Ep.4-5 嫌な予感
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その日の夕刻。
学園からの帰路につく少年――流斗は、陽の沈みゆく王都に感傷を覚えつつ一人思考の海に浸っていた。
「(――この感じ……、やっぱしどーにも気になるわなぁ)」
恐らく自分だけが感じている違和感に、ポキリと一つ首を鳴らす。
流斗が感じていたもの。それは、まるで嵐の前の静けさのような、不気味な違和感だった。
――根拠は、ない。
だがひしひしと感じられる、明確な違和感。
丁度お昼時にクラスメイト達と相伴に預かっていたときからずっと、拭いきれない違和感が流斗を襲っていた。
用事があると言ってその場を離れたのも、このことについて少し考えるためであった。
「――なーんだろなー、この、肌がピりつくような感じは」
そう、独り言つ。
流石に人通りが多い場所故小声ではあるが、溢れ出した純粋な疑問は明確な声となって雑踏の中へと消えていく。
――予感という、あくまで非科学極まりないはずの言葉。
この世界ではしかし、一概に批判するには値しないものであった。
魔術と科学が同時に発達し、相互に干渉し影響し合いながら生活に根付くこの世界において、魔術によって引き起こされる諸々の現象は科学的に説明しうるものである。
例えば、魔術によって起こった火はただの燃焼反応であるし、現れた水はどんなに複雑な勢いがあろうと所詮ただの水だ。
――しかし、人智を超えた階梯に属している魔術。
位にして『皇帝級』に至るほどのチカラを持つ魔術に関しては、如何なる科学理論を以てしても、説明することはできないのである。
故に、非科学的な予感であっても、一笑に付すことなどできない。
まして、色々世界を巡り巡り、様々な経験をしてきた自分自身の予感である。この俺が信じずして、一体誰が信じるというのだろうか。
「ふむんっと……」
そんなことを考えて、再び一つ、ボソッと呟く。
何か明確な根拠があるワケではないが、しかしゆっくりと歩を進める流斗の脳裏には、先月この国に来て知った、とある事実が想起されていた。
「(――この国の功罪、か)」
感じられる違和感に、思い当たる節はたった一つ。
もし、この予感が合っているとするならば――
「(――いや、別にどーともならんわなー)」
するならば、何だというのか。
人間の歴史がまた繰り返される、ただそれだけだというのに。
「あー!! こんなとこにいたのです!!」
そんな風に黙々と考え事をしながら、自宅、というか定住している宿屋へと入ろうとしていた流斗に、ふと後ろから聞きなれた、姦しい声が掛けられたのだった。
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「お久しぶりなのです!」
「ご壮健のようで、何よりです」
引き留められて振り向くと、そこにいたのは僅か一、二回話したくらいの後輩たち。
それでも恐らく唯一絡みのある後輩である、二人の少女たちの姿があった。。
「おー、久しぶりだなー。ミーナ、アリシア」
先に声を掛けてきた小柄な少女――ミーナと、丁寧にあいさつしてきた白銀の少女――アリシアに向き合い、そう気さくに返事を返す。
久しぶり、と言っても一ヵ月にも満たないくらいだろうが、出会ってすぐこうして日が空いてしまったのもあって、少しばかり記憶がおぼろげだったのは内緒である。
「はい、お久しぶりです。この近辺にお住みなのですね」
「近辺っちゅーか、ここだけどな」
「まじですかっ!? 今度遊びに来ますね!」
王城と学校の中間地点、そして最寄り駅から学校に至る道中にあるこの宿屋の位置関係的に、最寄り駅まで電車で来ている生徒――夏希や奏に会うことは何度かあった。
が、なるほど、確かに王城に住まうであろう王女たちにも合う可能性は十分にあった訳だ。
むしろこのひと月会わなかったほうが珍しかった、とでも言うべきか。
「それはさておき、何で昼は先に行っちゃったのですかー!!」
「んえあ? 昼ぅ?」
挨拶もそこそこにミーナが癇癪を起こし始めた(こんな言い方をすると子ども扱いしていると怒られそうだが)ので、思わず首を傾げる。
昼に何か約束などしていなかったはずだが……?
