Ep.4-3 地上を統べる存在
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「そういや、演習はどうだったお前さんら? まー文字通り、色々あった訳だが」
食べ盛りの十六歳。ご飯盛り盛りの生姜焼き定食を食べながら、流斗はそう少女たちへと問いかける。
あの演習の最中、林の中心部で彼女たちと別れてから、何やかんやで今日が初めての邂逅であったため、大分時間は経ってしまってはいるが、しかしどうしても感想を聞いておきたかったのだ。
「……王獣っていう存在は、凄いなーって」
そんな不意の質問に、感慨深げにしつつ、奏がそう答える。
どこか遠い目をしているその脳裏には、あの黒き砂鉄の波が想起されているのだろうか。
「ははっ、そりゃそうだろーなー。何てったって、数いる王獣の中でもあの『磁猿魔』って奴はトップクラスにつえー奴だからな」
そんな少女のシンプルな感想に、流斗は思わず破顔する。
なるほど、そいつァ確かに道理だろう、と。
神域『静謐極まる緑林』を統べる『猿猴王』―は、代々圧倒的な戦闘能力を有しているという。
加えて、今代の王――『磁猿魔』は、昔知り合ったという人間に魔王という異名すらつけられた者。まさにその名に恥じぬ力を、彼女らにまざまざと見せつけたのだった。
「……そーなんだ。確かに、ハイエナの王を圧倒してたもんね……」
「だな。――湊宮はどうだい? あの三日間で、思うところとかはあったか?」
ここで敢えて、夏希へと話題を振る。
別に、大した意図はない。ただの気まぐれである。
――いや、嘘だ。ただ、奏にこれ以上この話題を喋らせたくなかった。
その理由はただ一つ。彼女たちの親しい友人であるところの人見知りの少女――桜花が、ハイエナの魔獣によって負傷したという出来事に話題が移るのを避けるためであった。
「(あのときのアレは、きっと抱えてるもんがあるが故だろーが……)」
あの時、突如響いた轟音を聞いてやってきた流斗を見つめる、虚ろで無機質な彼女の瞳。
一切の感情を喪失したあの表情を、そしてそれを浮かべるに至るまでの彼女のバックグラウンドを、今わざわざ想起させるようなことはしない。
少なくとも今挑む必要があるようには思えない彼女の深奥に、これ以上首を突っ込むつもりは更々なかった。
とまあ、そんな風な考えで、流斗はもう一人の少女へと話題を振った訳だ。
「………………」
ところがどっこい、この選択も少しばかり思い通りにはいかないようで。
「……仮に、の話だよ? もし仮に、私たちが、王獣を、そして、その上に立つっていう神獣を斃そうと思ったとき、どうすればいいんだろう?」
平生の彼女らしくもない神妙な態度で、夏希がそう言葉を発する。
机上に置かれた両の手は、恐らく彼女の意図とは関係なく、強く拳が握られている。
「(――そりゃあ、どういう意味だってばよ……なーんて、聞いても答えねーよなァ)」
その質問は、果たしてただの純粋な疑問だったのだろうか。
あるいは、それを超えた何かしらの意図があったのだろうか。
少なくとも、今こうしてじっと流斗を見つめる彼女の瞳からは、何の感情も読み取ることはできなかった。
「――そうさなぁ、ちと長くなるぞ」
そんな見慣れぬ様子にしかし、いい機会だと流斗は説明を目論む。
彼の目算が正しければ、彼女たちこそ次の時代を背負う次代の雛たる筆頭だ。ここで諸般の事情を知っておくことは、彼女らにとって将来必ずプラスになることだろう。
「まず、王獣について、だな。こいつはいつかお前さんらが言っていた通り、人間たちの知る魔術や神器の階梯にして『皇帝級』に属する程度の力を有している。まあ勿論、ピンキリだけどなー」
内心幾ばくかの打算(と言う程のものでもないが)をしつつ、語り始める。
まずは、彼女たちも既に三柱ほど出会ったことのある、神域を統べる王たる獣。神格を持つ、正真正銘の神――王獣。
いわゆる神器や魔術の階梯の基準は各国によってバラバラであるが、人智を超えた階梯、つまり『皇帝級』以上は、万国共通のものだ。
理論ではなく、本能的に人間が感じることができる、超常のチカラ。
