Ep.3-9 新たな可能性
**********
翌日の朝方。
「事情が変わりました」
部屋に入って開口一番告げられた言葉に、それを発した女性の顔を伺い見る。その普段は穏やかな顔つきの裏には、しかし隠し切れない疲労が見てとれた。
昨晩の発表からの、こんなまだ生徒もろくに来てないであろう時間帯の呼び出しだった。恐らく、まともに寝てはいないのだろう。
「……あの、神託っすか?」
心当たりのある原因は、一つしかない。流斗はそう、疲れた表情で紅茶をすする女性……学園長へと言葉を掛ける。
「ええ。昨夜に突然もたらされた、巫女の国の神託。おかげで、私たちは夜通しの会議でしたよ……」
――王無き玉座に、鉄槌は下る
巫女の国によって為された、必ず当たるとまで言われる神託。
余りに抽象的で、指し示している対象も分からないその言葉はしかし、二週間後に大規模演習という一大イベントを控えたこの学園にとっては、少し違う意味を含んでいる可能性があった。
「文言にある、王無き玉座…………。つまり、この神託はあの域に対する予言の可能性があると、そう言いたいんすね」
「っ!? ……流石、あの方たちが推薦するだけのことはありますね……」
自らの言葉に、素直に驚愕を露わにしたその反応に、おや? と思う。
以前、この学園長は自分の編入の経緯を知っていると言っていたが(そもそも彼女が学園の最高責任者なのだから、ある程度は知っているに違いないのだが)、今の一言くらいで驚くということは、あの総隊長は存外に口が堅かったのだろうか。
いや、恐らく違う。あの豪快な爺さんに、そんな器用な真似ができる訳もない。(失礼? いやいや、あのガサツな爺さんのせいで、編入初っ端から要らない目立ち方をしてしまったのだ。これくらいは言ってもいいだろう。)
自分に実際に会って、彼女自身で確認したからこその反応だったのだろう。
どんなに信頼している相手からだとしても、伝聞はどこまで行っても伝聞であるからにして。
「ま、それはさておき話を戻しますか。――あの林が、神託の対象であるかもしれない、っつうとこまでですね」
「ええ。――私が訪問した際に、旧友たる王が現れなかったこと。これだけでしたら、この演習を中止にするという選択肢には至りませんでした。万が一の対策として、隔絶した実力を持つという牙頼さんに見回ってもらうことにもしていましたし。……しかし、」
「しかし、もう一つ、懸念を後押ししてしまう証拠が出てきてしまった」
「ええ。この神託も、それ単独ではともすれば気にも留めなかったことでしょうが……」
学園長が林の主に会えなかったこと。この世界の何処かに何かしらの鉄槌が下る、という神託が為されたこと。
これらは共に、もし一方だけであったならば、演習に係る僅かな懸念事項という程度のモノだっただろう。
だが、それらが二つ同時に降りかかってきたことで、事情が変わってくる。
この場合で言えば、一足す一が二ではなく十にでもなったと言うべきだろうか。それらの相乗効果によって、彼の林に何か起こるのではないか、という懸念は増すばかりであった。
暫しの沈黙を挟んで、学園長が続ける。
「もちろん、これでも考えすぎという気もしています。歴史を紐解いても、神託の殆どは世界を動かすほどの甚大で急激な栄枯を予言しています。人の住まわぬ域に起こる事象など、巫女の国にとって国交の切り札になり得るほどの価値はありませんから」
「だが、人と全く関係ないという訳ではない、という確固たる事実が、その話をこじらせる、と」
「ええ。増して、そこに行くのはいずれこの国を……いや、世界を背負うであろうこのイッシュヴァルト王国立高等学校の生徒たち。――例年と違う異常なことが二つ。まだ偶然と言うのが普通でしょうが、偶然ではないと言われても辻褄はあっていますので」
世界でも有数の大きさを誇るこの国にて、唯一王国立を冠した名門校。
その生徒たちの実に三分の一がこの林に集まるというこの事実は、神託の対象に十分になり得るということを意味していた。
「……それで、結局どうするんすか? 事情が変わったのは分かったけども、その前置きの様子じゃあ結局中止にゃならんかってんでしょう?」
一通りの事情を確認したので、そう結論を促す。
すると、少しの沈黙の後、静かに言葉が返ってくる。
