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第58話 世界有数の大富豪の店に、世界中の王様がやってきた

ある日の午後。

俺は店で壊れた魔道具を修理していた。

すると。

店の前に、豪華な馬車が止まった。

「……何だ?」

扉が開く。

現れたのは、帝国皇帝アレクシスだった。

俺は固まった。

「……陛下?」

皇帝は笑った。

「久しぶりだな、オリバ!」

「どうして、こんなところに?」

「噂を聞いてな」

皇帝は店の看板を見上げた。

「世界有数の大富豪が、ごみ屋を始めたそうじゃないか」

俺は笑った。

「そうなんですよ」

皇帝は大声で笑った。

「ははは!」

そして、店に入った。

「面白い!」


その日の夕方。

今度は王国の国王がやってきた。

さらに、海洋国家の代表。

北方諸国の使節。

そして、各国の商人たち。

気づけば、小さな店の前に豪華な馬車が並んでいた。

町の人々は大騒ぎだった。

「何が起きてるんだ!?」

「皇帝陛下がいるぞ!」

「国王まで来た!」

「この店、何なんだ!?」

俺は頭を抱えた。

「……おいおい」

ミリアは笑っていた。

「オリバさん、大人気ですね」

「困ったな」

「どうしてです?」

「店の前が混雑してる」

ミリアは大声で笑った。

「ははは!」


翌朝、俺は店の前に新しい札を立てた。

『馬車の停車は広場へ。

店の前は歩行者優先』

昨日は王様たちの馬車で通りが塞がり、パン屋の配達が一時間遅れた。

近所の人に迷惑をかけてまで、偉い客を迎えるつもりはない。

ところが札を立てていると、町の役人が慌ててやってきた。

「皇帝陛下に歩かせるおつもりですか」

「はい。広場からならすぐです」

役人は顔を青くした。

「前例がありません」

俺は首を傾げた。

「歩くのに前例が要りますか」

ミリアが隣で吹き出した。

その日の昼、王国の使節が先に到着した。

使節は分厚い注文書を差し出した。

「国王陛下は、この店の品をすべて買い上げるよう仰せです」

俺は棚を見た。

修理待ちの鍋、子供が持ち込んだ古時計、近所の職人から預かった工具。

どれも売り物ではない。

「申し訳ありません。持ち主がいる品です」

使節は眉をひそめた。

「国王のご命令ですぞ」

俺は預かり票を見せた。

「王様の命令でも、他人の物を勝手に売れません」

使節は言葉を失った。

そこへパン屋のおばさんが顔を出した。

「その鍋、明日までに返しておくれよ」

俺は大きく頷いた。

「もちろんです」

噂を聞いた町の子供たちは、王様に会えると店の前に集まってきた。

けれど、混雑のせいで年寄りが道を渡れず、修理屋の荷車も通れない。

俺は店を一時閉め、ミリアと人の流れを整理した。

護衛兵が

「危険です」

と止めたが、俺は店先の段差に立って声を張った。

「今日は見物より先に、道を空けてください。怪我人が出たら店は続けられません」

子供たちは不満そうだったが、町の教師が一緒に誘導してくれた。

広場に簡単な待機場所を作ると、ようやく道が通れるようになった。

夕方、アレクシス陛下が再び姿を見せた。

今度は広場から歩いてきたらしく、靴に土がついていた。

「お前の店は皇宮より入るのが難しいな」

俺は頭を下げた。

「申し訳ありません。町の人の通り道なので」

陛下は笑った。

「構わん。それより、頼みがある」

差し出されたのは、金の装飾が付いた古い懐中時計だった。

「先帝の形見だ。動かなくなって久しい」

俺は慎重に蓋を開けた。

内部の歯車は摩耗し、魔力を通す細い線も切れている。

「俺だけでは直せません」

陛下の顔が曇った。

「お前でもか」

俺は頷いた。

「でも、この町に腕のいい修理屋がいます」

修理屋の主人は、皇帝を前にしても態度を変えなかった。

「古い物です。急いで直せば、かえって壊します」

護衛兵が顔をしかめたが、陛下は静かに頷いた。

「どれほどかかる」

「七日。部品が見つかれば」

俺は古い金属から適した材料を探す役を引き受けた。

陛下は時計を預けると、主人の手を見た。

「ずいぶん傷が多いな」

「仕事をしてきた手です」

陛下はそれ以上何も言わなかった。

俺は横で聞きながら、王様に必要なのは立派な接待より、正直な職人なのかもしれないと思った。


七日後、時計は小さな音を立てて動き出した。

修理屋の主人が陛下へ渡すと、陛下は耳元に当て、しばらく目を閉じた。

「父が机に置いていた音だ」

その声は、皇宮で聞いたどんな命令よりも静かだった。

陛下は多額の報酬を申し出たが、主人は決めた修理代だけを受け取った。

「次に壊れたら、また持ってきてください」

陛下は笑い、深く頷いた。

俺はそのやり取りを見て、この店が大きな商売をしない理由を改めて理解した。

物の値打ちは、持ち主の記憶にもある。

王たちが帰った翌朝、店の前に杖をついた老人が立っていた。

「昨日は馬車が多くて、ここまで来られなかった」

俺は頭を下げ、壊れた湯沸かし器を預かった。

料金表を見た老人が、ほっとした顔になる。

「偉い人が来る店は、何でも高くなると思っていた」

俺はミリアと相談し、王族や使節が訪ねてくるときの決まりを一枚の紙にまとめた。

予約は必要。

護衛の人数は町の道幅に合わせる。

一般の客を追い返さない。

修理の順番を金や地位で変えない。

「昨日、この人を待たせてしまいました」

と俺が言うと、老人は首を振った。

「今度はわしが、後から来た客に順番を譲れる。店が続いてくれればそれでいい」

ミリアは規則の下に、町の人が相談できる窓口も書き加えた。

俺は老人の湯沸かし器を作業台に置き、最初のねじを外した。

ミリアは予約帳を開いた。

次の欄には、近所のパン屋の名前がある。

王たちの名刺は引き出しにしまい、俺は目の前の湯沸かし器に向き直った。

老人は部品を眺めながら、昔はこの通りに小さな鍛冶場があったと教えてくれた。

「あのころは、壊れたらまず隣の職人に聞いたもんだ」

俺は作業台の傷を指でなぞった。

店を開いたころ、こんな会話ができるとは思っていなかった。

皇帝の時計と老人の湯沸かし器は、同じ棚に並べなかった。

先に預かった物から順に修理する。

店の外で待つ馬車の数が違っても、壊れた物を大切に思う気持ちに順番はつけられない。

修理が終わると、老人は湯沸かし器を抱えて立ち上がった。

「妻が生きていたころ、毎朝これでお茶を沸かしたんだ」

老人は蓋の小さな傷を撫でた。

「新品に替えろと言われたら、どうしようかと思っていた」

俺は使った部品だけを帳面に記し、約束した修理代を受け取った。

店の外ではパン屋が焼き上がりの鐘を鳴らす。

老人は戸口で振り向いた。

「皇帝の時計を直した人が、こんな古い湯沸かし器まで直してくれるとはな」

俺は首を振った。

「どちらも、持ち主が手放したくない物でしょう」

老人は笑い、帽子を持ち上げた。

王たちの馬車はもうない。

湯沸かし器から漏れた温かな湯気だけが、いつまでも店先に残った。

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