Ep.3-36 我が来たりて時は流るる
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「つっ……いたぁ!!」
「……終わったぁ」
日も沈もうかという二日目の夕。
夏希たちと奏たちの連合軍は、遂に神域の外、演習のゴールへとたどり着いた。
何かを話し合っている教諭陣以外、人の姿が見られないところを見るに、どうやら彼女たちが一番乗りだったらしい。
「り、六花、大丈夫かい……」
「……だ、だいじょばない、かも……」
「いーやぁ、もうココから動きたくないっスねぇ……。あれ、生きてます? 轟さん」
「……おうー。流石に、しんどいわぁ……」
普段はラブコメさながらにいちゃつきやがる勇者くんやお姫さまの声には生気がなく、いつも飄々としている唯依や元気丸出しの轟の声も心なしかくたびれている。
他の級友たちもめいめいに言葉を交わしているが、やはりかなりの疲労が滲んでいた。
「お疲れ様です! みなさん、無事みたいで何よりですー」
「あ、橘先生。やっほーい」
夏希たちが到着したことに気づき、真っ先に夏希たちの元へ駆け寄ってきた我らが担任、陽野 橘へと、そう気さくに挨拶をする。
まるで友人に接するかのような夏希の挨拶に、しかし彼女は気にした様子もなくただほっとしたような表情を浮かべる。
もちろん、夏希たちに彼女に対する敬意がない訳ではない。のだが、自分たちと同じか少し上くらいにしか見えない彼女は、総じて生徒との距離感が非常に近しい教師であった。
夏希を含め、特に彼女のクラスの生徒たちは夏希くらいの距離感で接しているが、橘もそれを是としているような節がある。
ちなみに噂では、彼女は魔術においても相当の実力を有しているとのことだが、真偽のほどは定かではない。
兎に角そんなわけで彼女は、こんな風に気さくに接せられるタイプの教諭であった。
「疲れたでしょう。まずはゆっくり休んでください」
「ほ、ほーい……」
優し気にかけられたねぎらいの言葉に、後方から誰かの気の抜けた返事が聞こえる。
思えば演習として、ただでさえ昨日から木々の生い茂る林の中を歩き続けてきた。しかもそれだけでなく、トラブルによって重い荷物を分担したり、人智を超えた戦闘を間近で目撃したりもしてきたのだ。
特にこういった実戦慣れしていないクラスメイトたちは、心身ともに限界であろう。
むしろ、あれだけの非常事態に直面してよく一番手で帰りつけたものである。
「(……そう言えば……)」
そう言えば、林の中央部に辿り着いた証拠についても、それから五人組ではなく十人まとめてやって来たことについても一切言及がないのだが、それは別にいいんだろうか……? と、ふと思う。
いくら成績云々を度外視した課外演習であったとしても、そこら辺はきっちりかっちり締めないといけない気もするのだけど。
……いや、異常事態が起こっていたことを既に認知しているからこそ、自分たちを慮ってくれているのだろう。
どうも夏希たちの担任は、ただ距離が近しいだけの先生ではなく、きちんと自分たちのことを見てくれているようだ。
「あ、そうだ先生。エルリアちゃんが体調不良なので、休ませてあげて」
そんな先生へ、当座の最優先事項であったエルリアの体調不良を伝える。
帰り道、ここまで体調の良くないことを押して自力で歩いてきたのだ。とにかく、真っ先に休んでもらいたかった。
「! 了解です。茨木さんはこっちのテントへ。養護教員がいますので、簡易ですがベッドでしっかり休んでください」
「はい。――みんな、ホントにありがとうね」
そんな夏希の言葉に、橘はエルリアを教員向けのテントへと誘導する。
するとエルリアは、今まで見たこともないような素直で穏やかな表情を浮かべ、皆に感謝を告げて去っていく。
「(おっとー……これはレアだぞーっと)」
その表情は、同性ながら夏希も少し見惚れてしまう程だった。
なるほど、普段冷静でクールな女の子のデレは強力っと……と、心の内で知られたら怒られそうなメモをしておく。
「さて、これからは……明日までここで待機、かな?」
三日間を予定している演習の中で、夏希たちは二日目の内に全ての行程を終えたことになる。
しかし、まだ彼女たちを除く他の十八組は林の中にいる。全員が帰ってくるまで、もう一晩はここ野宿ということになるだろう。
とは言え、だ。
「……そうだ、ね。んでも、林の中で寝るより全然安全だから」
夏希の言葉を引き継いで、奏が話しかけてくる。
演習の一環として猿たちが襲ってくると言われていた林の中とは違い、ここはもう安全な林の外だ。
テントは手狭だが、見張りをする必要もないためゆったりと眠ることができるだろう。
流斗の計らいで二組一緒にここまで来たので、薄い布でできた仕切りではなくテント毎に男女で別れることもできるようになったのも大きい。
