Ep.2-3 初めての後輩
いつも読んで頂きありがとうございます。
**********
「あははー、ご、ごめんですー……」
数分の後、有り得ないほどの痛みで暫し臨死体験をしていた流斗は、辛うじて川を渡ることなく戻ってこれた。
正直なところ、身体の痛みとしては人生でも三本の指に入るくらいだった。
なんせこの痛み、男性特有のこの痛みは、残念なことに鍛えるとかそういう概念はないもんで。
例えどんな力を持っていようと、痛ぇもんは痛ぇのだ。
対してぶつかってきた魚雷の方は大したダメージもなさそうで、申し訳なさそうにしながら周囲をおろおろとしていた。
謝るだけしてすぐに立ち去ってしまわない辺り、この子の人の好さが伺える。
「だ、大丈夫だ……。気にすんない、ちみっ子ー」
そう言いつつ、人間爆殺魚雷、改め、突っ込んできた少女を見る。
かなり、小柄だ。
標準的な身長の夏希はともかく、それより少し小さめの奏と比べてもまた更に小さい。
比較的短い髪は先の方が少々乱雑に暴れており、てっぺんからアホ毛がぴょこんと飛び出している。
制服を着ているからこの高等学校の生徒だと分かったが、正直なところ中等学校どころか、初等学校の高学年と言われても信じてしまうだろう。
「なっ、誰がちみっ子ですかー!」
その言葉に反論してブンブンと手を振り回してくるが、その様子はどう見てもおもちゃを買ってもらえずに拗ねる幼女だ。
なーんてことを言ったらまた怒られそうなので、その感想は心の内へしまっておくことにするが。
「んで、なして突っ込んできたん?」
取り敢えず少女の頭を押さえガードしつつ、疑問を投げかけてみる。
一体全体、どういう経緯で自分の元へ突っ込んできたのか、と。
その言葉に対し少女は、
「うがー! ……え? ああ、えっとですね、道に迷ってたら遅刻しそうになっちゃって、全力で走ってきたら、その、止まれなくなって……」
てへへ、と、頭をかく。
ありがちな理由だなーと苦笑していたが、道に迷って、というその言葉にふと引っ掛かりを覚える。
「んあ? ――もしかして、一年生なのか?」
「そーなのです。流石に入学してすぐの遅刻はまずいのですよ……」
なるほど、ごもっともである。
ごもっとも……であるのだが、そうであるならば少女は至極大事なことを失念している。
「そーかー。ほんなら、ここで油売ってる場合じゃ」
――キーンコーンカーンコーン
「「あ」」
忠告空しく、鐘の音が響き渡る。
ふと周囲を見渡せば、学生の姿は既に見当たらない。
とどのつまり、少女は
「あうう……遅刻、です……」
「……なんか、ごめんなー」
たった今、遅刻が確定してしまった訳である。
流斗にぶつかった段階ですぐ場を去っていればまだ間に合っただろうが、悶絶する自分を心配してここにいたという手前、流斗にも微妙な罪悪感が残る。
まあ、そもそも彼女が突っ込んできた点については完全に流斗には非は無いのだが。
と、そんなことを考えていると、ふといいアイデアを思いついた。
どうなるかは分からないが、未だしょぼくれている少女に持ち掛けてみることにする。
「そうだ。仮に、の話なんだけど、正当な理由があったら多分許してもらえるよな?」
「はえ? まあ、多分ですけど……」
それならちょうどいい。
「道の分からない件の編入生を学園長室に案内してた、ってーのは、正当な理由にはならないか?」
只の道案内なら色々と疑われるかもしれないが、話題沸騰らしい編入生を案内したとなれば、遅刻の記録自体は消えないかもしれないが、少なくとも教師や同級生の心象が悪くなることは無いだろう。
むしろ、思わぬ話題をもたらすことでええ感になるのではないかと。いや、分からんけど。多分ね。
「んー、それならまあ大丈夫だと思うですけど……。でも、嘘はよくないですよ?」
