Ep.2-5 待ちきれぬ生徒たち
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「はーい皆さん、おはようございまーす」
夏希たちが着席して暫し、ラフな格好に身を包んだ女性が教室にやってきた。
壇上に立ち、よく通る声で挨拶をしたのは、このクラスの担任である、陽野 橘だ。
まだかなり若いが、クラス担任を任されるほどの優秀な教師だ。
噂によると教師として有能なだけでなく、魔術の腕も相当なものらしい。
ちなみにこちらの先生、テンプレとかそういうのに造詣が深い夏希にはなんとも残念なことであったが、異常に小さくて幼く見えるということは断じて無かった。
少々小柄だが、少なくとも中学生には見えないだろう。
最も、それでも二十代後半(らしい。何故か当人は決して教えてくれないのだが)という外見ではなく、精々二十歳前後にしか見えないのだが。
美人というよりも、美少女と言う方がしっくりくる位だ。
そんな彼女は、一通りクラスを見渡すと、
「さて、ホームルームを始めまーす。もしかしたら既に知ってるかもしれませんが、今日からこのクラスに一人生徒が増えまーす!」
「「「「「――うおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」
その瞬間、クラス中から歓声が沸く。
そう言えば自分たちはさっきおんなじクラスだって教えてもらったけど、クラスのみんなには言ってなかったっけ、と、夏希は突然の歓声に驚きつつも思い出した。
「まぁ、色々と特殊な立場ではありますが、みなさん、仲良くしてあげてくださいねー」
はーい、という、何とも高校生らしいまばらな返事が響く。
彼らとてもう十六だ。新しく仲間となる少年を無意味に畏れたりする道理はないだろう。
「ちなみにその子ですが」
そう言うと一息つき、もう一度クラス全体を見渡す。
一体どうしたというのか。クラスに妙な緊張が走る。
「なんと、今ですね」
――ガラッ!
そのタイミングで響いた音に、クラス中が出所である教室の前扉を見る。
夏希も例外ではなく、タイミングばっちしなその音に、もしかして……と思う。
だが、
「あー間に合わんかった! おはようございまーす! ……あれ? 何この冷たい視線……?」
橘の話を遮るように飛び込んできたのは、件の編入生ではない一人の男子生徒だった。
息を切らしつつ勢いよく挨拶するも、自分に向けられた妙に冷めた視線に気づく。
クラス中から彼に向けられている視線は総じて、お前かい!! という感情に溢れていた。
橘先生はそんな彼を一瞥し、
「……今ですね、諸々の手続きをしているようで、一限始まってから来るそうです。――なので、今は別に誰も入ってこないはずだったのですが、違う人が入ってきてしまったようですねー。……ね? 轟くん??」
「あ、アハハ―……すんませんっしたぁ!」
そう呆れ半分に説教された少年は、轟 大二郎という。
一言でいえば、クラスのお調子者だ。夏希も何度か話したことがあるが、性格はかなり自分寄りだ。
「(まあ、私よりも遥かに突き抜けちゃってるんだけどネー)」
ちなみに成績の方は、特に筆記の方が随分と怪しい。
お調子者でお馬鹿。なんともまあ不遇な立ち位置である。
単位制を採用しているこの学校においては、一限前のホームルームには出席と言う概念は無い。
が、諸々連絡事項があるため、一度各クラスに集まる決まりになっている。
先ほどクラスメイトに囲まれた際に、お調子者の彼の声が聞こえないなーとは思っていたが、なるほど、遅刻していたのならば然もありなんである。
「……まあ、よいです。――それでは、一限に移りましょう。今日はD棟の102演習室でやるので、間違えずに来てくださいねー」
と、轟の登場で緩んだ空気を橘先生がそう締めたのだった。
次いで夏希たちは、一限のために更衣室へと向かう。
一限は座学ではなく、実戦的に魔術を学ぶ授業である。そのため、動きやすい恰好へと着替えるのだ。
