第9話 グラン商会がごみを買い占めたので、俺は別のごみを買うことにした
「オリバさん!」
ミリアが帳簿を抱えて走ってきた。
「また問題です!」
「今度は何だ?」
「グラン商会が、ごみを買い占めています!」
「……ごみを?」
「はい!」
俺は思わず笑った。
「ついに真似を始めたか」
ミリアは困った顔だった。
「笑い事じゃありません!」
「そうか?」
「回収所にごみが集まらなくなっています!」
俺は頷いた。
グラン商会は、俺たちより高い価格で廃棄物を買い取り始めたらしい。
しかも、種類を問わず。
壊れた魔道具。
魔石。
金属くず。
魔物の骨。
全部だ。
「……なるほど」
俺は帳簿を閉じた。
「じゃあ、別のものを集めよう」
ミリアが固まった。
「……え?」
「まだ誰も買っていないごみがあるだろ?」
「……ありますか?」
「ある」
俺は笑った。
「大量にな」
翌日。
俺たちは町の食堂街へ向かった。
朝からいい匂いが漂っている。
パン。
肉料理。
スープ。
だが、店の裏には大量の廃棄物が積まれていた。
野菜くず。
魚の骨。
肉の切れ端。
食べ残し。
俺はそれを見て頷いた。
「……これだ」
ミリアが顔をしかめた。
「……臭いです」
「そうだな」
「これを買うんですか?」
「ああ」
「本当に!?」
俺は笑った。
「今度は肥料を作る」
食堂の店主に話をすると、驚かれた。
「生ごみを引き取ってくれる?」
「はい」
「金を払わなくても?」
「はい」
「……本当に?」
「ただし、分別してください」
俺は木箱を三つ用意した。
植物性のごみ。
動物性のごみ。
その他。
「これに分けて入れてください」
店主は首を傾げた。
「何のために?」
「肥料にします」
「……肥料?」
「はい」
店主は笑った。
「そんなものが売れるのか?」
俺も笑った。
「売ってみせます」
一週間後。
俺たちは、生ごみから作った試験肥料を農家に持ち込んだ。
生ごみをそのまま畑に撒くわけではない。
異物を取り除き、加熱処理し、発酵させ、成分を調整する。
さらに素材鑑定で、肥料の成分を確認した。
【再生有機肥料】
窒素:適量
リン:適量
カリウム:適量
有害成分:基準以下
俺は農家の主人に説明した。
「試験用に使ってみませんか?」
農家は疑わしそうだった。
「ごみから作った肥料?」
「はい」
「……大丈夫なのか?」
「まずは小さな区画で試してください」
農家は頷いた。
「分かった」
こうして、肥料の試験が始まった。
一か月後。
農家から連絡が来た。
「オリバさん!」
ミリアが叫んだ。
「試験畑の野菜が、すごく育っています!」
「本当か?」
「はい!」
俺たちは畑へ向かった。
そこには、青々とした野菜が並んでいた。
農家の主人は興奮していた。
「見てくれ!」
「おお……」
「肥料を使った区画は、葉の色がいい!」
「なるほど」
「しかも、収穫量も増えそうだ!」
俺は記録を確認した。
同じ品種。
同じ水やり。
同じ日照条件。
肥料を使った区画と、使わなかった区画。
確かに差が出ている。
ただし、まだ一回の試験だ。
本格販売する前に、土壌や作物を変えて確認する必要がある。
それでも。
「……いけそうだな」
俺は笑った。
ミリアも笑った。
「また新しい商売ですね!」
「ああ」
俺は畑を見渡した。
「次は農業だ」
後日、倉庫を辞めた作業員から、グラン商会で起きていたことを聞いた。
買い集めたごみが倉庫に入りきらず、処理方法も決まらないまま保管費だけが膨らんでいたという。
「会長は、あんたが生ごみを集め始めたと聞いて笑ってました。でも肥料の注文が入ったと分かったら、机を叩いて怒鳴ったんです」
俺はその話を聞いても笑えなかった。
買い占められた資源の向こうには、給料を待つ作業員がいる。
肥料の試験が始まったころ、俺は食堂街から苦情を受けた。
「昨日の回収箱、ひどい臭いだったぞ。客が裏口を通れなくなった」
店主は腕を組み、俺を睨んでいる。
「申し訳ありません。回収時刻を早めます」
「それだけじゃない。骨を入れる箱に野菜くずが混じっていた。誰が分け直すんだ?」
俺は店の裏へ回った。
確かに箱の札は雨で読めなくなっていた。
作業員を責める前に、俺が作った仕組みを直さなければならない。
「札を木板に替えて、色も分けます。店の人に余計な作業が増えた分は、回収費から差し引きます」
