Ep.4-6 おさんぽ
逍遥……そこここをぶらぶらと歩くこと。
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十分後。流斗はアリシアと二人、王都の中をぶらぶらと歩いていた。
そう。何故か二人で、だ。
「(あーんにゃろー……。ま、用事があったならしゃーねえが……)」
心中、いなくなってしまったあんにゃろーことちみっ子――ミーナへと愚痴を垂れる。
この前の埋め合わせ、と言われてしまった手前、なし崩し的にYESと言わされてしまった流斗だが、それでも三人ならまだあんまり気ぃ遣う必要もないし、別にいいかなーと思っていた。
幸いにもミーナという少女は、随分とからかい甲斐のある少女だったし。
ところが、である。
いざ出発しよう、という段階になって、そのちみっ子ちゃんが、
「あ! ちなみに今日、ミーナはおじいさまと修行なのです。――という訳で、二人で行ってらっしゃい! なのです!」
と、そそくさと立ち去ってしまいやがったのだ。
という訳で、このやんごとなき身分の少女、しかもまだ会って二回目の少女と、こうして二人っきりでぶらつく羽目になってしまったのである。
「(別に気まずい訳でもねえが……さてさて、どーなるのやら)」
何を話していいか分からない、とか、そんなことを言いたいのではない。
会って数回の、それもめちゃめちゃ貴きお方との散歩なんてそうそうあるものではなかろうてよ。
単純にどんな風な時間になるのか、さしもの流斗にも想像がついていなかった。
「逍遥、ねぇ。なんだか、まーたちゃんちゃらおかしなことになってきたな」
「あら? 流斗先輩。私とのデートは、ご不満ですか?」
んおっと、思考を読まれたかのような返事が返ってきたが、どうやら口に出していたらしい。
横を見ると、白銀の髪をなびかせた少女が、可愛らしいふくれっ面でこちらを見ていた。
「んやんや、そーいう訳じゃねえよー。……つーか、これってデートなんか?」
僅か十五歳ではあるが、しかしこの少女は既に幾度となく外交の場に立ったことのあるモノホンの王権継承者だ。
この拗ねた表情もブラフなのだろうが、何ともまあお上手というか、流石というか……
それより、少女の発した一言にふと引っ掛かりを覚える。
デートの定義にも拠るだろうが、たかだが少しばかりふらふら歩くだけだろうに、と。
そんな流斗の批判に、しかし隣の少女はニッコリと笑みを浮かべて、
「ええ。異性が二人でお出かけする。これをデートと呼ばずして、何と言うのでしょうか」
「――なるほど。ま、一理あんな」
恐らく一般的な定義として、デートとは異性と約束をして逢瀬をかわすこと、だろうが、確かにその定義にはギリギリそぐうのかもしれないなーと、そんなことを考える。
まあ、約束ってところが少々怪しい気もするが。
余談だが、マイノリティ――少数派は尊重されこそすれ、基準たりえることはできないものだ。
それ故、前述の定義に異論を挟むような真似を流斗は認めることはできない。
両立しえない場合には、マジョリティ――多数派だからこそ基準たりえるのであり、如何な多様性が認められ尊重されようとも、そこだけは決してはき違えてはならないのである。
何のことか分からなければそれでいいが、兎にも角にもデートの定義はこれでいいのである。
「実は私、こうしたデートは初めてなのです。なので、流斗先輩が私の初めての人ですねっ!」
「や、ちょ待って、そういう発言は俺がヒヤヒヤするってーの……」
そんな風に少しばかり逸れたことを考えていた流斗だが、にこやかに発せられたアリシアの言葉に思わず苦笑を零す。
当たり前のことではあるが、継承権第一位をこんなフリーな状態で遊ばせておくはずがない。
ぱっと見露骨な恰好をした人物は見当たらないが、しかし恐らく周囲には、身辺警護の人員が多く徘徊していることだろう。
そんな状況で、例え冗談だと分かっていても、先のような発言は少々心臓に悪い代物だった。
下手すりゃ指名手配でもされて追っかけまわされるやもしれないレベルである。
「ふふ。流石に皆冗談だって分かっておりますよ」
「……そーかい。何ともまあ、お転婆な姫さんだこと」
そうこう話しているうちに、少しずつ王城が近くなってきたのが目に見えて分かる。
流斗はこちらの方にはあまり来たことはなかったが、どうやら彼女の家――早い話が、あの王城へと真っ直ぐに進んでいるらしい。
「どうだ、アリシアさんよ。学園生活とやらは、もう慣れたか?」
ふと、そんな話を振ってみる。
彼女が入学してひと月ほど経った頃合いだ。やっと落ち着いてきただろうか、と。
「ええ。優秀な方々ばかりで、とても励みになります。流石に皆さん、一歩引いたような態度ではあるのですが……」
「ははっ、そりゃーそうだろーな」
「私にはミーナさんたちがいますから。それに、一人の後輩として見てくれる先輩が三人もできたので、私は嬉しい限りですっ!」
彼女の立場上やむを得ないことだが、歯に衣着せぬ物言いをしてくれる同世代の子供など、幼少期から現在に至るまでを合わせても殆ど皆無であったことだろう。
それ故だろうか。対等に接しているというミーナ、それからまだ見ぬ二人の少女のことを非常に大切に思っている様子が伺えた。
そして、夏希や奏のことも。自分はまあ、おまけみたいなもんだろーけど。
何やかんやで時は経ち、王城がいよいよ近くなってきた。
相手が誰だろうと必要以上に遠慮しない流斗の態度もあってか、意外と会話も弾んでいたようだ。
「(――そーいや、さっきから随分と声掛けられるよなぁー)」
王都と学園を結ぶ大通りなので当たり前なのかもしれないが、ここは恐らく彼女が登下校に使っている道なのだろう。
先ほどから時折、アリシアは馴染みと思われる露店の店主たちに声を掛けたり、掛けられたり。何ともせわしない様子に見えるが、しかしとても幸せそうに挨拶を繰り返している。
王族と一般市民という立場の差異の中で、しかもまだ年若い少女が、尊敬され、そして慕われているのが、傍目で見ていて存分に分かるものであった。
それはさながら、理想的な王と言って差し支えのないほどに。
「随分と、楽しそうだな」
「ええ。――私、この国が大好きなんです!」
王城の手前。大きな門が見えてきたところで、手を広げ、くるりと回りながら、アリシアがそう告げる。
その表情には、満面の笑み。繕うことの一切ない魅力的な笑顔が、そこにはあった。
「――そォかい。そりゃあ、何よりだな」
いい国だ、と思う。
私利私欲に溺れない優れた王族と、同じく貴き者には相応の責が伴うを忘れない優秀な議会。主権者である国民も政治に深い関心を持つ、まさに理想的な環境。
加えて、四季のある豊かな自然と、豊富な資源を持つ、世界でも有数の大国。
――そして何より、神々に支配されていない国。
「だから、まだまだ研鑽していくつもりでいます」
そんな国を統べることになるであろう、未だ年若い少女。
その目には、既に遠い未来が見据えられているのだろう。
今の主席という立場にすら満足し得ない、遥か遠い未来が。
「――もし…………」
それまでの陽気な調子から一転。
そんな貴い立場の少女は、不意に少しトーンを落とす。
「もし、私が間違えた、そのときは……」
一歩先を歩いていた彼女は、手を後ろに組み振り向きながら、流斗の瞳をじっと見る。
白銀の髪によく映える銀の瞳が、流斗を捉えて離さない。
「……そのときは?」
「そのときは、どうか私を叱って下さいね、先輩!」
そして、再び花の咲くような笑顔で、そう告げたのだった。