そんな提案に対し、少女はすこぶる律儀な回答を返してくる。
「嘘じゃなくせばええんさ。――何を隠そうお前さんの目の前にいる男、実は今日が初の登校でなー」
その律義さにそぐうように、身分を明かす。
要するに、自分を案内してくれれば嘘じゃなくなるぞ、と。
ところが、
「え? もしかして、不良さんです?」
返ってきた言葉に、思わずずっこけてしまった。何でやねん。
あーそうか。彼女からしてみれば、自分は学年不詳な上に制服も着ておらず、更に登校が初ということは入学式か始業式もさぼったらしきド不良なのか、と思い至り、何だか妙なデジャヴに襲われる。
「あーっと、ちゃうちゃう。俺がその編入生って奴なんさ」
ここでまーた変な誤解されても仕方ないので、サクッと誤解を解いておく。
ちなみに話題になっているらしいとは聞いたが、別に偉いとか凄いとかは微塵も思ってないので、誇示するつもりはサラサラない。そもそもが降って湧いた現状であるし。
が、それでもこの立場は、彼女の今この瞬間の悩み事の助けにはなるはずだろう、と。
「んえ!? まじですか!?」
案の定、少女はめちゃめちゃに驚いた様子を見せる。
というか驚きすぎて後ろに体勢を崩しそうになっている。
ナイスリアクションだが、また誰かに突っ込みそうになるのは勘弁してくれよ。
「おー、まじまじ。という訳でこれから学園長室に用事がある訳さ」
「ほえー……。史上初の編入生って言うから、もっとこう、真面目な感じかと思ってたですよ」
全くもう、その通りである。
思わず、皮肉めいた笑いが漏れ出てしまう。
「クハッ、ちげぇねぇや。つーことで、俺を案内してくれよ? えっーと」
ここで少女の名前を呼ぼうとして、まだ聞いていなかったことに気づく。
そう言えば先日の同級生たちと会った時も、自分はずっと名乗るのを忘れていた。
だが、人に会って自己紹介をし、交誼を結んていくという経験が日常的ではなかったので、それもやむなしだろうて、とも思うのだが。
「?? ああ、自己紹介が遅れました。わたし、ミーn……けほけほ。ミーネルって言うです。気軽にミーナって呼んで下さいです」
気合が入りすぎたからか、途中で少しむせてしまうも、無事に自己紹介をしてくる。
「はいよー。――俺ァ牙頼。牙頼 流斗だ」
そう返し、ちみっ子改めミーナを伴い学園長室へと向かうのだった。
道中取り留めもない話をしつつ、十分足らずして目的地の付近まで辿り着いた。
正当な理由づくりのためとは言え、遅くなりすぎてもこの少女に悪いので、ある程度のところで帰してやることにする。
ありがとーございますー! とブンブン手を振りながら叫ぶミーナの挨拶を背に、流斗は手だけを振って返す。
流斗にしても人に道を聞く手間や、一人でだだっ広い学内を彷徨う危険性もなく辿り着けたので、ありがとうはこちらのセリフだったのだが、まあWin-Winということでいいのだろう。
――そう言えばあの子、ファミリーネームを言わなかったな、と、廊下を歩きつつふと引っ掛かりを覚える。
言ったのがファミリーの方ならよくあることであろうが、初等学校ならいざ知らず、高等学校にもなってファーストネームだけの自己紹介は違和感が残る。
貴族ならばファミリーの他にミドルネームがあることも多いが、それなら尚のこと一つだけ名乗るというのは妙だ。
となれば、何かファミリーの方を言いたくない理由でもあったのだろうか。
家庭環境にはいろいろあるし、正式な書類等でなければ名前で呼んで欲しいというのはあるのかもしれない。
まあ、自分も人のことは言えないのだがなーっと、そこまで考えたところで苦笑いを浮かべるのだった。
ブックマーク、評価、感想などなど頂けたら幸いです。




