Ep.3-30 煌めく存在感
少し間空いてすみませぬ。
完全に投稿した気になってました、、
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「果てさて、今頃あいつらは無事に合流できたかなーッと」
林の中を進みつつ、そう独り言つ。
『涙さえ乾かぬ森』とは違う、人間に対し牙をむかないこの神域の環境に少しばかり見飽きてきた流斗は、暫しクラスメイト達の近況へと思いを馳せる。
――体調を崩した少女を連れていくという判断の言い出しっぺである大二郎が、必要以上に意地を張るであろうこと。
同時、意図せずして仲間たちに迷惑をかけることになってしまったエルリアが、自責の念に囚われるであろうこと。
そんなこと、付き合いが浅い流斗にすら、容易に想像ができるものであった。
……というか、多かれ少なかれ、立場が同じになれば多くの者が同じような思考に陥るだろうな、と、心中少し笑いを零す。
どんなに優秀であろうと、彼らはまだ十六、七の子供。
自分だけではできないときに、素直に人に頼ること。そのハードルの高さは、彼らとて例外ではないのだろう。
そも、世に蔓延る大の大人ですら、それができていないのがほとんどなのだから。
良い仲間に恵まれた彼らが、正しい“頼り方”を学ぶいい機会だろうよ。
と、そんなことをのほほんと考えている彼の後方から、一体の魔獣が近づいていた。
「――ハッ、ハッ、グルウウウウ………」
そこにいたのは、この神域の侵略者たるハイエナの魔獣。
四足で地を踏みしめ、静かに唸り声をあげて目の前のイキモノを睨みつけている。
――ヒトが一匹、好都合だ……
そう、魔獣は心中でほくそ笑む。
この林を訪れている人間たちを襲い、彼らをかばおうとするであろう猿の魔獣たちを斃すこと。
これを目的とする彼らにとって、一人っきりでこの神域をふらついている眼前の少年はまさに格好の的、のように見えた。
――一先ず、殺さない程度に痛めつけておこう
そうすれば、猿たちに遭遇したあとに彼らに対する人質として使えるだろう、という思惑だった。
ニヤリ、と牙見せ怪しい笑みを零すと、ハイエナの魔獣は身体中に魔力を滾らせ一気に人間の元へと肉薄する。
振るわれた鋭い爪が、獲物の首元を正確に狙う。
その攻撃はこの魔獣の本意とは異なり、一般的な人間に直撃すれば絶命を免れ得ないものであったが、そんなことを知らない彼女の攻撃は的確に急所を襲っていた。
――そして、
彼女の思考は、そこで永遠に途切れた。
「――ったく、神域を害する王獣、ねぇ。上が上なら下もこれかよ」
そう呆れたようにため息をつく流斗。そのすぐ横では、まさに爪を突き立てんとしていた魔獣がそのままの姿勢で凍っていた。
しかも、表層だけではない。
その内側。命の灯すらも、完膚なきまで凍り付いていた。
対する流斗は、神器を出すどころか、戦闘態勢にも入っていない。ただ、歩いていただけだ。
しかし、王獣の傘下たるはずのその魔獣は、一瞬でその命を刈り取られていた。
――一撃、と言うのも生ぬるい。圧倒的な実力差が、そこにはあった。
仮に。
仮にだが、もし彼女が生きてこの場を逃れられていたら、いますぐ彼らの主にこう進言したことだろう。
――今すぐこの林から出た方が良い。ここには……。ここには、バケモノがいる!
