第8話 ごみを集めすぎたら、王国の鉱山が困り始めた
それから一か月。
オリバ資源商会の回収拠点は、町の外にも広がっていた。
近隣の村。
鉱山町。
港町。
それぞれに小さな回収所を設置した。
集まった資源は、中央工房へ運ぶ。
そこで分別し、再生し、製品にする。
俺は帳簿を見ながら頷いた。
「……順調だな」
ミリアが報告する。
「今月の回収量は、先月の三倍です!」
「いいな」
「魔石の再生数も二倍になりました!」
「それもいい」
「ミスリルの精製量も増えています!」
「最高だ」
ミリアは笑った。
「オリバさん、全部いいですね!」
「商売が順調だからな」
だが、その日の午後。
思わぬ客がやってきた。
ガルド鉱山の親方だった。
「オリバ!」
「ガルドさん?」
「ちょっと相談がある!」
ガルドは椅子に座ると、大きなため息をついた。
「……困ったことになった」
「何がです?」
「鉱山の売上が落ちている」
俺は首を傾げた。
「鉱石が売れないんですか?」
「ああ」
ガルドは頷いた。
「お前の再生金属が安すぎるんだ!」
俺は黙った。
なるほど。
廃棄物から回収した金属が市場に増えれば、新しく採掘した金属の需要は減る。
当然の結果だ。
「……すみません」
俺が言うと、ガルドは首を振った。
「いや、お前が悪いわけじゃない」
「でも……」
「むしろ、相談したいんだ」
ガルドは身を乗り出した。
「うちの鉱山も、お前の商売に参加できないか?」
俺は目を見開いた。
「……参加?」
「ああ」
ガルドは笑った。
「鉱石を掘るだけじゃなく、廃石の処理や金属の再生もやりたい」
俺は少し考えた。
そして笑った。
「いいですね」
「本当か!?」
「はい」
俺は紙を取り出した。
「鉱山の設備を使えば、もっと大量に処理できます」
「そうだろう!」
「しかも、採掘した鉱石と廃石を同じ場所で選別できます」
「なるほど!」
「輸送費も減ります」
ガルドは机を叩いた。
「よし! やろう!」
だが、共同事業の合意だけでは鉱夫の生活は守れない。
ガルドは倉庫の売れ残りを指した。
「今月で十人辞める。新しい設備が動くまで、誰が家族を食わせる?」
俺は半年分の最低発注量と再訓練中の賃金を契約に書き加えた。
商会の利益は減る。
それでも、ガルドが契約書を読み終えて手を差し出したとき、ようやく共同事業が現実の約束になった。
共同事業の試験運転が動き始めてから、俺は鉱山の休憩所で一人の若い鉱夫に呼び止められた。
「オリバさん、再訓練って、本当に給料が出るんですか」
「契約書にはそう書いたよ」
「字が読めないんです。親方が嘘をつくとは思わないけど、何を約束したのか分からなくて」
俺は胸の奥が痛くなった。
帳簿に数字を書けば約束が届くと思っていた。
「明日の朝、全員の前で読み上げよう。質問も受ける」
青年は安堵したように息を吐いた。
翌朝、食堂に鉱夫たちを集めた。
俺が最低発注量と賃金保証を読み上げると、奥から怒鳴り声が飛んだ。
「新しい機械を覚えられない年寄りはどうする!」
白髪の鉱夫だった。
長年、岩肌の音で崩落を見抜いてきたという。
「機械を使う仕事だけが仕事じゃありません。石の見分け方を教えてほしい」
「若い連中が俺の言うことを聞くものか」
「聞かせます。俺も教わります」
俺はその場で、選別班の指導役を依頼した。
彼はすぐには頷かなかった。
数日後、精製装置が突然止まった。
粉砕機の奥で石が詰まり、魔力計が危険域に近づいていた。
俺は停止弁へ走ったが、白髪の鉱夫が腕をつかんだ。
「そっちじゃない! まず上の投入口を閉じろ。下から圧を抜いたら石が跳ねる!」
俺は言われたとおりに動いた。
金属音が一度鳴り、装置が静かになった。
あとで詰まった石を調べると、硬い鉱脈の破片が混じっていた。
