Ep.2-4 期待、あるいは願望
**********
そうこう取るに足らないことを考えているうちに、気付けば目的の学園長室の前まで来ていた。
件の彼女はまだ教室に向かっている途中だろうか。自分の案内という理由が、無事に通ればいいのだけれども。
思いの外質素な扉を迷うことなくノックをし、許可を得て入室する。
なんと、というか当人の部屋なので当たり前なのだが、学園長自ら出迎えてくれた。
ちなみに先日編入に係る説明を受けた際は、やはりこの学園長が空き教室で説明してくれたのだが、今日は学園長室とは恐れ入るものである。
式典後で殆どの生徒が帰路についていた先日とは違い、今日は既に授業も始まっているので、要らぬ混乱が生じてしまう可能性を避けたのだろう。
一先ず用意された席に着き、説明に従って書類を埋めていく。少々記述に悩むところはあったが、概ねは問題なさそうだ。
まあ、そもそもが前例のない編入生であるので、ある程度適当でも取り敢えず体を成していればなんとかなるだろう、という不純な気持ちも抱きつつ、どんどん書き進めていく。
そうして、数十分ほどかけて一通り書き終えたところで、不意に頭上から声が掛かる。
「牙頼君……と言いましたね? 君のところの担任の子は、まだ若いがとても優秀です。何か分からないことがあったら、彼女に聞くといいですよ」
顔を上げると、学園長の老人がそう優し気に語り掛けてきていた。
初老ほどには至っているはずであるが、未だ壮健なご様子である。
「了解っす。――色々と、ご面倒お掛けしますね」
この編入に当たってどんな経緯があったか流斗は知らないが、この優しそうなおばあさんには結構な迷惑が掛かったことだろう。申し訳なさに珍しく素直な感情が漏れる。
例えそれが、自分の与り知らぬところで為されたことだとしても、だ。
そんな流斗の態度に、学園長は穏やかな表情のまま笑顔を返すのだった。
その後こまごまとした説明を受けた流斗は、退室し授業へと向かうことにする。
学園長から聞いたところによると、これから所属することになるらしきクラス、2-Aは、現在演習室で授業をしているらしい。
座学のみならず、実戦的に魔術を学べる授業というのも多く、今はその時間のようだ。
「(科学と魔術を学ぶ学園、か。そこら辺の制度は、ちゃんとしとるんやなぁ)」
通りすがりの教室の様子を伺いつつ、そんなことを考える。
自分にとって学ぶことがあるかどうかは別として、意欲ある生徒にとってはまさに充実した環境であろう。
「(――ああいう子たちには、特にな)」
ふと、先日出会い、共に依頼をこなした少女たちのことを思い出す。
実際に戦っている様子を見たのは奏の方だけだが、彼女らの言動を鑑みるに恐らく夏希も同等の実力を持っていることだろう。
「(無堂……って子の方は神器も使ってたな。神名は開放してはいなかったが、すげー力を持ってたな)」
――神器を利用するに際し、『神名開放』というものがある。
大層な名前のその一方で、実のところその内情は至って単純である。
神器を使用する際、人間は自らの神器の本当の名前、『神名』を叫ぶことで、その内側に込められた力の全てを使用することができる。
それが、『神名開放』である。
先に奏が魔獣と闘った時、流斗は途中その場を離れて避難を先導していたのだが、魔獣を斃した際の彼女の神器を見るに、恐らく解放はしていなかったと思う。
詰まるところ、あの戦闘において見せた彼女の実力は、間違いなく底ではなかったということだ。
「(あー、そ言えば今年の入学試験に満点が三人いたっつってたなー。試験の難易度がどんなもんか知らねえけど、あの口ぶりからして三人ってのは相当多いんだろうかね)」
そういうこの学園でもとりわけ優秀な子たちにとっては、これ以上ない理想的な環境であることだろう。
ふと、自らの口元に笑みが零れていることに気づく。
青天の霹靂ともいうべき、自らのこの近況。
先程は自分が学校生活とやらを意外と楽しみにしていることに気づいたが、それとはまた別の感情が心中に浮かんでいた。
それは、こういう状況になった中で見出した、とある“意義”とでも呼ぶべきものに対する、ささやかな期待。
「さて、と。この時代の真価とやら、見してもらうことにしよーか」
**********
一方、時間にして少し前。
朝のホームルームの少し前に無事教室に辿り着いた夏希と奏は、入室と同時に、待ち構えていたクラスメイトに囲まれていた。
「おっ、来たぞー!」
「お疲れ様!」
「早く詳しいこと教えたもー!」
「どんな子だったん!?」
想像の三倍くらいの怒涛の質問攻めに、流石の夏希もタジタジになる。
