第10話 ごみから作った肥料が売れすぎて、農家が行列を作った
二か月後。
オリバ資源商会の前には、農家の荷馬車が並んでいた。
「肥料を十袋くれ!」
列の端に、以前の試作品で畑を傷めた農家がいた。
返金は済んでいる。
それでも彼は俺の顔を見ると目を逸らした。
俺は売り子に任せず、土の検査結果を持って彼の前に立った。
「今日は売り込みじゃない。前の畑が戻ったか、確かめさせてほしい」
「うちは二十袋だ!」
「五十袋予約したい!」
ミリアは注文書を抱えて走り回っていた。
「オリバさん、肥料を待つ農家が門の外まで並んでいます!」
「いいことだ!」
「在庫が足りません!」
「増産しよう!」
「材料も足りません!」
俺は固まった。
「……生ごみが?」
「はい!」
俺は思わず笑った。
「……まさか、ごみが足りなくなるとはな」
ミリアは頭を抱えた。
「笑ってる場合じゃありません!」
肥料事業は、予想以上に順調だった。
試験農家の収穫量が増えたことで、口コミが広がった。
最初は十軒。
次に五十軒。
そして百軒。
今では近隣の村からも注文が来ている。
俺は帳簿を見た。
肥料の売上。
魔石の売上。
金属の売上。
魔道具部品の売上。
どれも伸びている。
だが、肥料の伸びが特に大きかった。
「……農業は市場が大きいな」
俺は呟いた。
ミリアが頷いた。
「毎年使うものですからね」
「そうだな」
魔道具は壊れなければ買い替えない。
だが、肥料は毎年必要になる。
つまり、継続的な需要がある。
「……これは大きいぞ」
俺は笑った。
翌朝、俺は増産の指示を撤回した。
ミリアが目を丸くする。
「昨日は増やすって言ったじゃありませんか」
「増やせるかどうかも確かめずに言った。俺の失敗だ」
「注文した農家には、どう説明します?」
「俺が直接話す」
商会の前には、昨日より長い列ができていた。
俺は台に上がり、頭を下げた。
「予約を受けた分を、約束の日までに全部届けることはできません」
怒鳴り声が飛んだ。
種まきの時期を逃せば、一年分の収穫に響く。
金貨を返せば済む問題ではない。
「じゃあ、何のために昨日並んだんだ!」
「うちの畑は去年の不作で借金だらけなんだぞ!」
俺は言い訳を飲み込んだ。
「まず、畑の状態を見せてください。急いで肥料が必要な畑から順番を決めます。判断の根拠は公開します」
「商人の勝手な順番だろう!」
「だったら農家の代表にも決めてもらう。俺一人では決めない」
その日の昼、俺はミリアと農村へ向かった。
土を握ってみると、同じ村でも畑の状態はまるで違う。
水はけの悪い畑、堆肥を入れすぎた畑、作付けを休ませるべき畑。
俺たちの肥料を入れれば何でも解決するわけではなかった。
年老いた農夫が、俺の手から土を取り上げた。
「この畑に肥料を山ほど入れたら、苗が焼けるぞ」
「……そんなことがあるのか」
「知らずに売っていたのか?」
返す言葉がなかった。
俺は鑑定で材料の価値を見ることに慣れすぎて、畑そのものを見ていなかった。
夕方、商会に戻ると試作品の袋から異臭がしていた。
雨に濡れた生ごみを急いで仕込んだため、処理が不十分だったのだ。
職人が慌てて袋を隠そうとした。
「捨てるな。まず隔離して、原因を調べる」
「でも、出荷が遅れます」
「不良品を売って農家の畑を駄目にしたら、商会が残っても意味がない」
俺は出荷待ちの袋を全部開けさせた。
ミリアは顔をしかめながらも、検査済みの札を一枚ずつ付け直してくれた。
二日後、農家の代表三人を呼んだ。
俺は不足している原料の量、製造に必要な日数、検査で落ちた袋数を隠さず示した。
「急ぐ畑には、今ある良品を優先して届けます。それ以外は納期を延ばしてください。待てない人には代金を返します」
代表の一人が机を叩いた。
「返金しても作物は育たん!」
「分かっています。だから、俺たちの肥料だけに頼らない方法も探します」
俺は村で教わった落ち葉と家畜の敷きわらを使う堆肥作りを提案した。
商会の職人を派遣し、温度と臭いを確認しながら安全に熟成させる。
即効性は劣るが、次の作付けに間に合う畑もある。
「それを教えたら、お前の肥料が売れなくなるぞ」
