第64話 新婚旅行に行ったら、またごみ山を買ってしまった
結婚式から一週間後。
俺とミリアは新婚旅行に出発した。
行き先は、南方の美しい島。
青い海。
白い砂浜。
温暖な気候。
そして、豪華な宿。
「オリバさん!」
ミリアが嬉しそうに言った。
「今度こそ、仕事は禁止ですよ!」
「分かってる」
「本当ですか?」
「ああ」
「ごみ山を見つけても?」
「……努力する」
「努力じゃなくて、約束してください!」
俺は笑った。
「分かったよ」
翌日。
俺たちは海岸を散歩していた。
ミリアは楽しそうだった。
「綺麗な海ですね」
「ああ」
「ずっと、こうしていたいです」
「そうだな」
そのとき。
俺は砂浜に落ちているものを見つけた。
黒い金属片。
「……ん?」
ミリアが振り返った。
「オリバさん?」
俺は金属片を拾った。
素材鑑定。
【古代魔導合金】
再利用可能率:96%
推定価値:金貨五十枚
俺は固まった。
「……おお」
ミリアが目を細めた。
「オリバさん?」
「……何でもない」
「何を拾ったんですか?」
「……ただの金属片」
ミリアは俺の手を見た。
そして
「……鑑定しましたね?」
「……はい」
「仕事は禁止と言いましたよね?」
「……はい」
ミリアは笑顔で言った。
「オリバさん」
「はい」
「新婚旅行中にごみ山を買ったら、どうなると思います?」
俺は考えた。
そして答えた。
「……離婚?」
「そこまではしません!」
ミリアは叫んだ。
「でも、一週間口をききません!」
俺は青ざめた。
「それは困る!」
ミリアは笑った。
「なら、仕事は禁止です!」
「分かった!」
俺は金属片を元の場所へ戻した。
そして、ミリアの手を取った。
「……行こうか」
ミリアは嬉しそうに笑った。
「はい!」
島の主人から相談を受けたとき、俺はすぐに引き受けるつもりだった。
だがミリアが俺の袖を引いた。
「まず、誰が困っているのか聞きましょう」
俺は頷き、主人に事情を尋ねた。
処分場は昔、島の工房で使っていた場所らしい。
工房が閉じたあと、雨が降るたび金属片が海へ流れ、漁師の網を傷つけているという。
「それなら早く片づけないと」
「ええ。ただ、島の人たちがどうしたいかも確かめましょう」
新婚旅行中なのに、ミリアの方がよほど冷静だった。
翌朝、俺たちは漁師たちの集会に顔を出した。
観光客が増える一方で、網の修理費がかさんでいると聞いた。
年配の漁師は俺を見て眉をひそめた。
「大商会が来て、金になるものだけ持っていくんじゃないだろうな」
「そう思われても仕方ありません」
俺は答えた。
「俺が買い取る前に、何が危険かを一緒に確かめたい。費用も隠しません」
漁師たちに案内されて処分場を見ると、斜面には古い魔導合金が散らばっていた。
だが、その下には割れた瓶や鋭い鉄板も埋まっている。
価値のある合金だけ抜き取れば、斜面が崩れて危険物が海へ流れかねない。
「順番を間違えると、海をもっと汚します」
俺は地面に簡単な図を描いた。
先に雨水の流れを変え、危険な破片を取り除き、そのあとで資源を回収する。
漁師の一人が図を見て言った。
「俺たちも手伝える。網を張る場所なら分かる」
問題は資金だった。
処分場の土地は宿の主人のものではなく、島の共同管理地だった。
勝手に買うことはできない。
「それなら、買い取る話は一度やめよう」
俺が言うと、主人は驚いた。
「オリバ様ほどの方なら、すぐに契約できると思っていました」
「俺が金を持っていることと、島の人たちが納得することは別です」
ミリアが小さく頷いた。
結局、俺たちは所有権を移さず、回収した資源の売上を処理費に充てる共同事業の案を出した。
赤字になる場合の負担も先に決め、島の代表が確認できる帳簿を作る。
これなら、俺たちが帰ったあとも作業を続けられる。
午後には、若い漁師が試験回収を手伝ってくれた。
ところが、最初に引き上げた金属板の下から大量の細かな破片がこぼれた。
「危ない、下がって!」
俺は声を上げた。
作業を止め、周囲に柵を置く。
