Ep.4-7 一日はまだ終わらない
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「えー! 王女様とお知り合いなんですかっ!?」
「ちょっ、いきなりどーした。びっくりすんじゃねーか……」
時刻は少し経ち、夕飯時。
宿屋の食堂で夕食を待ち構えていた流斗は、目の前から急に発せられた驚愕の声に思わず耳を押さえてしまう。
まして、まだ思春期に入る前の少女の甲高い声である。逍遥だの何だので特に疲れていた流斗の頭に響いて仕方がなかった、という訳だ。
「あ、すみません……。でもでも、凄いじゃないですか。確かに今年入学なさったってことは知ってましたけど……」
自分でも思っていなかったほどの大声が出てしまったからだろう。少し顔を赤らめながら、この宿屋の看板娘――クレアが素直に謝ってくる。
それくらい、流斗の発した言葉が衝撃的だったのだろう。
「んーああ。ま、なんていうか、偶然の出会いってヤツだけどなー」
発端は別に大したことではない。
クレアに「今日はどうでしたかー」なんて聞かれたので、王女とのお散歩があった、と素直に答えたのだ。
そう言えば確かに、この子に王女と知り合いだってことは言ってなかったっけ。まあ、わざわざ言うほど王女と関係が深い訳でもなかったしなーっと。
「――偶然お知り合いになった王女様と、二人っきりでデート、ですか……」
急に、少女のトーンが低くなる。
ん? なんかこの子、べらぼうに機嫌悪くなってないか?
「待て待て。ありゃあただ一緒にぶらついただけで……」
「それをデートと言うんです!!」
なんてこったい。ぐうの音も出ない。
慌てて否定しようとするも、四歳ほど年下の少女に完膚なきまでに論破された(と言うと間違いなく言い過ぎだろうが)流斗は、一つため息をついて椅子にグーッともたれかかる。
何だろう。アリシア然り、女の子は皆こういうことにこだわるのだろうか……
「わーったわーった。百歩譲ってアレがデートだとしよう。それで、なんでお前さんがそんなに熱くなってるんだよ……クレア」
もう一つ息をつき、そう尋ねる。
デートの定義には諸説あるところであるのは認めるが、この少女がどうにも不機嫌になって食いついてくる理由がイマイチ掴めない。
――とはいえ、丁度そういうことが気になりだすお年頃だ。
不機嫌というよりは、興味があることを隠そうとするが故のこのよく分からん態度なのだろう、と容易に推測されてしまい、思わず苦笑いを零してしまう。
「!? だって、だって……っ」
「その辺にしときなー。クレア」
流斗の問いに言いよどんで、しかしなお諦めようとしない少女を諫めるかのように、厨房から第三者の声が聞こえてくる。
まあ、第三者とは言いつつも、可能性は一人しかない訳だが。
「だって、気になるじゃん――お母さんっ」
「はいはい。できたから、あんたも運ぶの手伝いなー」
両手に皿を持ち、厨房からのれんをくぐって出てきたのは、この宿屋の女将にしてクレアの母親である女性だ。名を、ラルナという。
子持ちとは思えない若々しい見た目だが、娘であるところのクレアとはあまり性格が似ておらず、まさに豪快で奔放なおかん、という印象である。
「いつもありがとっす。ラルナさん」
「いいっていいってー。あんたは上客から頼まれた、紛れもないお客さんなんだから、ドカンと胡坐かいて座って待ってたらいいのさ」
「――ういっす」
この宿に来て、もう一月ほど。
やはりこの親娘のスタンスらしく、流斗は未だ家事を手伝わせてもらえていない。
というか、こうして感謝の言葉を述べても、さっくり流されてしまうのが常だった。
娘のクレアは嬉しそうにしてくれるのだが、この人の反応はいつもこんな感じである。何かもう、いっそすがすがしいくらいだ。
「(――そういやぁ……)」
そう言えば、上客、と敢えて対象を詳らかにせず口にしたこと。それからクレアの先ほどの反応を鑑みるに、どうやらこの豪胆な女将は娘に自分のことを教えていないらしい。
王族直々の頼みでここに泊まっているということを知らないが故の、先ほどの王女の話への大きな驚きだったのだろう。
まあ、別にそんなことはどっちでもいいのだけれども。
「(それよりも……)」
それよりも、今は少し考えたいことがある。
王女との散歩でうやむやになってしまったが、今日の昼過ぎから感じていた嫌な予感と、そこにもたらされたとある情報……
取り敢えず、そのためには一人にならなければならないな、と、流斗は気持ちいつもより急ぎ目に箸を動かすのだった。
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――パタン
静かに、扉を閉める。
食事を終え、自室へと戻ってきた流斗は、そのまま閉まったばかりの扉へともたれかかる。
「(――剣の男の子と、癒しの女の子。それから、白き竜の物語、ねえ……)」
腕を組み、一つ息をつく。
脳裏に浮かぶのは、アリシアと散歩とやらをする前に、少女たちから聞いた物語。
この国で生まれ育った者ならば誰しもが知っているという、建国にまつわるおとぎ話であった。
「(この国の功罪、なァ……)」
編入して最初の休日、図書館へと調べに行った時のことを思い出す。
あのとき一日かけて資料を探した流斗だが、建国の一切について、まるで意図的に隠されているかのように情報がみつからなかった。
少なくとも今、この国はいい国であろう。だがそれでも、人間の功罪について思いを馳せざるを得ない結果だった。
だが、先ほど聞いたおとぎ話とやらのせいで、少々……否、随分と話は変わってくる。
今日の昼から今まで感じていた得体の知れない違和感。先日行くはずだったとある依頼。そして、未だその詳細の分からない、巫女の国の神託……
「――さて、と」
であるならば、確かめなければならないことがある。
軽く独り言つと、寄りかかっていた扉を、再び開ける。
「あれ? 流斗さん。どこかにお出かけですか?」
廊下に出ると、偶然クレアと出会う。
その手に掃除用具が握られている辺り、他の部屋の掃除だろうか。
「わ、ちょっ、えへへ……」
相変わらず勤勉でいい子だなー、と、思わずその頭をガシガシと撫でる。
クレアは驚いた様子を見せるも、笑って受け入れる。
勿論こんなことをするのは、一回り年下のそこそこ親しい少女だからであって、流斗に同年代の少女にやるような勇気はない。
対して仲良くもないうちに少年がいきなり手ぇ出すような話を時折見かけるが、あいつらマジで何考えてんだろ。メンタル鋼かよ。
「ああ、ちょいと出てくる。――ちょいと遅くなるから、おふくろさんにも言っといてくれ。お前さんも早よ寝とけよー」
従業員がこの親娘しかいない都合上、彼らが夜通し起きている訳ではない。
かと言って自分のような泊まっている客が夜分に外に出れないなんてことはなく、それぞれの部屋の鍵が建物の鍵を兼ねているのである。
「はい。気をつけて下さいねー」
とは言え一応心配をかけないよう、言伝を頼んでおくことにする。
クレアの返事を背中に受けつつ、外へ出る。
「うおっ、さみーな」
まだ五月の頭なだけあって、夜風が存外に体に堪える。
一応と思ってパーカーを羽織ってきたが、正解だったようだ。
「――さて、いこーか」
一つ呟き、歩を進め始める。
向かう先は、王都の外れ。
その詳細が一切分からないと言われている、不可思議な古城である。




