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第60話 異世界でごみを買い取ったら、世界有数の大富豪になった(最終話)

あの最後のごみ山を買い取ってから、十年が過ぎた。

世界は、大きく変わっていた。

かつては、壊れた魔道具は捨てるのが当たり前だった。

使い終わった魔石も。

鉱山の廃石も。

魔物の骨も。

古い金属も。

すべて、ごみとして扱われていた。

だが、今は違う。

壊れた魔道具は、修理される。

使い終わった魔石は、再生される。

鉱山の廃石からは、希少金属が回収される。

魔物の骨は、肥料や工業材料になる。

古い金属は、再び製品に生まれ変わる。

そして世界中に、資源再生工房が作られていた。

オリバ資源商会。

かつて俺が作った小さな商会は、今では世界最大級の企業になっていた。

従業員、十万人。

回収拠点、三千か所。

工房、五百か所。

取引先、数十万社。

年間売上、金貨一億枚。

世界中の人々が、その名前を知っていた。

だが俺は、そんなことを気にしていなかった。

王国の片田舎。

小さな町。

俺は、今日も店の前を掃除していた。

看板には、こう書かれている。

オリバのごみ屋

「……よし」

俺は箒を立てかけた。

すると。

小さな男の子がやってきた。

「おじさん!」

「何だ?」

「これ、買ってくれる?」

男の子は、壊れた魔道具を差し出した。

俺は受け取った。

「見てみよう」

素材鑑定を発動する。

【古い家庭用魔道具】

状態:破損

再利用可能率:89%

俺は笑った。

「買えるぞ」

男の子は目を輝かせた。

「本当!?」

「ああ」

俺は銅貨を三枚渡した。

男の子は嬉しそうに笑った。

「ありがとう!」

そして、走っていった。

俺はその背中を見送った。

「……元気だな」

すると。

店の奥からミリアが出てきた。

「オリバさん」

「ん?」

「また子供からごみを買ったんですか?」

「ああ」

「いくらで?」

「銅貨三枚」

ミリアは笑った。

「……相変わらずですね」

俺も笑った。

「そうだな」


その日の午後。

一人の若い商人が店を訪れた。

「……あの」

「いらっしゃい」

青年は緊張した顔をしていた。

「オリバ様ですか?」

「そうだが」

青年は深く頭を下げた。

「お会いできて光栄です!」

俺は苦笑した。

「そんなに緊張しなくていいぞ」

青年は顔を上げた。

「私は商人を目指しています!」

「そうか」

「オリバ様のようになりたいんです!」

俺は笑った。

「それは大変だな」

青年は真剣な顔で尋ねた。

「どうすれば、世界有数の大富豪になれますか?」

俺は少し考えた。

そして答えた。

「……価値を見つけることだな」

青年は首を傾げた。

「価値?」

「ああ」

俺は店の棚を指さした。

壊れた魔道具。

古い魔石。

金属くず。

修理途中の道具。

「皆がごみだと思っているものでも、使えることがある」

青年は頷いた。

「はい」

「皆が価値がないと思っているものでも、工夫すれば役に立つ」

俺は笑った。

「だから、よく見て、よく考えることだ」

青年は真剣に頷いた。

「……分かりました!」

俺は続けた。

「それと、もう一つ」

「何でしょう?」

「人を騙して儲けようとしないことだ」

青年は目を見開いた。

「……はい」

「長く商売を続けるなら、信用が一番大切だからな」

青年は深く頭を下げた。

「ありがとうございます!」

そして、店を出ていった。

夕方。

俺は店の外に椅子を出して座っていた。

ミリアが紅茶を運んできた。

「どうぞ」

「ありがとう」

俺は紅茶を飲んだ。

遠くの空が、夕焼けに染まっている。

町には、魔道具の明かりが灯り始めていた。

かつては高価だった魔道具。

今では、普通の家庭でも使えるようになっている。

俺はその光景を見つめた。

「……変わったな」

ミリアが頷いた。

「そうですね」

「最初は、何もなかった」

「はい」

「金貨一枚で、ごみ山を買った」

「そうでしたね」

「皆に笑われた」

ミリアは笑った。

「そうでした」

俺も笑った。

「……懐かしいな」

しばらく、二人で夕焼けを見ていた。

そしてミリアが静かに尋ねた。

「オリバさん」

「ん?」

「もし、もう一度最初からやり直せるとしたら……」

