第6話 王都から一万個の注文が来たので、工房を十倍にした
「一万個なんて無理です!」
ミリアは帳簿を抱えて叫んだ。
「今の工房では、一日百個が限界ですよ!」
「一万個ですよ!?」
俺は王都から届いた注文書を眺めた。
魔力導線。
接続端子。
制御板。
初回の注文は、三種類で合計一万個。
翌月以降の数量は、検査後に協議する。
設備が足りない。
だが、
「……面白いな」
俺は笑った。
ミリアが頭を抱える。
「オリバさん、また笑ってます……」
「商売が大きくなるときは、だいたい問題が起きるものだ」
「問題が大きすぎます!」
「なら、工房を大きくすればいい」
「簡単に言わないでください!」
俺は立ち上がった。
「親方に相談しよう」
ボルグ鍛冶工房。
「一万個だと!?」
親方が叫んだ。
「はい」
「来月も一万個か?」
「いいえ。継続分は未定です」
「俺を殺す気か!」
「そんなつもりはありません」
俺は笑った。
「工房を増やしましょう」
「……何?」
「職人を雇って、作業を分担するんです」
親方は眉をひそめた。
「分担?」
「はい」
俺は図面を広げた。
「今は親方が最初から最後まで全部作っていますよね?」
「当たり前だ」
「それをやめます」
「……何?」
「材料の加工、部品の成形、仕上げ、検査。それぞれ担当を分けるんです」
親方は黙った。
俺は続けた。
「さらに、部品の寸法を統一します」
「寸法を?」
「はい。誰が作っても同じ部品になるように」
親方は図面を見つめた。
「……なるほど」
「これなら、熟練職人が全部の作業をする必要はありません」
「若い職人でも作れる部分がある……」
「そうです」
親方の目が輝いた。
「……面白い!」
俺は笑った。
「でしょう?」
「よし! やろう!」
こうして、工房拡張計画が始まった。
十日後。
ボルグ鍛冶工房の隣に、新しい建物が完成した。
作業台が十台。
小型炉が五基。
検査台が三台。
新しく雇った職人は二十人。
全員、仕事を失っていた鍛冶師や見習いたちだ。
「本当に雇ってもらえるんですか?」
若い職人が尋ねた。
「ああ」
俺は頷いた。
「給料は毎月払う。仕事が増えれば昇給もある」
職人たちは顔を見合わせた。
「……そんな条件で?」
「普通だろ?」
「普通じゃありません!」
親方が笑った。
「がははは! こいつは変わった商人なんだ!」
俺は肩をすくめた。
「働いてくれる人がいなければ、商売はできませんから」
職人たちは深々と頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
だが、建物を増やした翌日、俺は自分の計算が甘かったと知った。
「この部品、穴の位置が違います」
若い職人が検査台に三つの端子を並べた。
見た目は同じでも、穴がわずかにずれている。
別々の職人がそれぞれの感覚で仕上げたせいだった。
「昨日作った百二十個のうち、四十三個が組み立てられません」
ミリアの声が沈む。
俺は完成品の山を見つめた。
数を増やすことばかり考えて、同じ品質を作る方法を教えていなかった。
「俺の指示が足りなかった。出荷しないで、全部調べよう」
「王都の納期が……」
「不良品を届けたら、納期を守ったことにはならない」
俺は木片を削り、穴の位置を確認するための型板を作った。
親方に見せると、すぐに欠点を指摘された。
「木じゃ湿気で曲がる。鉄で作れ」
「じゃあ、親方に頼みます」
「お前が言い出したんだろう。最後まで付き合え」
俺たちは夜遅くまで型板を作り直した。
翌朝、若い職人がその型板に端子を当てると、穴のずれがひと目で分かった。
「これなら、俺にも判断できます」
「不良を隠さず、ここへ持ってきてくれ。作った人を責めるためじゃない。原因を直すためだ」
俺が言うと、最年少の見習いが手を挙げた。
「昨日、失敗した部品を箱の下に隠しました」
作業場が静まり返った。
俺はその箱を見せてもらった。
中には、端が欠けた部品が七個あった。
「言ってくれて助かった。次は、壊した時点で教えてくれ」
「怒らないんですか」
「怒るより先に、なぜ壊れたか知りたい」
親方が横から口を挟んだ。
「ただし、同じ失敗を黙って繰り返したら俺が怒るぞ」
見習いは青くなり、それから小さく笑った。
三日後。
今度は材料が届かなくなった。
鉱山からの荷馬車が大雨で足止めされたのだ。
完成予定表には赤い線が増えていく。
「工房を十倍にしても、材料がなければ止まるんですね」
ミリアが呟いた。
「その通りだ。だから、一か所に頼るのをやめる」
俺は町の修理屋を回り、壊れた魔道具から回収できる金属を買い集めた。
「こんなものに値段がつくのか?」
店主は不思議そうだった。
「分別してくれれば、次からも買います」
ただし、集まった量だけでは足りない。
俺は王都の注文担当へ事情を書いた手紙を送った。
『初回分は品質を保証して納めます。
ただし、次回以降の増産には材料の確保が必要です。
納品を二回に分ける案を検討してください』
返事が来るまで、俺は落ち着かなかった。
約束を守るために無理を重ねれば、職人も客も失う。
