第7話 ごみ回収に金を払うと言ったら、町中から荷馬車が集まってきた
「オリバさん、倉庫がいっぱいです!」
倉庫の奥には、前の注文で納期を遅らせた店の空箱がまだ積まれていた。
金を返しても、失った信用はすぐには戻らない。
俺は新しい回収の札を立てる前に、あの店へ出す謝罪状の宛名を確かめた。
「もう?」
「もうです!」
ミリアが指さした先には、山積みの木箱があった。
廃棄魔石。
壊れた魔道具。
金属くず。
鉱山廃石。
工房の拡張によって、材料の消費量が増えている。
だが、それ以上に回収量が増えていた。
「……困ったな」
俺は腕を組んだ。
ミリアが驚く。
「オリバさんでも困ることがあるんですね」
「そりゃあるさ」
「いつも笑ってるので……」
「商売は問題だらけだぞ」
俺は倉庫を見渡した。
そして、あることを思いついた。
「……そうだ」
「はい?」
「ごみを持ってきた人に、金を払おう」
ミリアは固まった。
「……え?」
「買い取り制度だ」
「ごみに、お金を払うんですか?」
「ああ」
「でも、今までは無料でもらっていましたよね?」
「そうだな」
「だったら、無料の方が儲かるんじゃ……」
俺は笑った。
「目先の利益だけならな」
「……?」
「でも、安定して大量に集めるなら、持ってきてもらった方がいい」
俺は紙に買い取り価格を書いた。
廃棄魔石。
壊れた魔道具。
鉄くず。
銅くず。
魔物の骨。
種類ごとに価格を決める。
「これを町中に貼ろう」
ミリアは不安そうだった。
「……本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫」
俺は笑った。
「ごみを集める人が増えれば、俺たちの商売も大きくなる」
翌日。
町の広場に、大きな看板が立った。
『ごみ買い取ります!』
『壊れた魔道具、使い終わった魔石、金属くず、魔物の骨』
『持ち込み歓迎! その場で現金払い!』
最初に来たのは、一人の老人だった。
「……本当に買ってくれるのか?」
「はい」
「これなんだが……」
老人は袋を開けた。
中には、壊れた魔道具が三つ入っていた。
俺は鑑定する。
再利用可能。
金属部品も使える。
「銅貨二十枚でどうですか?」
老人は目を丸くした。
「……に、二十枚?」
「はい」
「これ、ごみだぞ?」
「そうですね」
「捨てようと思っていたんだぞ?」
「それでも買います」
老人は震える手で銅貨を受け取った。
「……ありがたい」
そして、笑った。
「孫にパンを買ってやれる」
俺は頷いた。
「また持ってきてください」
老人は何度も頭を下げて帰っていった。
昼頃。
広場には、長い行列ができていた。
「壊れた鍋でもいいか?」
「金属なら買います!」
「魔物の骨は?」
「買います!」
「古い魔道具は?」
「もちろん!」
ミリアは大忙しだった。
「オリバさん! 人が多すぎます!」
「嬉しい悲鳴だな!」
「本当に悲鳴が出そうです!」
俺は笑った。
だが、午後になると、さらに大変なことになった。
荷馬車が集まり始めたのだ。
一台。
二台。
五台。
十台。
町の外からも、廃棄物を積んだ荷馬車がやってくる。
「ここでごみを買ってくれると聞いたんだが!」
「はい!」
「村の倉庫に大量にあるぞ!」
「持ってきてください!」
「本当に全部買うのか!?」
「種類と状態を確認してからですが、買います!」
気づけば、広場はごみの市場になっていた。
ミリアが叫んだ。
「オリバさん!」
「何だ?」
「町中のごみが集まってきています!」
俺は笑った。
「いいことだ!」
「でも、置く場所がありません!」
「……それは困ったな」
その日の夕方。
町役場から役人がやってきた。
「オリバ殿」
「はい?」
「少しお話が」
「何でしょう?」
役人は困った顔をしていた。
「町のごみが、急激に減っています」
「……いいことでは?」
「もちろんです」
役人は頷いた。
「ですが、問題がありまして……」
「問題?」
「町の清掃業者が、仕事を失いそうなのです」
俺は黙った。
なるほど。
ごみが減れば、従来の清掃業者の仕事も減る。
「……分かりました」
俺は頷いた。
「では、その人たちを雇いましょう」
役人が固まった。
「……え?」
「清掃業者の人たちです」
「雇う?」
「はい」
俺は笑った。
「ごみを集める仕事は、これからもっと増えますから」
役人は目を丸くした。
「……本当に?」
「もちろん」
俺は続けた。
「町の清掃も続けてもらいます。そのうえで、資源を分別して回収するんです」
役人はしばらく考えた。
そして、深々と頭を下げた。
「……ありがとうございます」
俺は笑った。
「こちらこそ」
こうして、オリバ資源商会は、町の清掃業者とも契約を結んだ。
回収するごみは増える。
町はきれいになる。
清掃業者の仕事も増える。
そして、俺たちの材料も増える。
「……いい商売だな」
