Ep.4-8 外遊、出立
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「それでは、行ってくる」
「ひと月の間、この国のことお願いね。それと、体調にはくれぐれも気をつけてね」
「……はい。お父様も、お母様も、十分にお気をつけて」
いよいよ国王夫妻が外遊へと出立する当日。
王城の前に立つアリシアは、心なしか緊張の面持ちを浮かべつつ、国王夫妻――つまり彼女の両親と、短い別れの挨拶を交わす。
彼らが不在の間にアリシアがすべきことは、いたって単純。最低限、この国の政務が止まることのないようにすることだ。
その詳細についてはさんざっぱら叩き込まれているので、今更このタイミングで教わることは何もない。
それ故、ひと月の間離れ離れになるにもかかわらず、彼らの間で交わされる挨拶はごく簡潔なものであった。
「…………。ま、我々のことは心配するな! 何と言っても、この国が誇る王国軍の総隊長がついてるんだしな」
「そうだぞ。このワシがついとるんだから、姫さんは自分のことだけ考えてりゃええぞー。――ま、よっぽど国が滅びたりしなければ、この賢王とやらが後で何とかしてくれるだろうさ」
「ちょっと! 縁起でもないこと言わないで下さいな! 全く……」
だが、娘の緊張を敏感に察したのだろう。
まるでそれをほぐすかのように為される両親と総隊長の、普段と変わらないやり取りに、思わずアリシアも笑みをこぼしてしまう。
「(ふふっ。相変わらず、ですね……)」
そう。昔からそうだった。
既に祖父のいないアリシアにとって、この総隊長――ジエスという存在は王国軍の最高戦力ではなく、豪快なおじいちゃんのようなものだった。
ジエスからしても、彼の孫と一緒に育った自分のことを本当の孫のようにかわいがってくれていた。
本当に、自分は周りの人間に恵まれたと、そう思う。
「ええ、分かりました! せいいっぱい、頑張ります……!」
完全になくなった訳ではない。が、ずっと感じていた緊張も心なしかほぐれたのが分かる。
これから長い旅に出る両親たちを心配させないよう、満面の笑顔を浮かべ、アリシアはそう決意を新たにするのだった。
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「そっかそっかー。おじさんたち、行ってしまったですね。アリシアちゃんはこれから大変なのです……」
ところ変わって、イッシュヴァルト王国立高等学校。
椅子に座って足をプラプラさせつつ、ミーナがそう感慨深げに零す。
すこぶる小柄な体型をしている彼女にとっては、高校生用に規格されている椅子もご覧のありさまだ。何ともまあ、微笑ましい光景である。
「んねー。何てったって、一ヵ月間王様の代わり、だもんねぇ……」
隣のクラスから遊びに来ていた朗らかな少女――陽菜も、ミーナの言葉にそう追随する。
幼いころから一緒にいた彼女たちからすれば他の人たちよりかは実感があるが、それでも彼女たちの親友であるところのアリシアは、これからひと月もの間この国の代表として過ごすのだ。
その双肩にのしかかる重圧は、ごく近しい彼女たちを以てしても想像すら能わないものであろう。
「二人とも、あんまり緊張させるようなことを言ったらダメだよー」
緊張が伝播したのか、少しずつ重くなっていく空気感を振り払うように、おとなしい少女――雪葉が、そう言ってミーナと自らの姉を軽く諫める。
いや、ともすれば諫めるという言い方すら強いだろうか。何とか雰囲気をよくしよう! という、彼女の純真な気配りだった。
「そーだよね! ごめんね、アリシアちゃん」
「ですです! 頑張ってくださいね。ミーナたちも、できる限り協力するです!」
であるならば、陽菜たちがすべきことは一つ。
親友が責任に押しつぶされないよう、全力でサポートしてあげるだけだ。
そんな親友たちの心情を察したアリシアも、言うべきことは一つだけだった。
「ええ……! みなさん、ありがとうございますっ!」
「んでも、王様の仕事かー。やっぱ大変そうだよねー」
落ち着いた空気感が戻ったところで、姉妹の片割れ、陽菜がそう零す。
さっきまでのような緊張を誘う重い雰囲気ではないが、それでもやはり大変なことに変わりはないだろう、と。
しかし、
「いえ。それが意外とそうでもないんです」
「「「??」」」
アリシアの反応は、陽菜たちが想定していたものとは違っていた。
三人そろって、小首をかしげる。
「そもそも、ですが、この国における王の役割は、内政の最終決定権の片割れです。加えて、優秀で信念のある方々ばかりの議会の決定と反目するようなことは、基本的には殆どないですから。私の役目は、その承認を出すことくらいなんです」
政治における国王の役割は、千差万別、まさにそれぞれの国に拠る。
全権を持つ独裁者の如き国王もいれば、一切の権力を持たない、いわゆる象徴としての国王もいるだろう。
そして、この国での王の立場は、外交の全権を持ち、内政の決定を議会と折半する存在である。
つまり、諸外国との関係は国王及び側近たちに一任されるが、国内の政治については議会との二本柱で成り立っているのである。
勿論、これには理由がある。
世襲制であるところの国王に、内政の全権を背負わせるのは、リスクが高すぎるのだ。
どんなに代々優秀かつ人格者であろうとも、どこかで一人異端な存在が現れれば、国が内部から崩壊してしまう。
だが一方、外交に関しては、国の顔である彼らに任せるのが手っ取り早い。
仮に一人外れた存在が現れたとしても、国内が健在であれば、罷免するなどいくらでもやりようがある。
そんなわけで、外交の政務を今現在国王夫妻がこなしている今、残されたアリシアの役目は内政の半分。
しかも残りの半分を背負っているのは、所属政党に拠らずに個人の考えを主張できる、優れた面々によって構成された議会である。
特に今、王が不在であることなど彼らは重々承知のはず。余程のことがない限り、アリシアによって大きな決定の可否が覆るようなことは考えにくかった。
「あるとすれば…………あ、いえ、なんでもないです」
「ん? 今、何か言いかけなかったですか?」
ところが、そうは問屋が卸してくれないらしい。
少しばかり言いよどんだ挙句、何かを誤魔化すように話を終わらせたアリシアに、ミーナが敏感に食いつく。
「……ええ。実は二つ、そう簡単にはいかない事象が報告されてまして。一つは――いえ、ココでは止めておきましょう。また、放課後にでも」
機密事項ではないにせよ。流石に教室でこれ以上政治の話をする訳にはいかない。
場を改めよう、というアリシアの意見に、他の三人も素直に賛同する。
「あれ? そう言えば今日の放課後って……」
不意に何かを思い出したらしい雪葉の言葉に、何を指しているのかすぐに察したアリシアは、少し笑みを零す。
「ええ。先輩たちもお呼びしています。ぜひ、聞いていただきたいことがありまして」
「おおー。遂に陽菜さん雪葉さんも流斗さんと出会う訳ですかっ!!」
ミーナの嬉々とした声は、まさにその場にいる少女たちの感情を如実に表していた。
食堂で一回。依頼で一回。それから食事処で一回。
既に三度ニアミスを繰り返している陽菜と雪葉の姉妹にとっては、四度目の正直ということになるだろうか。
いい加減、噂の編入生の先輩がどんな人なのか見てみたいというものだ。
「やっとだね……」
「あははー、そだね!」
しみじみと呟いた妹の言葉に破顔しつつ、陽菜も大きく同意を示すのだった。
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