Ep.3-31 辿り着いた先で
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合流し、歩き続けて数時間が経過しただろうか。
奏たちはついに、一つ大きな壁を越えていた。
「っだああああああ! やーっと着いたぁ!!」
荷物を下ろし、諸手を挙げて夏希が高らかに叫ぶ。
しかしてその言葉には、万感の思いがこもっていた。
「……くあー、まじかぁーこれ……」
「も、もう歩きたくない……」
そんな夏希に続き、共に行程を進んできた少年少女たちが、そういって次々腰を下ろす。
急に叫んだ夏希だが、林に入る前と違い、他のクラスメイト達に驚いた様子はない。
まあ今回の場合、慣れたというより、反応する気力と体力が残っていなかった、というのが正しいだろうが。
「……疲れた、ね……」
「ほ、ホントですよぉ……」
近くに座り込んでしまった桜花へと、そう話しかける。
帰ってきた返事には、やはりかなりの疲弊がこもっていた
まだお昼前ではあるが、彼女たちは総じて一日目を終えたときよりもしんどそうである。
「(……無理はない、かー……)」
無論のこと疲労しているのは、奏とて例外ではなかった。
今は二日目も佳境に差し掛かった頃。流斗の計らいで合流した奏と夏希のグループは、大二郎たちの荷物を分け合ったり、エルリアを交代に運んだりなど積極的に協力し合い、遂に演習の目的地である林の中央部へと辿り着いていた。
最も、辿り着いたと言っても少し手前、木々が開けてきた辺りで一端立ち止まっているのだが、それには理由があった。
「……さて、何が待ってるかなー……」
「うーん。どうだろ。証を手渡されるってだけなら、何も心配はいらないけど……」
林の中央部、木々の開けた場所にて、無事到達した証を受け取る。
彼女たちがあらかじめ聞いていた情報は、その程度だった。
故に、証とやらを受け取る際に、何か試験が課されていないとも限らないのである。
何と言っても、演習の一環と称してモノホンの魔獣が襲ってくるのだ。またぞろ集まった魔獣たちとバトルロワイアルさせられたとしても、不思議ではない。
「まあ、人間に友好的な王獣みたいだし、ここまで歩かせておいてそれはない……と、信じたいけどねー」
夏希がそう零す。
彼女の言う通り、可能性は低いとは思うのだが、念には念ということで、一度直前にて休憩しているという訳だ。
――ザアアッ
木が乱立していた林の中ではあまり感じることのなかった、強い風が辺りを吹き抜ける。
開けてきたとはいえ、まだある程度残っている木々に生い茂っている葉がその風に揺らされ、ザワザワと深緑の音色を奏でる。
十人ほどいる子どもたちが余りの疲労に押し黙っているのも合わさって、なんとも穏やかで、そして静かな空間が形成されていた。
「……ねえ」
そんな静寂を静かに破るようにして、夏希から声が掛かる。
普段の彼女とは打って変わった、何か感慨深げな様子で、どこか遠くを見ている。この雰囲気に触発されたのだろうか。
少しためらいつつも、言葉を紡ぐ。
「……優しい神様ってのも、いるんだね」
「――っ!?」
そうして呟かれたその言葉に、奏は思わずハッとした。
――魔獣たちの王。王獣。
それぞれが特定の域を統べる主たる彼らは、地上を統べる神獣たちに神格と言う点では劣るものの、しかし奏たち人間からすれば紛うことなき超常の存在であった。
人間たちの良く知る神器や魔術の階梯において、『伝説級』と呼ばれるおとぎ話のランクを抜きにすれば、実質的な最高ランクである『皇帝級』の力をも持っているであろう者。
そんな存在が演習に協力し、あまつさえ別の魔獣から自分たちを守ってくれているらしいというその事実に、今更ながら驚愕を覚えたのだ。
しかも、だ。
その事実を発したのが、よりにもよって夏希だということが、殊更に奏を感傷的にさせるものであった。
何故なら――
「…………そだね……」
胸中複雑な感情を抱きつつ、奏はそう、静かに返事を返したのだった。
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「よし、それじゃあそろそろ行こっか」
静寂たる自然の景色にそれぞれが感傷に浸って暫し。
とは言えいつまでもこうしているわけにはいかない、と、夏希は皆にそう声を掛ける。
というかみなさん、いくら疲れたとは言えまだ魔獣が来るかも分からないんだから、気ぃ抜きすぎですよ~……。
まあ、慣れない行程に加えてのこの異常事態だ。やむを得ないのだろうけど。
「うん、そうだね。行こうか。……大丈夫かい、六花」
「う、うん、何とか……」