それでも、商談が白紙になるのは怖かった。
届いた返書には、こうあった。
『初回の品質検査を確認した。
次月分は分納を認める』
俺はその文を二度読んだ。
「助かった……」
ミリアが肩の力を抜く。
「オリバさんにも、怖いことがあるんですね」
「当たり前だろ。俺の思いつきで、もう二十人の暮らしが動いてる」
俺は作業場へ戻り、職人たちに納期の変更を伝えた。
誰も歓声を上げなかった。
ただ、無理な徹夜をしなくて済むと分かった見習いが、ほっと息を吐いた。
その顔を見て、俺は初めて工房が大きくなった意味を理解した気がした。
さらに二週間後。
生産能力は一日六百個まで増えていた。
最初の六倍だ。
ミリアは完成品の山を見て、目を丸くした。
「……すごい」
「まだ増やせるぞ」
「工程を改善すればな」
俺は作業場を見渡した。
材料を運ぶ距離。
道具の配置。
検査の順番。
少し変えるだけで、作業時間は短くなる。
前世の工場では当たり前だった改善だ。
だが、この世界では新鮮らしい。
親方は感心していた。
「お前、鍛冶の経験があるのか?」
「ないですよ」
「……ないのか?」
「はい」
「なのに、なぜこんなことを思いつく?」
俺は笑った。
「ごみを減らす仕事をしていたので」
親方は首を傾げた。
「……ごみ屋というのは、恐ろしい職業だな」
注文書を置いて、俺は工房の戸口を見た。
初回一万個ですら、人に無理をさせれば作れない。
納品十日前。
検査済みは六千四百個。
職人が一人倒れた。
眠っていないのではない。
昨日から検査台に立ち続けていたのだ。
親方は納期を守ろうと歯を食いしばっていたが、俺は製造台の火を落とした。
「今止めたら違約金だぞ」
と親方が言った。
俺は分納と三日の延期を申し入れ、夜勤を止めた。
「払います。人を壊してまで部品を作る契約なら、俺の見積りが間違っていた」
俺は王都へ急ぎの書簡を送り、分割納品と検査期間の延長を願い出た。
返事は厳しかった。
初回の納期を破れば次月の注文は白紙にするという。
その夜、休ませた若い職人が図面を持ってきた。
「最後の検査だけ、親方と同じ目で見られるようになりたいんです」
俺は彼に一人で責任を背負わせず、二人一組の検査台を増やした。
親方はしばらく図面を見ていたが、自分の印章を若者に渡した。
「不良なら止めろ。俺に遠慮するな」
王都から届いた二通目の返事には、品質記録が揃うなら分割納品を認めるとあった。
俺は初めて、注文を受けるより断り方を決める方が難しいと知った。
月末。
王都への最初の納品が完了した。
一万個。
すべて検査済み。
品質不良は、わずか十七個。
それらも出荷前に交換した。
王都から届いた代金は、金貨三千枚。
ミリアは金貨の入った箱を見て、固まっていた。
「……オリバさん」
「ん?」
「これ、本当に全部うちのお金なんですか?」
「売上だな」
「……売上?」
「材料費や給料を払う必要がある」
「それでも、すごいです!」
「……そろそろ、ちゃんとした会社にしないとな」
俺は呟いた。
ミリアが首を傾げた。
「会社?」
「ああ」
「商会じゃなくて?」
「商会でもいい。ただ、もっと大きな仕組みが必要だ」
俺は紙に『オリバ資源商会』と書き、回収・再生・製造・物流の担当を並べた。
ミリアは目を輝かせた。
「まだ紙に書いただけだけどな」
俺は笑った。
「そのうち、本当に大きくなるさ」
そのとき。
王都から新しい注文書が届いた。
『来月より、月間五万個の供給を希望する』
「五万個!?」
ミリアが声を上げる。
俺は返事を書きかけて、ペンを止めた。
工房で倒れた若い職人の顔が浮かんだ。
「自社で作れるのは月二万個までだ。残りは協力工房を探す。ただし、検査に通らなければ引き受けない」
「注文を断られるかもしれませんよ」
「品質を守れない約束の方が怖い」
親方と若い職人を連れ、近隣の工房を訪ねた。
どの工房も仕事は欲しがったが、王都向けの精度には自信がなかった。
最初の工房で、若い職人が自分の作った型板を机に置いた。
「穴の位置をこれで確かめます。合わなければ俺たちが作り直しを手伝います」
工房の主人は試作品を持ち上げ、何度も光に透かした。
「検査の手間まで教えてくれるのか」
「失敗したことがあるからです。見落とす怖さも知っています」
主人は作業場の奥から見習いたちを呼んだ。
三人で作った端子を検査台に並べる。
最初の二個は不合格だった。
見習いは唇を噛み、型板を握り直した。
三個目が型板にぴたりとはまった。
「合格だ」
親方が言うと、見習いは思わず両手を上げた。
「うちでも作れるんだ!」
主人は受注票に印を押した。
隣の工房も検査記録の提出を条件に参加を決めた。
三軒目の主人は納期を聞き、首を横に振った。
無理な約束をさせず、翌月の候補に残した。
帰り道、若い職人は受注票を大事そうに抱えていた。
「最初は、俺たちが倒れずに作れるかも分からなかったのに」
「ああ。だから次も、作れる数だけ約束しよう」
王都への返書には、自社二万個と協力工房の試験合格分を分けて記し、未確定の数量には印を付けなかった。
俺の手は震えた。
だが、無理な契約はしない。