「畑が駄目になったら、来年買ってくれる人もいなくなる」
農夫はようやく口元を緩めた。
一週間後、俺は最初の優先出荷に同行した。
袋を受け取った農家の娘が、帳面の端に小さく花の絵を描いていた。
「何の絵だ?」
「今年、咲いてほしい花」
俺は袋の数ではなく、その子の畑に立つ苗を見た。
数字の向こうに暮らしがある。
ようやくそれが分かった気がした。
ミリアが小声で言う。
「王都のごみを集めれば、もっと肥料が作れますね」
「ああ。ただし、まず安全な作り方を王都にも持っていく」
「今度は、増産する前に調べるんですね」
「一度失敗したからな」
俺は笑った。
王都で拾うべきものは、ごみだけではなさそうだった。
その週、肥料を待つ農家の列で、最後尾の老人が注文書を破りかけていた。
「大きな農場に全部持っていかれる」
俺は先着順を取りやめ、一戸あたりの初回購入量に上限を設けた。
大口客からは抗議が来たが、ミリアが
「来月の分は予約できます」
と説明してくれた。
数日後、老人が小さな畑の芽を見せに来た。
売上帳簿の数字には現れない成果だった。
俺は増産の前に、誰に届いていないかを確認することにした。
その日の午後。
町役場から役人がやってきた。
「オリバ殿」
「はい?」
「王都から正式な調査依頼が届きました」
「調査?」
「はい」
役人は書類を広げた。
「あなたの肥料によって、農作物の収穫量が増えていると報告されています」
「まだ試験段階ですけどね」
「それでも、王都は注目しています」
俺は頷いた。
「なるほど」
役人は続けた。
「王国では、近年食料不足が問題になっています」
「そうなんですか?」
「はい。人口が増え、農地の生産力が追いついていないのです」
俺は少し考えた。
そして言った。
「……だったら、肥料をもっと作りましょう」
役人は目を丸くした。
「もっと?」
「はい」
俺は笑った。
「王国中の生ごみを集めれば、材料は大量にあります」
「……王国中?」
「そうです」
役人は黙った。
俺は続けた。
「町のごみを減らしながら、農業を発展させるんです」
役人はしばらく考え込んだ。
そして、深々と頭を下げた。
「……王都へ報告させていただきます」
俺は頷いた。
「お願いします」
農家の行列の最後尾に、売り切れの札を見て帰ろうとする親子がいた。
俺は次の配分表に、注文の早さだけでは決まらない欄を作った。
王都から来た役人は、帰り際にもう一枚の紙を差し出した。
王都の市場で毎朝捨てられる野菜くずの集計だ。
量はこの町の数倍。
だが運び出す費用が高く、農家に届く前に腐らせているという。
「肥料を作る場所があれば、王都のごみも減るのではありませんか」
と役人は言った。
俺は農家への未納分を指さした。
「先に、この約束を守る必要があります」
ミリアが王都向けの試験量と、地元の予約分を別の帳面に分けた。
王都に行く理由は、ただ商売を大きくするためではなくなった。
その夜、王都から届いた封書を開くと、調査の条件が増えていた。
『肥料の使用で畑が傷んだとの申し立てあり。
原因が確認されるまで王都への搬入を保留する』
ミリアが息をのむ。
「そんな。試験結果は提出したはずです」
「試験で問題がなくても、別の畑では違うかもしれない」
俺は以前、試作品で畑を傷めた農家の名前を帳簿から探した。
返金したから終わりにしていた相手だ。
翌朝、その農家と一緒に土を採り、配合と散布量を確かめた。
原因は肥料だけではなかった。
傷んだ畑には雨水がたまり、同じ量を使った隣の畑とは条件が違っていた。
それでも説明書に排水条件を書かなかったのは俺の責任だ。
王都の役人には、成功した畑の数字だけでなく失敗例も添えた。
搬入許可はすぐには出なかった。
三日後、役人から返事が届く。
『まず王都の試験畑一区画で検証せよ』
ミリアは封書を握りしめた。
「疑いは晴れたんでしょうか」
「まだだ。でも、調べる場所はもらえた」
俺は地元農家への未納票を鞄の上に置き、試験用の肥料袋に『排水確認』と赤く記した。
王都へ向かう荷馬車は、売り物より先に、失敗を確かめる道具を積んで出発した。




