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第65話 子どもが五人生まれたら、世界有数の大富豪の家が戦場になった

結婚から十数年。

俺とミリアには、五人の子どもが生まれていた。

長男、アルト。

長女、エマ。

次男、ルーク。

次女、リリィ。

三男、ノア。

年齢も性格も、全員違う。

だが一つだけ共通点があった。

全員、俺に似ていた。

それが、最大の問題だった。

ある朝。

「お父さん!」

長男アルトが走ってきた。

「何だ?」

「新しい商売を考えた!」

「おお」

「町の壊れた魔道具を、全部買い取るんだ!」

俺は笑った。

「いいな」

すると。

長女エマが叫んだ。

「お父さん!」

「今度は何だ?」

「お兄ちゃんが買い取った魔道具、私が修理する!」

「おお」

次男ルークも走ってきた。

「僕は運ぶ!」

次女リリィが手を上げた。

「私は売る!」

そして一番下のノアが叫んだ。

「ぼくは、おかねをかぞえる!」

俺は笑った。

「……完璧じゃないか」

すると。

背後から声がした。

「……オリバさん?」

俺は振り返った。

ミリアが立っていた。

笑顔だった。

とても綺麗な笑顔だった。

「……はい」

「子どもたちに、何を教えているんですか?」

「……商売?」

「まだ小さいんですよ!?」

「……はい」

「学校の勉強が先です!」

俺は頷いた。

「……そのとおりです」

子どもたちは一斉に笑った。

「お父さん、怒られた!」

「また怒られた!」

「お母さんの勝ち!」

俺は頭を抱えた。

世界有数の大富豪。

世界最大の商会の創業者。

古代文明の魔力炉を修理した男。

そんな俺でも。

妻には勝てなかった。

五人の子どもが同時に騒ぎ始めた朝、俺は世界の商会を動かしていたころの会議を思い出した。

あのときは指示を出せば人が動いた。

だが今、目の前の子どもたちは誰一人、俺の予定どおりに動かない。

ミリアが笑った。

「会長さん、まず一人ずつ話を聞いてください」

俺は膝をつき、子どもたちの声を順番に聞いた。

世界一難しい仕事は、きっとここにある。


その日の午後、子どもたちは宿題を終えると庭で木箱を並べた。

俺が手伝おうとすると、ミリアが首を振った。

「今日は見守る練習ですよ」

商会の会議なら口を出すのは簡単だったが、子どもの失敗を待つのは難しい。

翌週の日曜日だけ、安全な模型を使って店を開くことに決めた。

約束の日曜日。

俺は子どもたちの商売ごっこを一日だけ手伝うことになった。

ただし、ミリアと三つの約束をした。

学校の勉強を終えてから始めること。

町の人に迷惑をかけないこと。

そして、危険な魔石には絶対に触らないことだ。

「約束できるか?」

「できる!」

五人の声が重なった。

俺は念のため、魔道具の中身を抜いた安全な模型だけを庭へ運んだ。

アルトは木箱に『こわれたもの、ひきとります』と書いた札を立てた。

エマは工具を並べ、ルークは小さな荷車を引き、リリィは値札を作る。

ノアだけは机の上に銅貨を積み上げ、何度数えても一枚多くなると首を傾げていた。

「お父さん、商売って簡単だね」

アルトの言葉に、俺は笑いそうになった。

だが、その直後、近所のパン屋の女将が壊れた卓上灯を持ってきた。

「これ、直せるならお願いしたいんだけど」

エマは勢いよく受け取ったものの、留め具が外れず困ってしまった。

ルークが横から引っ張り、木箱ごと倒しかける。

「待て。まず持ち主に、どこが壊れたか聞こう」

俺が言うと、エマは女将に尋ねた。

灯りが消えたのは雨の日からで、表面には小さなひびがあるらしい。

「濡れたまま使ったら危ないね」

エマはようやく工具を置いた。

「今日は直せません。工房の人に調べてもらっていいですか」

女将はがっかりするどころか、安心した顔で頷いた。

「無理に動かさないでくれてよかったよ」

俺は娘の横顔を見た。

売上がなくても、正しい判断ができた。

それは初めての商売として悪くない。

ところが、午後になると別の問題が起きた。

アルトが集めた壊れた道具を、リリィが勝手に値札をつけて売ろうとしたのだ。

「まだ直してない!」

「でも、お客さんが欲しいって!」

二人の声が大きくなる。

ルークは荷車をどちらへ運ぶべきか迷い、ノアは銅貨を握りしめて泣き出した。

俺は仲裁に入ろうとして、ミリアに袖を引かれた。

「オリバさん。先に子どもたちに考えさせてみませんか」

俺は口を閉じた。

アルトは腕を組み、しばらくして札を裏返した。

「まだ直してないものは、売らない」

リリィも頷いた。

「じゃあ、直せたものだけ値段をつける。直せないものは持ち主に返す」

エマは修理の順番を書き、ルークは荷車の箱を二つに分けた。

ノアは涙を拭い、売れた物と売れていない物の銅貨を別々に数え始める。

「お父さん、これでいい?」