「……その通りです。この前お伝えした通りですが、この演習によって得られる経験は計り知れないものがあります。不確定要素が一つから二つになったとは言え、中止にするのはやりすぎではないか、というのが我々教師陣の一致した結論です。――ただ、それでもし万が一何かあったら目も当てられませんから、非常事態に備えて対策を強化することになりました」
「ふむ。まあー道理でしょうね」
「その詳細ですが、王国軍より演習中の見回りの人員を割いてもらえることになりました。牙頼さん、あなたを勘定に入れないで更に四人、林の中で自由に動き回ってもらうことになっています。担任も含め、教員たちでは必ずしも戦闘が得意とは限りませんからね、これは大きな対策と言えるでしょう」
国防のために動く王国軍。その隊員たちは、例外はあれど多くの場合非常に高い戦闘力を有している。この学園の卒業生にも、軍に入る者が毎年一定数はいる。
そんな戦闘において高い実力を誇るプロが、演習中の林の見回りをすることになったという。
あの総隊長経由だろうか、なるほど、それは確かに非常事態への適切な対策となるだろう。
だが、それだと別の懸念事項も湧き出る。
自分だけならいざ知らず、五人も徘徊するということは、だ。
「んあーっと、俺の時にゃあ気にしなかったんだが……それじゃあ演習の本義を損なわないんすかねぇ。それくらいいるなら、結構なペースで鉢合わせてしまってもおかしくないっすよ」
そう。見回る人数が増えるということは、彼らが生徒たちと意図せず合流してしまう回数が増えることを意味する。
彼らは戦闘のプロであっても、隠密のプロではないのだ。
元々、征伐者に対する依頼を経験したことのない半数以上の生徒にも、適度な緊張感の下で実戦経験を与えるための大規模演習だ。
下手に安心安全、ガッチガチに守られていることを知ってしまっては、そうして何とか敢行にこぎつけたはずの演習も無意味になってしまうのではないか、と。
だが、流石にそこを鑑みていない学園長ではなかったようで、
「そうならないための、この人数なのです。四名ということは大体一クラス二十人当たりに対して一名ということです。更に一クラス当たり四グループに別れて行動しているとなると、周辺の見回りも含めて相当に時間がかかるでしょう」
「ふむ」
頭の中で大体の分布を思い描く。
グループごとにどれくらい離れるとかは聞いていないが、確かにグループでの行動なら行程が進むにつれて距離もかなり開いていくだろう。
「そうすると、仮に生徒に見つかったとしても一日に一度か二度。その程度では、彼ら生徒たちは気を抜ける、という風にはならないでしょう。それに、野外での宿泊や集団行動などもあります。どう転んでも意義を損なう結果とはならないでしょう」
「なるほど、そんなら俺に異存はないっすわ。――そんじゃあまあ俺は前回の通り、適当にあちらこちらうろちょろしてまっせ」
「ええ。お願いします。それだけで、私の不安も幾分か紛れるというものです」
その言葉に、流斗は苦笑いを浮かべてしまう。
いくらなんでも、生徒に向けるには期待が大きすぎるのではないか。
それこそ自由に見回りするのだから、万が一の際にその場にいないことだって十分に考えられるのに。
「そんなに期待してもらっても困るんすけどねぇ。俺ァ所詮、一介の生徒ですぜ」
だが学園長は、疲労をたたえた表情に暫し元の穏やかな表情を浮かべて、
「いえいえ、期待もしますよ。――七年前にして既に、超常たる力を見せた少年。今の実力がいったいどれほどのものなのか、気になるのも無理はないというものです」
七年前、という言葉に、少しばかり反応してしまう。
なるほどやはり、あんの総隊長からある程度のことは聞いているらしい。
「さいですかい。随分とまあ、あの爺さんのことを信用してるんすね。昔馴染みかなんかで?」
「そんなところです。だから、あなたには仮面を被った態度ではないのです。生徒や教員に向けた厳格な態度ではなく、一人の客人として接しなければ、と」
「そんな大層なもんじゃあねえんすけどねぇ。ま、了解ですよ」
そう言い残し、学園長に背を向ける。
どことなく吹き始めた不穏な風を、ひしひしと感じながら。
ここまでお読み下さり感謝感激でございます。