「轟はしょうがないわねぇ、全く」
エルリアが誰に向けてという訳でもなく呟く。
桜花も、
「い、いきなり遅刻ってすごいですよね……」
と続ける。始まって一週間経たずに遅刻とは、何とも勇敢なことである。
当たり前であるが、今この場に男子はいない。
そのため、あとでもう一度同じことを聞かれるような二度手間とならぬよう配慮してくれたのか、クラスメイト達がここで編入生について無理に聞いてくることは無かった。
先ほどは教室に入ると同時に囲まれてしまったので、落ち着いた雰囲気になった今、桜花を始めとするクラスメイトとなった女子たちと雑談をしつつ着替え、演習室へと向かった。
「はーい、それじゃあ授業を始めまーす。えっと、実戦形式の授業は一年生の時にやったと思うんだけど、この授業はその続きだと思ってくれたら分かりやすいと思います」
橘先生の説明を聞きつつも、クラスの空気は何となく浮ついていた。
話を聴いていないことはないが、何となく違うことを考えている、そんな雰囲気だ。
正直なところ、今彼らにはどうしても授業よりも気になることがあった。
入学式にて編入生がいることを知らされ、昨晩に夏希から一緒に依頼に行ったことを告げられ、そして先ほど同クラスであることを知り、いい加減おあずけの限界だった。
すでに顔見知りとなっている奏と夏希はともかく、普通はそりゃそうなるよねぇ、と、夏希はそんな周りの様子を見て思う。
そんな少し弛んだ空気を流石に敏感に察知したのか、橘は少し呆れつつ、
「……まあ、気持ちは多分に分かりますけどねー。今回は初回なので、みなさんの実力とかを把握するために、来週も併せて二回かけて私と一人ずつ模擬戦でもしてもらおうかと思ってたんですけど……。うーん、そうですねー。じゃあ、適当に二人一組に分かれてもらって、一組ずつ戦ってもらうことにしましょうかー」
元々演習の性質上、大人数が一度に戦うことはできなかった。
理由は単純。密集していては、流れ弾が飛んできて非常に危険なのである。
「それで、途中でその子が来たら……、あとは自由時間ってことにしちゃいましょう!」
おおおー、と、クラスが静かに沸く。
どうせ彼が来てしまったら集中できないでしょうし、まあ基本的には来週からってことでいいでしょうー、と、そうクラスを促すのだった。
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この学校の演習室は、所謂コロシアムのような形になっている。
中央の円形のスペースを囲むような高さ二メートルほどの壁と、その上に観客席が広がっている。
橘先生の言葉に従い、観客席に移動した夏希たちは、戦闘の準備をする一組目のクラスメイトの様子を食い入るように見つめていた。
「いやー、楽しみだねぇ」
「そ、そうですね! ドキドキですぅ」
「……みんなの力、見れるもんね」
模擬戦と言うだけあって、お互い全力を出すことは無いだろう。
動きの中で、動く相手と自分の能力をぶつけ合い、魔術の威力や命中精度を鍛えるのがこの授業の目的であるからにして。
万が一のために、養護教諭も控えているらしい。
無論のこと一口に魔術と言っても千差万別。戦闘向けのものもあればそうでないものもある。
先に流斗が子狼を治した治癒魔術がその一例だ。
基本的には多くの人が、神器を用いたりするなど何がしかの形で攻撃することができるが、そうでない場合はまた別の実戦的な形で訓練することになる。
「……あれ? あれって……?」
そうして暫く数組の模擬戦を見ていると、ふと奏が、何かに気づく。
丁度向かいの観客席の最上階、小さくて見にくいのだが、恐らくそこに件の編入生――流斗が来ていた。
諸々の手続きとやらはもう終わったのだろうか。
と言うか、だ。
流斗が来ている。それはいいのだが、
「あれ、誰……?」
何故か妙に筋骨隆々で、更に虎の覆面を被った用務員(?)とも思えぬ圧倒的不審者が、彼と一緒にいたのだった。




