Ep.4-2 帰って来た日常
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深緑も殊更に深みを増し、陽も高くなってきた五月の初め。
今日は本当に色々あった大規模演習が明けて、初めての登校日。
夏希たち第二学年の生徒たちにとっては、久々の登校ということになる。
「やっはろー。おはよー……ん?」
まだ少しばかり眠気を感じつつ、いつものように奏と共に教室へと入った夏希がまず目にしたのは、
「おーい、聞いてんのかってー」
「…………」
「む、無視すんなよなー、おーい」
何故かめちゃめちゃ不機嫌そうに机に頬つく少女――茨木 エルリアの姿と、その彼女に話しかけようとしている少年――轟 大二郎の姿だった。
「……えーっと、どしたのさ、これ……」
「あっ、おはようございます。夏希ちゃん」
「はよー、桜花っち。これはどしたの?」
近くでオロオロしていた桜花が話しかけてきたので、事情を聞いてみる。
ともすればこんの学年一のおバカさんが、まーたなんかやらかしたのではなかろうか、と。
しかし、
「い、いえ。登校した轟さんが挨拶しただけなんですけど、エルリアさんが全然反応しなくて……」
と。
どうやら珍しく、彼が原因という訳ではないらしい。
「…………」
そんな夏希たちのやり取りの最中も、エルリアは相変わらず無言で、彼女の左側にある窓の外をじっと見ている。
やはり頑なに、大二郎の方を向こうとはしない。
「(んー、どーしたんだろ?)」
余りにらしくない様子に、夏希は首を傾げる。
演習の初日。エルリアが彼女らしくもないイライラした態度を見せていたのは、彼女の体調不良が原因だった。
今回はしかし、そういう感じではないと言うか、別に悪い感情ではないと言うか。いや、むしろ……
「――あ」
そこで、ピンときた。
あの大規模演習が明けて暫く経つ。休暇を挟んで今朝顔を合わせて、もしかすると。
「エルリアちゃん、もしかしてだけど……照れてる?」
「っ!?」
ビクッ! と彼女の肩が大きく揺れたのを見て、夏希は自分の推理が合っていることを確信する。
ここからは彼女の表情は見えないが、長い金髪から見える彼女の耳が仄かに赤く染まっている。
冷静で動じないクールな彼女にしては、何とも珍しい反応である。
そんな普段は余り見られないエルリアの様子に、夏希は思わず笑みを零してしまう。
例えるならば、微笑ましさとからかいが混じったような、そんな笑みだろうか。
「そっかそっかぁー。あんだけキツく言っちゃった行動が実は自分のことを思っての行動で、ある程度他の子にも手伝ってもらったとはいえ二日目の行きの大半を背負ってもらったんだもの。そりゃあ照れくさいよねぇ~」
思いの外楽しくなってきてしまった夏希が少し大きめな声でそう言うと、またエルリアの肩が大きく揺れた。
あ、よく見るとプルプル震えてる。
最近は件の編入生クンこと流斗にからかわれる機会が何度かあった夏希だが、そもそも夏希は別にからかわれ上手というだけではない。
彼女が非常に幅広い交友関係を持っているのも、この親しみやすさゆえである。
「…………ハァ……」
ついに観念したのか、エルリアがこちらを向く。
相変わらず大二郎の方は全く見ようとしないが、表情だけ見れば普段通りだ。
「そりゃ、轟には背負ってもらったのもあるし、感謝はしてるわ。――そ、それに……」
何故かそこで言いよどみ、視線を逸らす。
そこを見逃す夏希ではなかった。
「ああー、おっぱい押し付けてたもんね」
「――っ!?」
しかし、ここは攻め時、容赦はしないぜ! と、さらに爆弾を投げ込む。と、こちらを向いている彼女の表情が一気に真っ赤に染まる。
普段はクールな彼女の珍しい攻めどころである。夏希に見逃す道理などなかった。
「ブハッ!? ゲッホゲッホ、くっそ……っ」
そんな夏希の会心の一撃に、近くで紙パックの牛乳をすすっていた少年――流斗から、如何とも擬音にしがたい音が漏れ出したのが聞こえた。
どうやら、攻撃対象のみならず広範囲にクリティカルヒットしたらしい。やったぜい!
……と言うか、彼が動揺している様子なんてのも、出会ってもう一ヵ月経つ夏希からしても非常に珍しい光景だ。
あとでからかったげようかなーっと、とそう心に決める。
「ふむふむ、そっかそっか……」
すると、一連のエルリアの反応を見ていた大二郎が、何故か得心いったような態度を見せる。
何故だろう。非常に嫌な予感がする……
未だ真っ赤な顔の彼女の方へと向き、轟少年はコホンと咳ばらいを一つ。
そして、口を開く。
「この前流斗も言ってたが、仕方のないことだし気にすんなってー。――それに、さ」
「……それに?」
あ、やっぱしいやな予感が。
「そこそこ厚着してたからあんまし分からな……グハッ!!?」
――キーンコーンカーンコーン
余計なことを口走った彼に必殺のコークスクリューブローが決まったところで、始業を告げるチャイムが軽やかに鳴り響いたのだった。
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「ぐおおお、ねみい……」
「こりゃ、駄目だ……」
こちらも久しぶりの午前の必修授業が終わったところで、教室のあちこちから悲鳴が聞こえる。
ガイダンスなどから始まる春休み明けとは違い、のっけからフルスロットルである。
一週間ほど座学から遠ざかっていた彼らにとってみれば、少々酷な拘束時間だったことだろう
「(……さて、昼はどーすっかなーっと。やっぱ食堂は混んでるだろーし、敷地内のお店に行ってみっかねぇ)」
そんな級友の様子を横目で見つつ、流斗は昼食に思いを馳せる。
流斗とて食べ盛り。正直なところ、二限の途中から気も漫ろであった。
「……やっほ。行こっか……」
口数少ない小動物のような少女――奏が、流斗に話しかけてくる。
結果的に、と言うか、なし崩し的に、と言うか。彼はこの学園に編入して多くの昼食を夏希と奏と共に過ごすことが一番多かった。
一番初めに知り合っていきなり一緒に依頼に行ったことに加え、取っている選択授業の被りが大きいということで、たまたまそうなっていた。
「ちぇー、あんまし効かなかったかー」
学園の敷地内をぶらぶらり。手ごろなお店を探しつつ、夏希がそう零す。
その言葉に、流斗は苦笑せざるを得ない。
「残念ながら、だなー」
「だってさー、珍しく派手に吹き出したんだもん。そりゃあチャンスだと思うじゃん」
彼女の言っているのは、今朝のおっぱい押し付けていた発言であろう。
「いやいや、あんなん誰でもびっくりするだろーよー」
エルリアをからかおうとした夏希の言葉に流斗が吹き出したのを見て、彼女はこれは流斗をからかう好機だ! と思ったらしい。
まあ確かに、時に奏と協力して彼女をからかったことは何度かあったが、その仕返しとしては絶好のネタに見えたことだろう。
だが残念ながら、流斗が吹き出したのはその言葉そのものではなかった。
それより、夏希が大きな声で白昼堂々(白昼と言うのはホントは齟齬があろうが、ここでは気にしないことにして)高らかにその言葉を叫んだという事実に、思わず吹き出してしまったのだった。
鬼に金棒、美少女から下ネタってかー、とそのあとも暫くツボっていたのは、彼女には内緒である。
「……残念だったね、夏希」
「いいもんいいもん、これからまだまだ機会はあるだろうし、ネ……」
そんな取るに足らない会話を交わしつつ、流斗たちはたまたま見つけた空いている食事処へと吸い込まれていくのだった。