「俺が決めることじゃない。お客さんに説明できるなら、それでいい」

五人は顔を見合わせ、もう一度店を開いた。

夕方までに売れたのは、修理済みの小さな玩具が二つだけ。

材料費を引くと、利益は銅貨三枚だった。

アルトはその数字を見て肩を落とした。

「世界一のお金持ちの子どもなのに、これだけ?」

俺は自分の財布を取り出しかけ、途中で手を止めた。

昔の俺なら、足りない分を金で埋めてしまったかもしれない。

「三枚をどう使う?」

エマが答えた。

「明日の修理に使う部品を買いたい」

「僕は荷車の車輪を直したい」

とルーク。

リリィは売れた理由を知りたいと言い、ノアは三枚を一枚ずつ兄姉に配ろうとして止められた。

その騒ぎを聞きながら、俺は笑った。

俺の財産を五人に分けることは、いつかできる。

だが、失敗しても相談し、もう一度やり直す力は、金庫に入れて渡せない。

五人の足音が廊下を駆けていく。

会社のどんな緊急会議より騒がしい。

それでも、誰一人欠けてほしくない音だった。

帰り際、玩具を買った子が戻ってきた。

「車輪が曲がって、まっすぐ走らない」

大切な誕生日の贈り物だったと聞き、アルトの顔色が変わった。

返金すれば済むと思ったらしい。

だが子どもは玩具を抱きしめたまま、首を横に振った。

「走るところを弟に見せたかったんだ」

エマは修理した軸を調べ、無理に力をかけた自分の失敗だと認めた。

ルークが荷車の予備輪を持ってきたが、大きさが違う。

リリィは売り場の札を裏返して、新しい客に事情を説明した。

ノアは返金用の小箱に銅貨を分け、相手が選べるように机へ置いた。

「今日中には直せない」

エマが言うと、アルトは一度だけ唇を噛み、

「お金は返します。それでもよければ、明日、職人さんに一緒に相談させてください」

と頭を下げた。

買った子は銅貨を受け取らず、

「明日また来る」

と答えた。

俺は口を挟まなかった。

五人が初めて守ったのは、利益ではなく約束だった。

店を閉める前、ノアは修理台の隅に残った曲がった車輪を拾った。

「これも直せる?」

エマは首を振りかけたが、リリィが

「危ないなら飾りにしよう」

と言った。

ルークは角を削り、アルトは小さな箱に

「失敗した部品」

と書いた。

五人はそれを売らなかった。

直せないものにも、次の失敗を防ぐ役目があると知ったからだ。


翌朝、玩具を買った子は弟の手を引いて戻ってきた。

エマは職人に見てもらった軸を持ち出し、昨日どこを間違えたか自分の言葉で説明した。

ルークが台を水平にし、リリィが

「直らなければ返金します」

と先に伝えた。

ノアは銅貨を入れた小箱を開けたまま待った。

アルトがそっと玩具を押す。

車輪は曲がらず、庭の端までまっすぐ走った。

弟は両手を叩き、兄は何度も

「ありがとう」

と言った。

エマは笑うより先に、次は同じ失敗をしないよう軸の寸法を帳面に書いた。

俺は五人に言った。

「約束を守れたな」

アルトは首を振った。

「昨日は守れなかった。今日、やっと守れたんだ」

俺はその違いを忘れまいと思った。


翌日の夜、ようやく静かになった食卓で、ミリアが俺に尋ねた。

「今日は何を教えたんですか?」

「ほとんど何も。俺の方が教わったよ」

「何をです?」

「口を出さずに待つのが、こんなに難しいってことを」

ミリアは声を立てて笑った。

「それなら、明日の倉庫の片付けも、自分で考えて進めてくださいね」

俺は返事に詰まった。

世界中の商会を相手にしてきた俺が、また妻に一本取られた。

それでも、この家の騒がしさだけは、どんな金貨にも替えたくなかった。

修理を断った六件のうち一件は、客が祖母から受け継いだ時計だった。

エマは分解する前に

「元に戻せないかもしれません」

と告げた。

客はしばらく黙り、修理ではなく傷を増やさない保管方法を尋ねた。

五人は布と箱を選び、時計を返した。

直せないと認めることも、商売の大切な仕事なのだと知った。

食卓の脇には、五人が捨てずに残した不合格品の箱があった。

エマは

「次に失敗したとき、これを見れば分かるね」

と言い、ノアは箱の横に

「危ないときは止める」

と札を立てた。

俺は何も教えなかった。

五人が自分で失敗を覚え、次の誰かを守ろうとしている。

それが何より誇らしかった。

五人の間で、初めて店の休日をめぐる口論が起きた。

アルトは注文を逃したくないと言い、エマは疲れた手で細かい部品を扱うのが怖いと言った。

結局、毎週一日だけ店を閉め、急ぎの依頼は近所の職人に紹介することにした。

休日の朝、五人が揃って朝食を食べているのを見て、俺は少し驚いた。

仕事を増やすことだけが商売の成長ではない。

自分たちの暮らしを守る約束を、五人は俺より早く覚えたのかもしれなかった。

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