俺は呟いた。
ミリアが頷いた。
「みんなが得していますね」
「そうだな」
だが、この仕組みが、後に王国全土へ広がることになるとは
この時点では、まだ誰も想像していなかった。
清掃業者との契約が決まった翌日、俺は自分の見通しの甘さを思い知った。
広場の奥で、買い取った袋が破れ、黒い液体が石畳に流れていた。
腐敗した肉と金属くずが同じ袋に詰められている。
近くで遊んでいた子どもが顔をしかめ、母親に引っ張られて逃げた。
「これじゃ町をきれいにするどころか、汚しているだけです」
ミリアの声は厳しかった。
俺は反論できなかった。
「買い取りを一度止めよう」
「えっ。あれだけ宣伝したのに?」
「このまま続けたら、事故が起きる」
俺は看板の下に受付停止の札を掛けた。
行列の先頭にいた男が怒鳴った。
「昨日は買うと言ったじゃないか! 荷馬車を借りるのに銅貨を払ったんだぞ!」
「申し訳ありません。今日の運賃は俺が負担します。明日からの受け入れ方法を、今日中に説明します」
財布から銅貨を出すと、後ろの人々までざわめいた。
全員に払えば、相当な額になる。
それでも俺が招いた混乱だった。
昼過ぎ、元清掃業者の親方が作業場へ来た。
日に焼けた腕に古い傷がある。
「素人がごみを集めりゃ、こうなる。腐るもの、尖ったもの、燃えるものを一緒に積むな」
「教えてください。俺は素材の価値は分かっても、回収現場の危険を知らなかった」
親方は意外そうに俺を見た。
「金を出すだけじゃ足りねえぞ」
「現場の決定権も渡します」
俺たちは荷車を三種類に分け、受け入れ場所も離した。
割れた魔道具には厚い布をかぶせる。
腐るものはその日のうちに別の処理場へ運ぶ。
危険物は清掃業者の親方が確認するまで買い取らない。
「買い取り価格も、混ぜた袋より分別した袋を高くしよう」
ミリアが帳簿を見て唸った。
「手間賃を払ったら、利益が減りますよ」
「事故で誰かが怪我をするより安い」
親方はその言葉を聞いて、初めて笑った。
翌朝、再開した受付に、昨日怒鳴った男が戻ってきた。
今度は荷車の中に木箱が三つ並んでいた。
「言われたとおり分けたぞ。これなら買うんだろうな」
「もちろんです。昨日の運賃の件も、改めてお詫びします」
男は受け取った銅貨を数え、肩をすくめた。
「謝るより、次は最初からちゃんとやれ」
「はい」
返事をした俺の横で、ミリアが笑いをこらえていた。
夕方、親方が汚れのない広場を見回した。
「昨日より荷車は少ないが、作業は倍進んだな」
「量だけ追っていたら分からなかったことです」
俺は買い取り記録に、重量だけでなく分別率と事故件数の欄を作った。
まだ白紙の事故欄を、これからも白紙のままにしたかった。
回収に来た荷馬車の列で、一台だけ荷台が空だった。
御者は
「昨日は隣町まで行ったのに、持ち帰る場所がなかった」
と肩を落とした。
俺は回収量に応じた支払いだけでなく、空振りになった便にも最低限の運賃を払うと決めた。
ミリアが計算すると、今月の利益は減る。
「それでも続けますか」
俺は頷いた。
ごみがない日にも走ってくれる人がいなければ、ごみが溢れた日に誰も来ない。
翌週、御者は初めて回収経路の改善案を持ってきた。
荷車の轍が雨の道に二本残った。
だが翌朝、その道を通ってきた御者が妙な箱を持ち込んだ。
中身は鉄くずのはずなのに、底には濡れた石が詰められていた。
重量で買い取る制度を狙った不正だ。
「これを見逃せば、正直に分別した人が損をする」
と親方が言った。
俺は持ち込んだ男を怒鳴りつけかけたが、御者が先に口を開いた。
「この箱、俺の荷台に途中で載せられました。誰の荷か、札を付けないと分かりません」
親方は木札に持ち主と積み替え場所を記す方法を提案し、ミリアは買い取り台の前に公開の秤を置いた。
最初の検査を任されたのは、昨日まで列に並んでいた住民たちだった。
夕方、不正を仕掛けた仲買人は石入りの箱を引き取ることになった。
俺は御者へ運賃を払い、親方へ礼を言った。
「昨日は事故を防ぐために止めた。今日は嘘を見つけるために、みんなの目が必要だったんだな」
広場の掲示板には、石入りの箱の重さと、実際に買い取れる鉄くずの重さを並べて書いた。
仲買人が
「計り間違いだ」
と怒鳴ると、昨日まで列にいた老婆が前へ出た。
「なら、私の箱も量っておくれ。同じ秤なら文句はないね」
老婆の分別した鉄くずは表示どおりだった。
続いて御者が木札を示す。
仲買人の荷を積み替えた時刻と場所が、本人の署名つきで残っていた。
仲買人は口を開きかけ、閉じた。
ごまかした分の代金は払わず、石を運び出す費用も本人の負担とした。
「これからは誰が持ってきても同じ手順です」
と俺が告げると、老婆は銅貨を握りしめて笑った。
「やっと安心して並べるよ」
長い列が戻ってきた。
ただし今度は、誰も秤を隠さなかった。