「はー……、演習も終わりかー」
そう一つ言い、夏希はドサッと草原へと寝っ転がる。
手を広げて空を見ると、雲一つない青空が見える。柔らかい風が、彼女の頬を撫でる。
気を抜けば、このまま寝てしまいそうであった。
しかし、それも止む無しである。
まだ日程は残っているとはいえ、夏希たちがやるべきことは全て終わった。気が抜けてしまうのも無理はないだろう。
と言うかむしろ、林の中では緊張の連続だったため、いい加減気を抜くべきでしょ~、と、心の内で正当化して目をつむる。
「(――無事に終わったけど……、結局、あの人のことは分からずじまいだったなぁ)」
そうしてふと思うのは、林の中で見回りをしていた編入生の少年。
演習に参加しないと言いつつも、結局神域内で何回も出会うことになった彼のことであった。
先の征伐者への依頼に、底の知れない魔術。それから、一瞬で幕を閉じた模擬戦……
重なる出来事に、この演習の中でいい加減その正体を少しでも暴ければ、と夏希は密かに考えていたのだ。
ところがどっこい。演習に参加しないことから始まり、結局夏希たちは彼の秘密を全く掴むことができなかった。
むしろ逆に、秘密が増えたまである。王獣と親し気な様子だったし、本当に分からないことだらけだ。
「(――ぜーったい、暴いてやるんだから……)」
絶対に、あの飄々とした彼に踏み込んで見せる。
そう再び決心しながら、夏希は襲い来る睡魔に静かに身を委ねるのであった。
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三日後。
大規模演習の全行程を無事に終え、引率教諭も含めた生徒たちがゆったりと休暇を取っている頃。
イッシュヴァルト王国立高等学校の学園長は、神域『静謐極まる緑林』を訪れ、王獣『磁猿魔』と一年振りの再会を果たしていた。
「ありがとうございました。例年にない異常の連続でしたが、お陰様で今年も無事、終えることができました」
神域の入り口にある草原にやって来た彼女は、出迎えてくれた王獣にお礼の言葉を掛ける。
「………………」
「?? どうしたんですか?」
そんな学園長の言葉に、しかし『磁猿魔』は何事考え込むそぶりを見せる。
超常たる彼にはあまり見られない態度に、学園長たる彼女は首を傾げる。
暫しの空白ののち、彼は静かに言葉を紡ぎ始める。
「――ありゃあ、なんだ?」
「あれ、とは? ――もしかして、彼、ですか?」
彼の指し示している対象が何か分からずに問い返すも、すぐに思い至る。
林の中で彼と出会い、そして演習を成功に導いたという、とある少年のことだろうか、と。
「ああ。部下たちを軽くあしらう実力に、俺たちの戦闘を全て塞ぎきるほどの結界。考えれば考えるほど、異常だ。まして、あれをやったのは演習に来てたガキどもと同じ年だっつうんだからな」
「!? 待ってください。結界を張ったのは、あなたではなくて?」
その言葉に、学園長は驚愕を露わにする。
彼女は流斗から、そしてその場に居合わせたという生徒たちから話を聞いた橘から、結界を張ってくれたのはこの『磁猿魔』だと聞いていたのだ。
「いや、違う。あの魔術を使ったのは、あのガキだ」
「そう、なのですか…………」
「あいつ――ジエスの奴も、珍しく口を割らなかったな。必要がある者にだけはあのガキのことを伝えているとは言っていたから、お前もある程度は知ってるんだろうが、それでもやはり結界の話には驚いてたな。お前らも、あのガキの全てを知っている訳ではねぇんだな」
「……ええ、あの人も私も、ほんの一端しか知らないのでしょう」
静寂が、辺りを支配する。
風が音を立てて草を揺らす音だけが、彼らの耳に入る。
「――牙頼 流斗、と言ったか……」
その静寂を切り裂いて、『磁猿魔』がポツリ、と呟く。
「我来 流時。――我が来たりて時は流るる……つまり、時代を終わらせ、始める者。何ともまあ、因果な名前じゃあねえか」
「…………次の時代を背負う者、ですか……」
超常の存在たる、王獣。
その彼が、少年のことをここまで重要視しているという事実に、流石の学園長も緊張を隠せなかった。
「ここ最近、不穏な気配を感じる。さながら、嵐の前の静けさとでも言ったところか」
コキリ、と一つ首を鳴らして、『磁猿魔』は空を仰ぎ見る。
それに倣って学園長も上を見ると、少しばかり灰の雲がかかり始めていた。
「――あれだけの力を持つ存在だ。お前らが精々、導いてやれよ」
そう言うと彼の域を統べる王は、Uターンして林の中へと帰っていくのであった。
――第3章 因襲を破るは緑林たる獣 完――
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