素材鑑定には出ていた特徴を、俺は危険と結びつけられていなかった。
「助かりました」
俺が頭を下げると、老人は照れたように口を曲げた。
「機械は新しくても、石は昔から石だ」
「その知識を、みんなに教えてもらえませんか」
今度は頷いてくれた。
一週間後、訓練場で若い鉱夫たちが石を叩く音が響いた。
白髪の鉱夫が音の違いを説明し、青年がそれを紙に書き取る。
読めない仲間には声に出して伝えていた。
ミリアが俺に囁いた。
「再生設備を入れただけじゃ、鉱山は変わらなかったんですね」
「ああ。人が覚えてきたものを捨てたら、俺たちの仕事もごみを増やすだけだった」
ガルドが近づき、契約書を軽く叩いた。
「半年分の保証、忘れるなよ」
「もちろんです」
「その先は、俺たちも自分で稼ぐ」
俺は笑って頷いた。
鉱山を救ったというより、ようやく同じ場所に立てた気がした。
数週間後。
鉱山には、試験用の精製設備に加えて、新しい本設設備が設置された。
廃石を砕く装置。
金属を分離する装置。
魔力を利用した精製装置。
それぞれをつなぎ、連続処理できるようにした。
ガルドは設備を見て、目を輝かせた。
「……すげえな」
「まだ試験段階ですよ」
「いや、十分すげえ!」
最初の試運転。
廃石が装置に投入される。
粉砕。
選別。
分離。
精製。
そして受け皿に、銀色の金属が落ちてきた。
ミスリルだ。
ガルドは固まった。
「……おい」
「はい?」
「本当に出たぞ」
「出ましたね」
「廃石から……」
「そうですね」
ガルドはしばらく黙った。
そして
「がはははは!」
大声で笑い始めた。
「今まで捨てていた石が金になるとはな!」
俺も笑った。
「面白いでしょう?」
「ああ! 最高だ!」
翌朝、回収所の前で鉱夫たちが二列に分かれていた。
新しい選別研修に参加する者と、坑道に残る者だ。
後者の一人が俺に言った。
「研修を受けない者の賃金まで下げるのか」
俺は即答できなかった。
ガルドと夜まで計算し、半年間は両方の仕事を維持する費用を自分たちの利益から出すことにした。
再生設備の完成を祝う声が上がっても、契約書の赤字は消えなかった。
だが誰かを置き去りにして得た黒字なら、最初から要らない。
研修が始まって間もなく、若い鉱夫のダンが名簿を返してきた。
「親方、俺は坑道に残る。父さんの治療費を払うには、試験に落ちて賃金が減るわけにいかない」
ところが翌朝、彼は廃石の山から青く変色した石を拾ってきた。
機械は価値なしと判定したが、ダンは
「この筋は坑道の奥の鉱脈と同じだ」
と譲らない。
俺は再検査を命じた。
結果は希少金属を含む鉱石だった。
選別機の設定に欠陥があったのだ。
ダンは迷った末に検査係を選んだ。
「父さんには、俺が見つけたって言える」
その声に、ガルドは何も言わず彼の肩を叩いた。
「最初の検査は俺たち鉱夫に任せてくれ」
とガルドが言った。
「石の違いを知っているのは、俺たちだ」
俺は試験表の検査責任者の欄に、ダンとガルドの名を書いた。
ダンは自分の名前を指でなぞったが、笑わなかった。
「親方。父さんは、機械に坑道を奪われると思ってる。俺が検査係になると聞けば怒る」
ガルドは腕を組んだ。
「俺だって最初はそう思った。だからお前の目で機械の間違いを見つけたことを、俺が説明する」
その夕方、治療を終えた父親が杖をついて現れた。
ダンが試験表を見せると、父親は署名の横にある『機械判定・誤り』を指でなぞった。
「お前は坑道を捨てるのか」
「違う。坑道で覚えた石の見方を、今度は機械に教える。父さんが教えてくれたことを無駄にしたくない」
父親はしばらく黙り、杖を壁に立てかけた。
「なら、明日は俺も行く。まだ教えてない石がある」
翌朝、ダンは検査台の横に父親の椅子を用意した。
機械の横に置かれた二つの椅子を見て、ガルドが笑った。