「――あー、そーいうこったか」
「そーいうことです!」
いや、何となく事態が察せられた。
恐らく流斗が去った後、奏たちとこの少女たちが偶然出会ったのだろう。
それで自分がさっきまでいたっていう話を聞いた、と。
……いやいや、それこそ俺にゃあ責任ないっしょー……。
「会えなくて寂しそうでしたよ。避けられてるんじゃないかって」
「ははっ。そりゃー悪いことしたって言っといてくれ。まあ前二回はともかく、今回はどう考えても偶然だろうてよ」
彼女たちが後から合流すると知っていた最初の出会い。それから一緒に依頼に行く約束をしていた前回とは違い、今回に関して言えば、流石の流斗だって彼女たちが来ることは予見しえない。
どう理由を繕われようとも、偶然と言うほかないだろうて。
「ぐぬぬ、そーなのですけど……」
ミーナがまるで怒られて拗ねる子どものようにしか見えなくて、思わずクスッと笑ってしまう。
理論で納得しても感情が納得していない、といった所だろうか。まあ、至極道理であろう。
「ところであいつらに会ったっちゅーことは……演習の話とかもう聞いたん?」
「あ、はい。色々大変だった、と」
「神域とか、なんだかおとぎ話みたいな話でしたよ。王獣なんて初めて聞きましたし」
話題を変えて、大規模演習の話を聞いてみることにする。
夏希たちに一通りの事情は聞いたらしい。やはり神域や神に関してはあまり身近ではないようである。
――この国で生まれ育っているのに……否、生まれ育ったからこそ、か――
「そう言えばあの話にも獣の神様が出てきましたね。ずっと神獣のことだと思っていましたが、あれも王獣なのでしょうか?」
「あー、いえ、やっぱ神獣なのではないです? 竜っていうくらいですからー」
「んあーっと、ちょい待ち、あの話ってのは、なんだ?」
少女たちが気になる話を始めたので、流斗は思わず首を突っ込む。
彼女たちが一体何の話をしているのか、まるで分からなかったからだ。
「よくあるお話なのですよ。えっと――」
――むかしむかしあるところに、ひとりのしょうねんとひとりのしょうじょがおりました。
かれらはちいさいころから、まるできょうだいのようになかむつまじくそだっておりました。
かれらがじゅうごさいをむかえたあるひ、かれらのすんでいたばしょへきょうだいなちからをもったまおうがせめこんできました。
いのちからがらにげだして、いきのこったのはかれらをふくめてよにん。
かれらと、ひとつとしうえのしょうねんしょうじょと、たったよにんだけ、でした。
しかし、しょうねんたちはけっしてあきらめてはいませんでした。
どろをすすり、まきのうえにね、きもをなめ、それでもちからをたくわえつづけました。
そしてにねんご、かれらははんぎゃくのはたをかかげました。
ちかくにすむといわれていた、まおうですらむしせざるをえなかったきょうだいなしろきりゅうときょうりょくし、ついにかれらのもとこきょうへとせめいったのです。
ついにまおうとあいたいしたしょうねんしょうじょたち。
しょうねんはけんをかかげ、しょうじょはきずをいやし、としうえのしょうねんはこぶしをにぎり、としうえのしょうじょはまほうをはなちます。
りゅうはえんぽうからぶれすをはなち、かれらをえんごします。
そしてなのかにもおよぶたたかいののち、まおうはにげだしました。
けんのしょうねんはいやしのしょうじょと、こぶしのしょうねんはまほうのしょうじょとちぎりをむすび、あたらしいおうこくをきずきました。
これが、いまのいっしゅゔぁるとおうこくなのです。
そしてかれらをたすけたでんせつのしろきりゅうは、くにのはずれでしずかにねむりにつきました。
いつかまたこのくにがききにおちいったときに、ふたたびにんげんをたすけることをやくそくして……
「――というお話です。まあ、ありがちな奴なのです」
「でも私たちはみんな、この話を聞いて育ったのです。中でも剣の少年が癒しの少女を守るために覚醒して…………あら? どうなさったのですか?」
「……んや、なんでもねーよ」
明らかに態度が変わった流斗に気が付き、アリシアがそう尋ねてくる。
たかがおとぎ話にここまでの反応を見せるとは思わなかったのだろう。
「(おいおい、そりゃまた色々とおもしれぇ話だなーっと)」
だが、この情報はなるほど、流斗にとっては思いの外衝撃的なものであった。
帰ったらちいと考え直すかー、と、一つ小さく息をつく。
「……ところで、ですが、この後お時間はございますか?」
「ん? ああ……?」
考え事にふける流斗に、不意に王女サマがそんなことを聞いてきなさった。
っておいちょっと待て。この展開、嫌な予感しかしねーぞ……?
「よろしければ、ご一緒に暫し逍遥いたしませんか? この前の依頼に来られなかった埋め合わせ、ということで」
だが、気づいた時にはもう遅い。
にこやかな、しかししたたかな笑みを浮かべ、年下の少女がそう告げたのだった。
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