若者の腕に浅い傷がついていた。
大事には至らなかったが、俺は自分の判断の甘さを悔やんだ。
「すまない。もっと慎重に始めるべきだった」
若者は首を振った。
「止めてくれたから助かったよ。次は道具を変えよう」
彼の言葉に救われた。
俺はその日の作業を打ち切り、専門の職人に安全な回収方法を相談することにした。
夕方、宿へ戻るとミリアが二人分の茶を用意していた。
「今日は、もう仕事の話はおしまいです」
「はい」
「本当に?」
「本当だ。明日からの作業は島の人たちに任せる」
ミリアはようやく安心したように笑った。
「オリバさん、私が怒ったのは、ごみ山を見つけたからじゃないんです」
「じゃあ、どうして?」
「一緒に見たい景色があるのに、いつも先に仕事へ走ってしまうからです」
胸が痛んだ。
彼女はずっと俺と働いてきた。
だからこそ、仕事をしない時間も一緒に過ごしたかったのだ。
「悪かった。明日は朝から船に乗ろう。魚を見て、昼寝して、夕日まで帰らない」
「鑑定は?」
「使わない」
「契約書は?」
「開かない」
「ごみ山は?」
「遠くから眺めるだけだ」
ミリアは笑って、俺の肩にもたれた。
翌日、俺たちは小さな船で湾を巡った。
海面に光が跳ね、風がミリアの髪を揺らす。
岸の向こうに処分場の丘が見えたが、俺は目を戻した。
「気になりませんか?」
「気にはなる。でも、今はこっちの方が大事だ」
「こっち?」
俺はミリアの手を握った。
「お前と見ている海だよ」
ミリアはしばらく黙り、やがて嬉しそうに笑った。
金貨で買えるものは増えた。
でも、今日の一日は買い直せない。
俺はそのことを、ようやく少し分かり始めていた。
島の若い船大工は、俺が帰ると知って不安そうにした。
「次に壊れたら、誰が決めるんですか」
俺は修理道具を渡すのではなく、彼が書いた点検表に署名を求めた。
「君が決める。危ないときは止める。それを俺が保証する」
船大工は震える手で名前を書いた。
ミリアは桟橋で待っていた。
俺はその日、初めて仕事の結末を他人に任せて船に乗った。
帰りの船でミリアが小さな紙を差し出した。
そこには旅行中にしたいことが三つ書いてあった。
「海を見る、貝を拾う、二人で昼寝する」
俺は最後の一つに印がないことに気づいた。
「今からでも間に合うかな」
「船が着くまでなら」
俺たちは甲板の椅子を二つ並べた。
目を閉じる直前、ミリアが笑う。
「次にごみ山を買うなら、まず私に相談してくださいね」
「新婚旅行中は買わない」
「もう買いましたよ」
言い返せず、二人で吹き出した。
新婚旅行の最終日、宿の主人が港まで見送りに来た。
島の職人が主体となる計画が動き出していた。
「処分場の件、島の職人たちと相談を始めました」
と言う。
俺は渡された図面を開きかけ、ミリアの顔を見て閉じた。
「必要な資料は帰ってから送ってください。現地の皆さんが決める仕事です」
主人は驚いたあと、深く頭を下げた。
ミリアが小さく笑う。
「今日は、何をする日ですか」
「君と帰る日だ」
船が岸を離れると、白い砂浜がゆっくり遠ざかった。
俺は荷物の底にしまった帳簿を取り出さなかった。
島の問題を放り出したわけではない。
自分が全部抱え込まなくても、仕事を続けられる人たちがいる。
隣に座るミリアの手を握った。
「また来よう。今度は最初から休むために」
「約束ですよ」
俺は頷いた。
商会を大きくしたときより、たった一日の約束を守れたことが、今日は誇らしかった。
帰りの船室でミリアは、俺が帳簿を開かないのを見て驚いた。
「具合でも悪いんですか」
俺は笑って首を振った。
「今日は君の話を聞く日だ」
彼女は島で見つけた小さな貝殻を見せた。
俺たちはその名前を知らなかった。
知らないまま眺める時間も、悪くなかった。
帰国後、ミリアは旅行中に買ったごみ山の帳簿を閉じた。
「島の皆さんから、最初の点検報告が来ました」
俺は返事の宛名を現地の船大工にした。
儲けの計算より、彼らが自分で決めたことを喜びたかった。