「桜花さん、行けそうっスかー?」
「は、はい」
各々状態を慮る会話をしつつ、進み始める。
そして、
「ここが、中央部……?」
明らかに様相の違う場所に辿り着き、そう零す。
林が開け始めたところで立ち止まったつもりでいたが、その通り進み始めてから十分程度だろうか。
夏希が先頭、奏が最後尾、という挟み撃ちのポジションで進んでいたため、一番初めに辿り着いた訳だが、林の中にいるとは思えない光景に、目を瞬かせる。
「お、おおー、これは……」
「草原、だねぇ……」
追随して驚いたような様子を見せた唯依に対し、そう返す。
そう。木々の立ち並ぶ林の中を進んでいた彼らはの眼前に広がっていたのは、見渡す限り木の一本もたっていないような、緑揺れる草原だった。
「(空隙になってる場所って言ってたけど、にしたってこんなに露骨だとは、ネー)」
この演習が始まる前に夏希たちが告げられていたのは、方位磁石に従って真っすぐ北に進んで行けば、やがて空隙になっている場所に辿り着く、ということ程度だった。
一気に木々が少なくなる、という言葉に、「いやいや、ホントに分かるのかなぁ?」と疑念の一つや二つが浮かんでは消えていたが、なるほど、これは分からない方がおかしいくらいであろうて。
ようやく行程の半分を終え、後は帰るだけ。
外から魔獣が侵入しているということも一瞬忘れ、そんなことを考えていた。
「――ヒトの子、か」
「「「「――っ!?!?」」」」
不意に、声が届く。知らない、しかし荘厳な声だ。
バッ! と周囲を見渡すと、眼前に、一体の獣が鎮座しているのが目に入る。
ぱっと見、一般的な自動車くらいの巨体。かつて出会った『涙狼王』よりも一回り大きいかという程の大きさだった。
そして見た目は、この林にて出会ったハイエナの魔獣に非常によく似ている。
全身を覆っているのは、橙か黄かといった体毛。ところどころ、焦げたかのような黒色に染まっている。
そして、その体躯に見合った巨大な牙と爪。仮に全力で振るわれれば、もたらされる被害など推して知るべきであろう。
そんな、絶対的な存在が、すぐ目の前に立ち塞がっていた。
「――なっ……!?」
気付かなかった。いや、気付けなかった。
ありえない……!? 夏希は心中の混乱を必死に抑える。
認知した今、はっきりと分かる。眼前にて声を掛けてきたのは、紛れもなく自分たちの理解を超えた超常の存在。
そう言われずとも、その存在と相対しただけで感じる、生物として明確な格の違い。知識などではなく、本能的に感じられる、生物としての生存本能。
だが、声を掛けられるまで、自分も、奏も、魔獣――磁猿さえも、目の前の神なる存在に気が付いてはいなかった。
これは、どう考えても異常であった。
「あ、あ……」
ドサッと、桜花が尻餅をついたのが横目に入る。
イッシュヴァルトという、日常の生活において神と言う存在が身近でない国。
この国で生まれ育ったであろう彼女たちにとっては、初めての超常の存在との邂逅ということだ。委縮してしまうのも無理はないだろう。
「ヒトの子よ。まつろわぬものよ」
荘厳に告げられた呼びかけに、まともに相対できているのは既に夏希と奏の二人だけだ。
いや、一緒についてきてくれた磁猿も含めれば二人と一匹か。
他の生徒たちは、桜花同様尻餅をついたり、立ち上がれなかったり、あるいは立ったまま動けなくなっている。
「…………な、なに……で、しょうか?」
奏がいつもよりも間を空けて、ゆっくりと返答する。
少しばかり言葉が変だったのは、途中で敬語を使わんと思い直したからだろうか。しかし毅然とした態度で、そう超常たる眼前の存在に向き合う。
「ほう……」
そんな矮小な人間の少女の態度に、その存在は少々驚いた様子を見せつつ、
「我々の落ち度は、貴様らの力量を見誤ったことだったようだ……。――しかし、まだ終わりではない」
そう言うと同時、体中に雷を滾らせる。
この王の部下であろうハイエナの魔獣たちとは比べ物にならない電撃が、眼前の存在の頭上に集まり形を成していく。
「(!? まっずっ!?)」
集まっていく圧倒的な電撃を前に、夏希は焦る。
彼女のすぐ後ろには、超常の存在の気配に当てられて動けなくなっているクラスメイト達。
このままでは、あの攻撃を真正面から受けなければならない。
「GUAAA!!」
「(こうなったら…………!? これって……)」
巨大な電撃が、彼女たちの元へと放たれる。
身構え神器を出そうとした夏希はしかし、その前に目の前に起こった更なる異変に気づく。
そして、
――ZIGAAAAAAAAAAA
激しい音を立て、自然の怒りを体現した雷撃が、炸裂した。