神たる王獣は、その『皇帝級』にすら及ぶ力を有しているのである。
「例えば『磁猿魔』。ありゃあ、並の『皇帝級』の一人や二人連れてったところで一瞬でお陀仏だろうな」
「……そ、そんなに強いの……」
「確かにあの光景はすーごかったねー……一方的だったもん」
『鬣犬王』との戦闘風景を思い出したのか、二人揃って疲れたような表情を見せる。
学園長と、そしてこの国の王国軍総隊長とも縁故である『磁猿魔』は、同じ王獣であるところのハイエナの王すらも圧倒していた。
――自らが統べる域を持たない、しかし神格を持つ紛れもない王獣を一方的に屠れること。
その実力を察するのは容易なことだろう。
「そして、神獣。王獣との違いは神格、つまり神としての格だが、しかしそれが戦闘能力に直結するかと言われるとそうじゃあない。えーっと、なんだっけ、『伝説級』とか言われてるほどの強さの奴もいれば、そこら辺の魔獣にすら負けちまうようなひょろひょろの奴だっている。つまるところ、王獣と神獣のどっちがつえーかなんて単純に言えないって訳さ」
そして、地上を統べる『神獣』。
いわゆる神格は王獣よりも高いが、それは戦闘能力とは必ずしも一致しない。
王獣のように群れの王としての立場を持たないか弱き者もいるため、王獣よりも上から下までの戦力差は大きいのである。
「だが、神獣の中でも最上位の奴ら。こいつらはなるほど確かに人間にしてみれば別格だろう。『伝説級』とやらがどこまでを指してるのかは知らねーが、それで足元に及ぶかどうか、だろうな」
「――っ。そんなに……」
夏希が絶句したような声を漏らす。
自分たちですら足元すら及ばない存在がいるという事実に、流石に驚愕を、衝撃を隠せないようだ。
だがしかし、それも道理というものだ。
神獣。それは、大神と並び立つ世界を統べる存在。
王獣と併せ、彼らの存在は自然の化身そのもの。彼らに挑むということは、即ちただの人間が自然に挑むということに他ならないのだ。
「まー結局のところ、上二つを区切ってはいるが、それだってピンキリだ。お前さんらの研鑽次第でまた、どうとでもなるだろうさーっと」
未だ衝撃を受けている彼女らの様子を見、敢えて希望を残すかように、そう締めくくった。
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「「「………………」」」
誰も、喋らない。
長い話を終えた流斗だけでない。それを聞いていた、夏希と奏も。
――カチャカチャ、と、少女たちが食器を鳴らす音だけが不自然に大きく聞こえる。
あるはずの周囲の喧騒も、今は耳に届いてこなかった。
「(……王獣よりもさらに強い、のかぁ。……遠いなあ……)」
そんな何とも言えない空気の中、奏は心中そんなことを考えていた。
もはや、この少年がどうしてこんなことを知っているのか、という疑問は起こらない。
むしろ彼のことだ、これくらい知っていておかしくはない、とか思っている時点で、感覚が狂い始めているような気もするけど……。
天上の大神。地上の神獣。
世界を統べると言われている彼の存在について、奏は小さい頃からおとぎ話として、あるいはどこか遠い世界の出来事としてでしか見聞きすることはなかった。
初めて彼と依頼に行った際、神域と神獣に関して色々と知らない事実を突きつけられたのも、今はいい思い出だ。
「…………」
ふと、隣に座る親友をチラッと見る。
この親友にとって、今の話は一体どれ程の影響があったのだろうか、と、そんなことを考えてしまう。
「あ、そう言えば用事があったんだった。お前さんら、わりぃけど先行くなー」
「……ん? あ、おっけ、あとでね」
そんな神妙な空気に居心地が悪かった、訳ではないだろうが、不意に用事を思い出した、と少年は立ち上がる。
夏希の返事に後ろ手を振りつつ、さっさと立ち去ってしまう。
「……ホントに、凄い人だねぇ」
「……うん……」
そんな様子を見送った夏希からボソッと放たれた言葉に、奏も静かに同意を示すしかなかったのだった。
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