俺はミリアを見た。

「……何だ?」

「また、ごみ山を買いますか?」

俺は少し考えた。

そして笑った。

「もちろん」

ミリアも笑った。

「……やっぱり」

俺は続けた。

「だって」

「?」

「まだ使えるものを捨てるなんて、もったいないだろ?」

ミリアは嬉しそうに頷いた。

「……そうですね」

そのときだった。

店の前に、一台の荷馬車が止まった。

御者が降りてくる。

「すみません!」

「はい?」

「こちら、ごみを買い取ってくれる店ですか?」

俺は立ち上がった。

「もちろんです」

御者は安心したように笑った。

「助かりました!」

そして、荷馬車の荷台を見せた。

そこには、大量の壊れた魔道具が積まれていた。

俺は目を輝かせた。

「……おお」

ミリアが笑った。

「オリバさん」

「何だ?」

「また、宝の山ですか?」

俺は頷いた。

「ああ」

そして、笑った。

「最高の宝の山だ」

俺は荷馬車から、壊れた魔道具を一つ手に取った。

素材鑑定を発動する。

【古い照明魔道具】

状態:破損

修復可能率:97%

俺は笑った。

「……直せるな」

ミリアが隣で微笑んだ。

「そうですね」

俺は御者に言った。

「全部、買い取りますよ」

御者は目を輝かせた。

「本当ですか!?」

「ああ」

俺は頷いた。

「もちろん」

そしていつもの言葉を口にした。

「だって、まだ使えるじゃないか」

夕焼けの中。

小さなごみ屋の明かりが、静かに灯った。

世界有数の大富豪になった男は、今日も楽しそうにごみを拾っている。

それが、俺の人生だった。

そしてこれからも、きっと変わらない。

俺は店の奥から、最初に買い取ったごみ山の契約書を取り出した。

紙の端は擦り切れ、金貨一枚と書かれた数字だけが妙にはっきり残っている。

あのときは自分の目利きさえあれば十分だと思っていた。

だが、今なら違うと分かる。

荷車を引いてくれた人、失敗を叱ってくれた人、損を承知で取引を続けてくれた人がいたから、ここまで来られた。

俺は契約書を金庫へ戻さず、店の入口に飾ることにした。

隣で釘を打つミリアの手を見て、俺はようやく気づいた。

どの契約書にも彼女の名前があるのに、二人のこれからを言葉にして約束したことはない。

湖へ出かけた日も、俺は肝心なことを言いそびれた。

今さら何を言えばいいのか分からず、俺は釘を一本余計に落とした。

初めて来た客が笑ってくれても構わない。

俺たちの仕事は、誰かに笑われた場所から始まったのだから。

店の前で、さっきの御者が荷台の縄を結び直していた。

俺が受け取った古い照明魔道具を見て、彼は首を傾げる。

「本当に、また灯るんですか」

「俺一人じゃ無理だ。明日、町の職人に中を見てもらう」

すると通りがかった少年が、

「父ちゃんの店なら配線を直せるよ」

と声を上げた。

御者がその少年に礼を言い、ミリアが職人の名を帳面に書き足す。

俺は契約書の金貨一枚の文字を指でなぞった。

あの日、ごみ山の前で笑った人たちがいた。

今は、壊れた灯りを前に、直し方を相談する人たちがいる。

「オリバさん、明日の予定は?」

ミリアが尋ねる。

「午前中は職人に会う。そのあとは?」

「今日は店の看板を直しましょう。少し傾いています」

俺は看板を見上げた。

確かに右端が下がっている。

「世界一の商会を作っても、看板一本まっすぐにできないのか」

「一緒に直せばいいんですよ」

向かいの職人が、工具を片手に店をのぞいた。

「古いランプの芯なら、うちに予備がある」

ミリアは預かり帳を開き、職人の名前を記した。

俺一人の鑑定で直せないものも、隣の店となら直せるかもしれない。

夕暮れの通りには、まだ仕事帰りの人の足音が続いていた。

閉店の札を裏返すと、通りの向こうで夕食の支度をする音が聞こえた。

今日の売上は、昔の商会なら帳簿の端にも載らない額だ。

それでも、壊れた品を持ち込んだ人には修理先が見つかり、向かいの職人には明日の仕事ができた。

ミリアは小さな帳簿を棚へ戻し、明日のための白紙を一枚残した。

「何が来るでしょうね」

俺は答えなかった。

何が来ても、まず話を聞けばいい。

世界一の大富豪になって、ようやく覚えた商売の始め方だった。

――本編・完――

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