Ep.3-8 巫女の国と神託
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「それにしても、神託というのがあるんですか。必ず当たるなんて、凄いですね」
食事を終え、食堂の片づけをしているクレアが、また話しかけてくる。
どうやら、先ほどのニュースがずっと気になっていたようだ。
「だよなー。さっきも言ったけど、神々だけが知り得る情報だからな、正確なのは当たり前っちゃあ当たり前なんだが、人間からしたらありえんもんな」
「ですねぇ。こういう風に神託が発表されるのってよくあるんですか」
「んにゃ。前に為されたのは俺が生まれる前とかだったはずだぜ。そんときゃ具体的に国の名前まで出されてたらしくてな。確か、その国が滅ぶっていう予言だった」
「そ、それで?」
「そんでその神託の通り、その国は滅んだらしい。原因不明の流行り病によって、な」
「っ!? ほ、ほんとですか……」
家事の手をピタッと止め、クレアがそう零す。
家業の手伝いもこなすしっかりした少女とはいえ、まだ十歳ほどの彼女には随分と衝撃的だったようだ。
ちなみに流斗は、家事をしている年下の少女を尻目に出されたコーヒーをちびちびと飲んでいる。
宿の仕事はともかく、せめて家事くらいは手伝わせてくれないか、と流斗は何度も申し出ているのだが、
「お客様にやらせるわけにはいきません!!」
という、しかも親娘揃っての強い拒絶に、未だ手伝いをさせてもらったことはない。
流石に経営者として、線引きはしっかりしていると言うべきだろうか。
という訳でせめて自分の部屋はと綺麗に片付けているが、それでも学校に行っているうちに掃除されていたりするので、また居たたまれなくなる。
家族のようなもの、なんて茶化してくる彼女だったが、そういうところは非常にきっちりしていた。
「でも、それだけ正確なら、毎年教えてくれてもいいものですけど」
「と思うじゃん? そうは問屋が大根卸さないもんでなァ」
衝撃から戻ってきたクレアが何の気になしに呟いたのは、至極真っ当な意見だった。
だが、実はそこには、いろいろと問題が控えていた。
「大根……?」
ふざけた言い回しにツッコまれる。
いやいや待って、そこはええのよ。
「一つは、神託の在り方、だな。さっきチラっと言ったんだが、この神託そのものが外交の強力な手立てと化しているんだ。――総人口百人ほどの、女性だけの国。そんな集落と言っても差し支えないハズの集団が、一つの国として形を成しているのは、神託という唯一無二の武器に起因してるわけだな」
必ず当たる予言。これが、他国との交渉の条件にならない訳がない。
何を指し示しているか必ずしも分からなくても、この情報があることで対策の立てようはいくらでもある。
この、時に国家存続の生命線となり得る情報を必ず公開することと引き換えに、彼の国は維持されているのだ。
「ふむふむ。何となく分かりました。だからほかの国は、巫女の国に敵対できない、と」
先ほどはかなり矢継ぎ早になってしまったので、今度はゆっくりと、しかも噛み砕いて少女に説明する。
おかげで、今度はしっかりと理解できたようだ。
「そしてもう一つ、神託に際する代償……つまり、代価って奴だな」
「代価……? リスクがあるって言うことですか?」
「いぐざくとりー、だな。神託を告げる神の依り代――巫女。俺も詳しいことは知らないんだが、神託って奴をするのは巫女にとって非常に大きな負担らしい」
「むむ……。そううまくはいかないってことですかー」
そう呟く少女を横目に、流斗は首をコキッと鳴らす。
神域や神についての逸話ならともかく、それぞれの具体的な仕組みについては、ずっと旅してきた流斗にだって知らないことも沢山あるのだ。
神託という、神の知り得る情報から導かれた、予知にも等しい推測。
その神の言葉を告げるだけなら大した労力でもないだろうに、何故巫女の国の巫女は代々短命なのだろうか、少々気になるところではある。
「鉄槌、というからには、どこか遠いところで国が滅びたりするのでしょうか……」
そんなことを考えていると、ふと少女のそんな言葉が耳に入る。
そう言えば先程も、どこか遠い他所の国って言っていたっけな。
その感覚は、人間として紛うことなく至極もっともなのだが、先ほど少し気になったこともあったので、
「そいつがこの国のことじゃないとは、限らんのだぜー」
と、そう意味深に告げる。
案の定、クレアはまた疑問符を浮かべて、
「んえっと、と言うと?」
「んあー、何て言ったらいいか……。世の中ってのは頗る残酷なもんだからな。一大事ってのは概して、突然起こるもんなんさ」
――現実は、いつも唐突で、残酷だ。あまりに人の力如きでは及ばないところで着々と出来事は進み、そして何もできないままに終わっていく。
ふと、かつて神域に迷い込んだ子どもたちを探しに行ったことを思い出す。
あれも、現実が不条理であることの典型例だっただろう。魔獣が出現し、丁度母親が体調を崩していたことで、その結果子どもたちは神域にまで入り込んでしまった。
もし仮にあの神域の主、王獣『涙狼王』がああいった性格でなかったら、あるいは、流斗たちが依頼を受けていなかったら、子供たちの命はなかったかも分からない。
まさしく理不尽なる現実の、その一端を感じさせるものだった。
そう。全ての物事には、終わりがあるのだ。
その、子供でも分かる当たり前のような言葉の意味することは分かっても、その時にならねば人間は真には理解できないものである。
それは例えば、大事なものの喪失であったり、親しい人との別れであったり。
例えば先ほど人形を壊してしまったあの幼女も、その瞬間までは今日壊してしまうなんて考えたこともなかっただろう。
この親娘の抱えるところを、流斗は知らない。だから、ともすればこの子もその過程を既に経ているのかもしれないが、この事実を実感していることはきっと一つ、大人と子供の分水嶺なのだろうと思う。
「??」
流斗の言葉に、案の定クレアはよく分からないという顔をしている。
まあ、当然だろう。
「ははっ。まーまだ分からんくてええさー」
そう言い彼女に近寄ると、ポンッと頭を一叩きしてから、流斗は自室へと階段を昇っていく。
「(さて、と。杞憂だといいけどなァ)」
内心、そんなことを思いながら。
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同時刻。イッシュヴァルト王国内。
一人の少女が、自室のテラスから夜空を仰ぎ眺めていた。
王都内のためか、故郷ではよく見えた満天の星を見ることは能わない。
その星の見えない暗い空が、自分の殊更に暗い気持ちを表しているようで、また更に気分が落ち込んでしまう。
「(……ついに、きちゃったな……)」
思い返すは、夕飯時に流れたニュース。
巫女の国の神託が為されたというものだ。
その、恐らくこの国には直接関係ないはずの知らせは、だが、この少女に対しては例外に非常に大きな意味を持つものだった。
「(まだ、時間はある。それでも……)」
それでも、少しばかり浮かれて高校生活を過ごしていた少女に冷や水を浴びせるには十分なものだった。
「(私にやれることは、今まで通り……)」
神託が為されたからと言って今すぐ急激に進展する訳ではないし、また今すぐ彼女自身に何かできることもない。
今まで通り、自己の研鑽に励む以外のことはできない。
「(…………)」
だが、一度沈んだ感情は、容易には浮かんでこないのであった。
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