Ep.3-32 王と王
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「――やったか……」
自らの電撃により発生した眼前を覆う煙を見、ハイエナの魔獣の王たる『鬣犬王』は満足げな表情を見せる。
紛うことなく神である自分の攻撃が直撃したのだ。まず間違いなく、あの人間たちが生きていることはないだろう。
「(……見誤っていた、か)」
誤算。
この神域を侵略せんとやって来た彼女にとって、この一日はその一言に尽きると言っても過言ではなかった。
既に、林に放った自らの部下のほとんどが斃された。残る数匹も、恐らく時間の問題であろう。
彼女が見誤っていたのは、人間のチカラ。人質に、あるいはそれに準じる形で猿たちを斃すのに“使える”と踏んでいた、矮小なはずの存在の力だった。
猿たちが人間という種族に寛容なのは知っていた。その上で、彼らが群れとなってやってくるこの時期を狙って、襲撃してきたのだから。
いくらホームグラウンドとは言え、人質という枷がであれば十分に制圧できる! と踏んでいたのだが、こうして次々部下がやられている以上、目算が完全に外れたと言わざるを得なかった。
煙が、晴れる。
その先では、忌々しい人間の子供たちの骸が見えることだろう。
いや、あるいは、死体すらも残っていないだろうか。いずれにせよ、彼らの生死など疑うべくもない。
そのはず、だった。
「な、なんだぁ!?」
「い、生きてる、よね……」
「びーっくりしたぁ……」
「――なっ……!?」
煙が晴れ、『鬣犬王』の視界に飛び込んできたのは、淡く輝く正体不明の壁の向こうで、なお存命の人間たち。
想定外の事態に、さしもの『鬣犬王』も暫し困惑する。
――いや、これは、結界だろうか。淡い黄をした光り輝く結界が、彼らの周りを取り囲んでいるのが見える。
この結界が、自分の攻撃を防いだとでもいうのだろうか。
しかも、それだけではない。
「――全く、仮にも王獣が、人間のガキ相手に大人気ねぇよなぁ」
その結界の上部。魔獣、磁猿を少し小柄にしたような、しかし莫大なプレッシャーを放つ存在が、彼女をじっと見つめている。
何が起こったか、いまだ不明。だが、選択肢など一つしかなかった。
グルウ、と喉の奥から声が漏れ出る。
相対する獣の王が、ポキリ、と拳を一つ鳴らした。
「さて。……わりいが、部下の仇、取らせてもらうぜ」
「……『猿猴王』ぉぉ!!」
そのやり取りを合図に、互いへと一気に肉薄する。
そうして、“超常”が、激突した。
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「――んあー、なーんとか終わったかー」
遡ること、ほんの少し前。
演習中の生徒たちに状況を説明せんと林の中を彷徨っていた流斗は、ようやく全グループとの合流、及び状況の説明を終えたところだった。
西から東へ、単純計算で二キロ弱。グループごと南北方向への進行速度の差を考えると、もう二キロほどは歩いただろうか。距離的には、そう大した距離は歩いてはいないだろう。
だが、
「つっかれたなー、うぉい」
慣れない作業の連続に思いの外疲労感を感じ、そう呟く。
もちろん、精神的な疲労、である。
流斗の目的は、子供たちにこの林に起きている異変を伝えると同時、猿の魔獣が味方であることを明確に伝えることだった。
いくら猿たちが演習を手伝ってくれる、ということを事前に聞いていたとはいえ、非常事態では往々にして正常な判断能力が狂ってしまうものであるからして。
「(意外だったのは、思いの外素直だったっちゅーこったなー)」
意外にも、と言うべきだろうが、大体のグループは、流斗の言葉をすんなりと受け入れてくれた。
面の割れている(と言うと何だか悪いことをしたみたいだが)クラスメイト達はともかく、他のクラスの生徒の多くも、彼の言に素直に従ってくれたのだ。
最も、これは流斗の自覚不足である。
権力から独立した学園にやってきた、前代未聞の編入生。
いくら王直々に「身分を詮索するな」と言及されていたとはいえ、そんな彼が注目されないはずがなく、他クラスの生徒にもかなりの割合で顔が知れていた、という訳である。
お陰で説明がスムーズだったと思えば、運が良かったというか、何というか。
「(跳ねっかえりがいるのは、予想通りだったけどなー)」
そして、いくつかのグループ。その中の何人かには、流斗の言葉に対し敵意のこもった眼差しを向けてくるものもいた。
それは、流斗が何か自分たちを害するために嘘をついている、というようなことを疑っているのではない。彼の言葉に素直に従うのが嫌、というような、そんな感じだった。
しかしまあ、それも当然だろう。
唯一王国立を冠す、名門。そんな学園に在籍するのだから、相応のプライドがあって然るべきであろう。
と言うかむしろ、少なくとも表面上は一切の壁なく気さくに受け入れてくれたAクラスの面々が少々おかしいまである。いい奴らすぎんぜー、全くもう。
とまあ、そんな反発してきた生徒たちに、流斗のとった行動は至極単純だった。
――なら、信じなくていい
――!?
