々に拠るが、一つ間違いなく言えることは、彼らは人間にとって、否、全ての生物にとって抗うことのできない存在であるということだ。
いわば、自然現象そのものといっても差し支えがないほどに。
故に、彼らに従う存在に手を出すことなど言語道断。
手など出したくても出せないはず、なのだが……
「……それが、どうやらその子龍は群れからはぐれていたようで。それをたまたま見かけたこの国の征伐者が、強引に連れて帰って来たようです」
「……うわぁ……」
「……なるほどです……」
少し疲れた表情でアリシアが告げた内容は、何とも頭の痛いものであった。
罪人。それは、この国を拠点に活動する征伐者のことらしい。
彼らは他国にて魔獣の討伐依頼をこなしている最中、たまたま一匹でうろついていたというその子龍を見つけたとのこと。
そうしてその龍を持ち込み、売るなり見世物なりで何かしら荒稼ぎするつもりだったらしい。
しかしその愚行は、魔が差した、という言い方で擁護することなど決してできないものであった。
野に生きる生物の保護、などという観点では決してない。古くより人間界に伝わる不文律――神々の域を侵すな、という、生存のための不文律を破り、ともすれば人間という種族全体をも危険に晒す、大罪中の大罪。
――いや、あるいはこう言うべきであろうか。
人間という生物の保護に反する、叛逆の大罪。
「バレないと思ったのか、入国の際の審査でペットの蛇などと言い繕ったらしく、何ともお粗末極まりないのですが……」
その征伐者たち。どうやら元々素行の非常に悪いグループで、仲介所も扱いには苦慮していたらしい。
怪しすぎるその弁明に、一発アウト。無事にお縄についたという訳だ。
「そかそか。それで、その龍は今どうしてるの?」
「その龍は、治療の上現在王都の病院で警備の上保護しています。彼らによって酷く傷つけられてしまったこの子龍をどう元の居場所へ返してあげるのか……。これが、私が抱える最も大きな問題の一つです」
人のエゴで野生から離れてしまった子どもの獣。
ただでさえ、その復帰には大きな障害が伴うものだ。
それは食事であったり、あるいは外敵であったり。
加えて今回は、魔獣という存在。それも、龍という強大な種族の子どもだ。
逃げられないよう手酷く痛めつけられてしまっているため、その治療には時間がかかることだろう。
その征伐者たちがすぐに追いかけられていない以上、王獣や神獣の子どもという可能性は低そうではあるが、仮にもこの国の人間が犯してしまった罪である。一体彼の生物をどうすればいいのか、その選択に苦慮しているというのが、アリシアが……そして、この国が直面している大きな問題であった。
「「「………………」」」
「何とも、難しい問題だねぇ……。――それで、もう一つってのは?」
気分のあまり良くない話を聞き、再び重くなってしまった雰囲気の中、夏希が再び沈黙を破る。
確かに先ほどまでの話は大きな問題であったが、しかし自分たちが呼ばれた理由には結びつかない気がしたからだ。
「あ、そうですね……。この前依頼に行った、あの王都の外れの古城。覚えていらっしゃいますか?」
「……ん。結局、何もなかった奴ね」
「あと、流斗君が来れなかった依頼だね」
そうして告げられたのは、まだ四月の半ばに、一年生たちが初めて行った依頼。
謎の音が聞こえたという古城の周りを探索した――そして、件の少年が来なかった、あの依頼のことだった。
「あー、あったねー。……それで、結果何もなかったあの依頼が、どうかしたの?」
その音を聞いたというのが、老齢の女性一人だったこともあり、依頼の内容は念のため辺りを見回ってほしい、というものだった。
彼女たちが赴いた結果、依頼の本懐の通り何事もなかったはず、なのだが。
「……あの周囲で、また轟音が聞こえたそうです」
「「えっ!?」」
「この前は何もなかったのに、です?」
「ええ。今回は周辺住民から、軍へ多くの報告があがっています」
「つまり、気のせいだってことは考えににくい、訳だねん」
もう一つの問題。
それは、取るに足らないと思われていた依頼が、新たな問題の可能性を孕んでいたということだった。
「それで、今日先輩方をお呼び申し上げたのには理由があります」
一つ間をおき、続ける。
「もう一度、あの城へと行ってきてくださいませんか? 国からの正式な依頼として、先輩方にお願いしたいのです」