と。
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その頃、林の外で待機していた教諭陣は、予想外の事態に色めき立っていた。
この林には現在、イッシュヴァルト王国立高等学校第二学年計八十余名に加え、王国軍から派遣された軍人が四人、見回りをしている。
昨日から定期的に、状況報告の定時連絡が為されており、彼らと教諭陣では情報の交換が具に行われていた。
「こちらからの連絡は!?」
「や、やはりダメです! つながりません!」
だが二日目に入り、彼らからの連絡がバッタリと途絶えていたのだ。
こちらから連絡しても、一切つながらない。一人ならともかく、四人全員が、だ。
そんな訳で異常事態が起こっていることを察知したため、Aクラス、流斗や奏たちの担任である橘が林に入らんと準備をしていた。
「(まずいことに、なりましたかねー)」
最低限の荷物だけ詰めながら、橘は心の内で不安を募らせる。
教諭陣は総じて、この演習を取り巻く諸々の異変は知っていた。神域たるこの域の王が現れなかったことも、また神託の指す場所がこの域である可能性があることも。
それらを踏まえて、演習の敢行という決定をしたのは、彼ら自身なのだから。
「(……あの少年も、大丈夫なんでしょうかね)」
しかし、だ。それに伴い何故か自分のクラスの少年が駆り出されていることには、橘は何も説明を受けてはいなかった。
編入という特殊な経歴を辿っている以上、ある程度以上の能力があるのだろうが……。それにしても、心配なことには変わりがない。
兎に角、軍人たちに加え、学園長のお墨付きである彼とも連絡が取れないということ。
これが一体何を意味するのか、ということをこの場で唯一知っている橘にとっては、一刻も早く林に入らなければという気持ちでいっぱいだった。
「――っ!?」
「――――。―――――?」
不意に、彼女の後方が何やら騒がしい。
暫し思考の海に潜っていた橘は、その声に引き戻され、後ろを振り向く。
「さてと、どうやら予想通りの展開になってるみてぇだな」
その声には、聞き覚えがあった。
「カレドヴールフ総隊長……」
「おう。ちょいと邪魔するぜ」
荷物も何もない、それも私服で単身彼女の元に現れたのは、本来ならこんな場所にいるはずがない、この国の最高戦力だった。
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「どうしてです!?」
「た、橘先生…………。そのへんで……」
すごい剣幕で総隊長へと詰め寄っていく橘を、同僚の女性が引き留めようとする。
しかしその静止の言葉など、彼女の耳には届いていなかった。
「よりにもよって行くなですって!? 一体、何を考えてるんですか!?」
彼女にしてみれば、異常が起こっていることは最早確定事項。
そんなこと、この軍の最高責任者だって把握しているはずだ。
それなのに、よりにもよって、行くことを止められたのだ。教え子が心配な橘からしてみれば、全く理由が分からない。
「まあ、落ち着けって……。理由は三つ。一つ。連絡が通じないってのは、奴らに何かあった訳じゃあなく、ここにいる磁猿たちの魔力のせいだろう。あれらがもし林中に散らばっていたら、電話など使えんだろうからな」
違う。彼女の立場上、そんなことくらいは知っている。
だったらなおさらではないか。普段は中心部にいるはずの彼らが、あちこちに散らばらざるを得ない状況だというのだから。
反論の言葉を紡ごうとする橘を遮るように、続く理由が告げられる。
「二っつ。奴らの主だが、実は俺とも親交があってな。健在なら……というか健在に決まってるんだが……、あいつは子供たちを守るために全力はってくれるだろうさ」
それも、聞き及んでいる。
そも、神域の主たる王獣と、その部下たる魔獣たちが演習に協力してくれている時点で、想像がつくことである。
「そしてもう一つ。お前んとこに編入してきた、あの少年だ」
「あいつが今回見回りとやらをやってくれてんのは、まあ編入のときの義理を返すとか思ってんだろうが……。あいつがいる限り、最悪の事態にはならねえだろう」
「……随分と信頼しているのですね。あの少年のことを」
橘は、まだ彼のことについて最低限のことしか知らない。
縁も、過去も、何もかも。
「……そうだな。あいつには立場上色々教えたが、お前さんも知っとかなければ、だな……。質問の答えは、YES、だ。既に感じているかもしれねーが、ありゃあとんでもねえー奴だからな」
「――っ」
そう告げる表情には、強い感情がこもっていた。
十六やそこらの少年に向けるには到底値しないような、敬意と、信頼と、それから、僅かばかりの憐憫……。
余りに複雑な感情を感じ取り、思わず橘はハッと息を呑んだ。
――本当に彼は、何者なのだろうか。
「……それで、幾ばくか安心すべき要素があることは分かりました。しかし、私が行かない理由にはなりません」
しかし、抱いた疑問は今は本題ではない。
頭の片隅へと追いやり、そう疑問を投げかける
そう。確かに、安心すべき点があるのは分かった。まあ、三つの内二つは知っていた訳だが。
しかしだからと言って、安心できる訳ではない。橘が行くべきではないというその理由にはなっていないように思えたのだ。
しかし、その思いを打ち消さんとするように、
「お前さんがいなくなったら、ここにいる教師たちが心配でな。林の外とはいえ、万が一がある。全員ある程度は戦えるだろうが、できればこの場にいてくれると助かるって訳だ」
「…………でも、」
「その代わり、と言っちゃあなんだが」
「?」
十全に納得したわけではない橘に被せるように、総隊長から代案が告げられる。
それは、ある意味最も信頼に足るものだった。
「――その代わり、ワシが行こう。それなら、文句はねぇだろう?」
――神域『静謐極まる緑林』にやってきた、因襲を破らんとする獣たち。
大規模演習の最中である子供たちのもとへは王獣『磁猿魔』に指示された先住民たる磁猿たちが向かい、流斗もまた事情を説明せんと彼らの元を回っている。
一方林の外では異変を察知した大人たちを代表して、この国の最高戦力たる総隊長が林へと入らんとしている。
異常事態は各所に影響を与え、さりとて一先ずは平衡の様相を見せ始めていた。
まるで後に続く大きな波を、予感させるかのように。