店主は呆れた顔をした。
「金を払えば済むと思うなよ。うちの料理を食べに来る客を逃したくないんだ」
「分かりました。臭いを出さないことを先に考えます」
その晩、俺はミリアと発酵槽の前に立った。
試作品は確かに肥料になっている。
だが、処理量を増やした途端、温度が上がりすぎて一槽が使い物にならなくなった。
「これを売っていたら、畑に被害が出ていましたね」
ミリアの声が震えた。
「ああ。鑑定で成分が良くても、作り方が毎回同じとは限らない」
俺はその槽を廃棄し、試験記録に失敗と書いた。
グラン商会に買い占められた金属くずを取り戻すために急いでいたが、急ぎすぎれば農家を巻き込む。
「販売開始を遅らせますか?」
「そうしよう。代わりに、試験を手伝ってくれる農家に経過を全部見せる」
翌日、畑の主人に失敗を説明すると、彼は黙って土を一握りつかんだ。
「俺たちは一年に何度も失敗できない。収穫がなくなれば家族が食えないからな」
「分かっています。だから、いまの肥料を広く売るつもりはありません」
「なら、試験を続けよう。隣の畑にも頼んでみる。ただし結果が悪けりゃ、遠慮なく言うぞ」
「それでお願いします」
一か月後、三つの畑で結果が揃った。
葉の色が良くなった畑もあれば、ほとんど変わらない畑もある。
俺は都合のいい数字だけを広告に使うことをやめた。
「土によって効果が違うと、正直に書くんですね」
「当たり前だ。肥料を売るために、農家の一年を賭けさせるわけにはいかない」
ミリアは販売用の説明書を清書した。
数日後、グラン商会の元従業員だという男が訪ねてきた。
買い占めたごみの保管費が膨らみ、現場では給与が遅れているという。
俺はその話をすぐには信じなかったが、男が差し出した運搬伝票には、同じ倉庫への搬入記録が何枚も重なっていた。
「うちに来れば、分別の仕事はあります。ただし、他所の秘密を売ることを条件にはしません」
男は驚いた顔をした。
「敵の商会の人間でも雇うんですか」
「俺が欲しいのは、働く人と使える資源だ。誰かが困っている姿じゃない」
その答えが格好よく聞こえたかは分からない。
けれど男は、翌朝、作業着を着て現れた。
さらに二週間後、試験肥料を使った畑で葉が黄色くなったという知らせが届いた。
俺は荷車に乗り、ミリアと現場へ向かった。
「お前の肥料が悪いんじゃないか」
農家の主人は畑の端に立ち、腕を組んでいた。
俺はすぐに謝りかけたが、まず土を調べさせてもらった。
肥料を入れていない区画にも同じ変化が出ている。
用水路の上流をたどると、前日の豪雨で土砂が流れ込み、水が滞っていた。
「肥料が原因だとは断定できません。でも、俺の説明が十分じゃなかった。水はけの悪い畑での試験条件を書いていませんでした」
「責任を逃れるつもりか」
「逆です。原因を一緒に確かめたいんです。排水溝を掘る人手は、うちで出します」
農家はしばらく黙り、やがて鍬を一本投げてよこした。
「なら、お前も掘れ」
「もちろんです」
俺は泥の中に膝をついた。
帳簿を眺めているよりずっと骨が折れた。
夕方、ようやく水が流れ始めると、農家は濡れた帽子を脱いだ。
「肥料が良いか悪いか、まだ分からん。だが逃げないことは分かった」
その一言が、どんな大口注文よりも重く感じられた。
畑の端で土を握った農家は、値段の話をしなかった。
「来年も同じ土で育てられるか」
と聞いた。
俺は試験記録の最初の欄に、その問いを書いた。
翌週、グラン商会の買付責任者が畑までやってきた。
「金属くずは全部うちが押さえた。お前の商売は終わりだろう」
俺は泥のついた鍬を置き、肥料の試験表を見せた。
土質、水量、投入量。
農家たちが自分で書き込んだ記録だ。
「金属は買い占められても、畑の困りごとは買い占められません」
男は笑いかけ、並んだ農家の注文札を見て口を閉じた。
「そんな物で儲かるのか」
「まだ試験中です。失敗すれば俺が費用を負担する。それでも、ここには待っている人がいる」
翌日、グラン商会は高値で集めた金属くずを安く放出し始めた。
仕入れ係は買い戻して仕返ししようと言ったが、俺は断った。
資金は排水路と肥料の追加試験に使う。
畑の端で農家が新しい札を立てた。
『来年も同じ土で育てるための試験区』
勝ったのは俺ではない。
金属くずを奪われても、自分の畑を諦めなかった人たちだった。