――お前らの目で、確認して決めろ。生きるも死ぬも、てめーら次第だ
――…………
流斗が彼らに告げたのは、そのたった二つ。
彼らのプライドを損なうことなく、しかしほんの少し逆なでするような、そんな台詞。
幾ら流斗が頼まれてここにいるとは言え、一から百まで面倒を見てやる気は更々なかった。
「――終わったのか」
そんな風に回顧していると、不意に背後から重厚な声が掛けられる。
声の主は昨晩に知り合ったばかりの、超常にしてこの林を統べる存在。その名を『磁猿魔』。
「おー、何とかな。……つーか、こんなとこまで出張ってきていいのか?」
流斗は少し眉をひそめつつ、返事を返す。
普通に考えれば、彼とこんなところで会う道理はないように思えたのだ。
「まぁな。俺も少しばかり見回ろうかと思って来たんだ。――現在までに奴らと遭遇した人間たちは全員無事だ。俺の部下とちゃんと協力したらしい」
この域の主たる『磁猿魔』は、この林にいる限りこの域で起こっている一切合切を正確に認識することができる。どこへいようと、なにをしていようと、だ。
それでも林の中央部からわざわざ出張ってきたのは、自らの領域を直に眼で見て確認しようと思ったからだろうか。
……いや、ともすれば、有事の際には手を出してやろうという彼なりの気遣いだったのかもしれないな、と思う。
どうにもこの王獣は、厳しそうに見えて人間に甘いようだし。
「そーかい。そりゃまあ、俺も苦労した甲斐があったってもんだぜな」
無事、ということは、あの跳ねっかえりがいたグループたちも無事に生き残っているらしい。
自分の目で見て判断したのか、他のグループメンバーに説得されたのかは知らないが、まあ無事なら文句はあるまいてよーっと。
「――ん? 一番西のグループがもうゴールすんな。ここだけ人数が倍みてぇだが……」
「あー、そこはなー、ちょいと訳あって合流してるからいいんさ。――そうか、無事についたんだな」
域を全て把握している主から不意に告げられたのは、クラスメイトである夏希や奏たちのグループが無事に、そして一番乗りで中央部に辿り着いた、という事実だった。
いろいろトラブルもあったようだが、手を回して合流させた甲斐があったもんだぜー、と、一先ず安心する。
流斗とて感情のない悪魔ではない。顔見知りを心配する気持ちは人並み未満にはあった。
「というか、それならお前さんも戻らなきゃじゃね? 何だっけか、証拠だかなんかを渡すんだろ?」
「ん? ああ。辿り着いた証に、適当な砂鉄の塊を…………!?!? なっ!? どういうことだ!?」
「! どうした?」
一先ず俺の仕事は終わったなー、と、『磁猿魔』とそんな風に他愛もない会話をしていると、突然彼が焦った様子を見せる。
これまでの王たる毅然とした様子の内には見られなかった、あからさまな動揺が見て取れる。
「――そのガキどものすぐ近くに、つええのが突然現れた。奴らの王獣と見て間違いないだろう」
そうして放たれた言葉は、想定外の事態が起こっていることを知らせるものだった。
「!? ……なーるほど、そういうことか。今まで、そいつの反応はどこにあった?」
「奴らが今朝までいた、中央部の向かい側付近にずっと止まってた。余りにも動かねえなとは思っていたが……」
中央部の向かい。つまり、磁猿たちとハイエナたちが向かい合っていた、草原を挟んで北側の林。
域の主たる彼の知覚では、その場からずっと動いていないはず、だったようだが……。
「あいつら――王獣の統べる域を襲う王獣たちってーのは、きっとお前さんたちの把握能力をも阻害、あるいは隠蔽できる能力を持っているんだろ。そうでなければ、住み慣れた域に住まう同格の獣たちを斃すなんざぁ難しいだろうからな」
神域を侵し、王獣を襲う王獣。
そんな因襲を破るような存在がどうして存在するかはさておき、普通に考えれば、同格の王獣を、それも彼らが住み慣れている圧倒的アウェイにて襲うのはハイリスクが過ぎる。
それでもこういった存在が絶えていないのは、侵略するのに特化した、何かしらの特別な能力があるとみてまず間違いないだろう。
「そーいうわけか。そんなら……急ぐぞ!!」
結論は出た。クラスメイトの元へと急ぎ、向かう。
彼女たちの実力からして、一瞬で斃されるようなことはないだろうが、それでも容易な闘いではないだろう。
まして、全員が奏や夏希のような相当の実力者という訳ではないのだから。
時間にして、ほんの一、二分。
辿り着いた先では、まさに王獣が攻撃を放たんとしているところだった。
轟音をまき散らす巨大な雷球。このまま放たれれば、まず全員が無傷ではいられないだろう。
「(さて、と)」
スっと右手を、翳す。
目の前には窮地に陥っているクラスメイト。無意味に力を使うことを是としない流斗にしても、ここで手を出さない道理は、無かった。
イメージするのは、不朽の聖域。如何なる王権すらも及ばない、神聖なる領域。
その名は、
「――『永遠なる安寧の聖域』」