昨日のチャット、意味深な形で終わらせたのが仇となったかー、と、思わず奏と顔を見合わせてしまう。
一晩経っても、彼らの好奇心は深まる一方であったらしい。
「ちょっ、タンマ。さっすがに一遍にこの数は……」
そう何とか裁こうとするも、人の波にもみくちゃにされてしまう。
すると、横から
「あの! あのあのあの、一旦落ち着いてください!」
と、助け船が入る。
夏希がそちらを見ると、夏希も奏もよく知っている顔があった。
「あ、桜花っち!」
「……桜花、やっほー」
樹宮 桜花。
夏希と奏が一年の時から同じクラスで、夏希はもちろん、夏希に比べて交友関係の広くない奏が、夏希を除けば恐らく最も親しくしていた女の子であった。
ぽわぽわとした目と背中まで伸びるふわふわな髪。如何にもゆるふわな外見をしている彼女は、多分に控え目で人見知りな性格である。
想定外の状況に出くわすと、すぐにテンパってしまうのが悩みのタネであるらしい。
ちなみにそのゆるふわな見た目と性格の一方で、胸部には分厚い装甲を纏っているので、一部の女子に羨望と憧憬と嫉妬の目線を向けられているとかいないとか。
「な、夏希ちゃんたちも困ってるので、い、一個ずつにしましょう」
おどおどとした姿勢であるが、それでも勇敢にそう場を誘う。
いくら押しかけようと、結局質問に答えてもらわねば意味がないので、少しばかり(少しどころではないが)興奮していた群衆も我に返り、桜花の言葉におとなしく従う。
「えっと、じゃあワタシからいいかな?」
「は、はい。じゃあ、茨木さん」
男子生徒ほどではないが、他の女子生徒に比べれば長身の金髪少女が、手をあげる。
彼女の名は、茨木 エルリア。
イッシュヴァルトではなく遠い異国の出身らしい彼女は、プロポーションもよく、長い手が天井に向かって伸びている。それで桜花の目にも止まったのだろう。
「まずはさ、どうして一緒に行くことになったのか。そこら辺からも少し詳しくお願いよ、夏希」
「りょーかいだよ、エルリアちゃん! えっと、入学式終わって大通りじゃないとこ歩いてたらさ、店ん中に怪しい恰好の男の子がいてね」
「うんうん」
「それでね、ひょんなことからその人が噂の編入生であることを知って、それで、取り敢えずどんな人か知りたいじゃん? だから、思い切って依頼に誘った訳だよ!」
「え、えっと、横からごめんね? ……そ、それでよく依頼を一緒にしてくれることになったね?」
桜花が、もっともな疑問を投げかけてくる。
今にして思えば、よくもまあ、ついてきてくれたものだ。
「ホントにねー! ――どんな人かってのは、昨日言った通り直接会わないことには分かりづらいとは思うけど、やっぱり史上初の編入生ってこともあって、だいぶ不思議な人だよ……。ね? 奏ちゃん」
「……うん。本当に、不思議」
「んんー? 不思議な人ってのは、どーゆうことだ?」
どこからか、男子の声で質問が飛んでくる。
奏はもちろん、夏希も知らない声だったので、一年からの知り合いではないのだろう。取り敢えずそこは今はいいとして、質問に答える。
「そうだなぁ……なんか、いざという時には結構しっかりしてるんだけど、普段は結構やる気なさげでおちゃらけてるんだよね。あと、めちゃくちゃいろんなこと知ってたよー」
「へえ、それは、話が合いそうですね」
今度は、筆記だけならば学年最上位の少年、通称“博士”が、そう言いつつ眼鏡をくいっとあげる。
当たり前であるが、博士号どころか修士や学士を持っている訳ではない。
本人が自己紹介でそう呼んでくれと言っていた、彼の小さい頃からのあだ名らしい。
暫し余談であるが、創作などで時々見かけることがある、博士号持ちの天才少年少女とやらに対しては夏希はどちらかと言うと否定派である。
やりすぎた設定、を一蹴するつもりは更々ないけども、生憎と現実的ではなさすぎるだろう、と。
最も、一般の人がその”現実的でなさ”を分からない程の逸脱した設定こそ、著しく人を引き付けるものなのであるけれども。
と、実はそういう分野にかなり造詣が深い彼女は普段からそう思っていたので、あだ名とは言え中々攻めた名前だなー、と、彼の自己紹介を聞いてそんなことを考えていたのは内緒である。
「はいはい! じゃあ、次の質問なんだけd」
――キーンコーンカーンコーン
別の少女が勢い良く手を上げたところで、質問を遮るようにチャイムが鳴り響いた。
そう言えば自分たち、今日はかなりギリギリにやってきたんだっけ、と思い出す。
まだまだ聞きたいことが残る中での、やむを得ない中断。
くっそー、とか、後で続きねー! という声が響く中、夏希と奏も皆につき従って席に着くのだった。




