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第57話 世界有数の大富豪が、小さなごみ屋を開いた

王国の片田舎。

小さな町。

俺は、そこに一軒の店を開いた。

看板には、こう書かれている。

オリバのごみ屋

壊れた魔道具。

使い終わった魔石。

古い金属。

修理できる道具。

何でも相談してください。

俺は看板を見上げた。

「……いいな」

ミリアが笑った。

「本当に、小さなお店ですね」

「ああ」

「世界有数の大富豪が開く店には見えません」

「それでいいんだ」

俺は笑った。

開店初日。

最初のお客さんは、小さな女の子だった。

「……あの」

「いらっしゃい」

女の子は、壊れた照明魔道具を持っていた。

「これ、直せますか?」

俺は受け取った。

「見てみよう」

素材鑑定を発動する。

【家庭用照明魔道具】

状態:魔力導線断線

修復可能率:98%

俺は笑った。

「直せるよ」

女の子は目を輝かせた。

「本当!?」

「ああ」

「でも……」

女の子は小さな財布を見せた。

「お金、これしかないの」

中には、銅貨が三枚。

俺は少し考えた。

そして言った。

「じゃあ、銅貨一枚で直そう」

女の子は驚いた。

「……いいの?」

「ああ」

俺は笑った。

「部品代は、それで足りるからな」

開店して三日目、俺は早くも困っていた。

町の人が、壊れた物を持ってきてくれないのだ。

「大商会の会長だった人に、こんな古鍋を見せられないよ」

近所のパン屋のおばさんが言った。

俺は苦笑した。

「むしろ古鍋が好きで始めた店なんです」

おばさんは半信半疑のまま、取っ手の外れた鍋を置いていった。

直して返すと、翌朝には椅子の脚、錆びた鋏、動かなくなった時計が並んだ。

俺は嬉しくて、開店前から工具を磨いた。

だが、四日目に別の問題が起きた。

町の修理屋の主人が店へ怒鳴り込んできた。

「あんたが銅貨一枚で直したら、俺たちは食っていけない」

俺は返す言葉を失った。

部品代だけをもらうつもりだったが、修理屋は技術と時間で暮らしている。

大金持ちの俺が安値で客を奪えば、町の仕事を壊してしまう。

主人は腕を組んだ。

「金持ちの道楽なら、よその町でやってくれ」

ミリアは俺の横で黙っていた。

反論できないのは、主人の言葉が正しかったからだ。


その夜、俺は最初の女の子が払った銅貨一枚を机に置いた。

親切にしたつもりだった。

でも、親切の裏で誰かの暮らしを削っていたかもしれない。

「どうしますか」

とミリアが聞いた。

「値段を見直す。それから、町の修理屋と役割を分けたい」

翌朝、俺は主人の工房を訪ねた。

棚には修理待ちの時計が山積みで、奥には魔力導線の切れた照明が並んでいた。

「全部一人で直すんですか」

「他に職人はいない」

俺は思いついた。

「うちで部品の再生だけ引き受けます。修理の依頼はそちらへ回す。俺は直せない物の材料を探す仕事をする」

主人はしばらく黙っていた。

「それであんたは儲かるのか」

「少しは。でも、面白いんです」

最初の共同作業は失敗した。

俺が再生した歯車の寸法がわずかに合わず、古時計の針が逆に動いてしまった。

主人は腹を抱えて笑った。

「世界一の商会を作った男でも、時計は下手か」

俺も笑った。

「だから教えてください」

彼は職人の目つきに戻り、歯車の削り方を一から教えてくれた。

夕方、時計は正しい時刻を刻み始めた。

主人はそれを依頼人へ届け、俺には部品代と少しの手間賃を払った。

大商会の頃の利益に比べれば小さな金額だが、俺はその銅貨を何度も眺めた。

町の人から初めて修理の苦情を受けたのは、雨の午後だった。

俺が直した傘の骨が、強い風でまた折れたのだ。

依頼人は怒ってはいなかったが、俺は恥ずかしかった。

「代金を返します」

「それより、次は折れないようにしておくれ」

俺は傘を分解し、修理屋と一緒に原因を探した。

再利用した金具は丈夫でも、古い布を引っ張りすぎていた。

俺は作業記録に失敗を書き、店先に貼った。

すると翌日、近所の裁縫屋が

「布の張り方なら教えられる」

と訪ねてきた。

金属だけ見ていた俺には分からないことが、町にはいくらでもある。

新しい店を始めてから、俺は毎日誰かに教わっていた。

ミリアは修理の失敗を書いた紙を壁に貼るとき、少し迷っていた。

俺は言った。

『隠したら、同じ失敗を誰かが繰り返す』

ある日、古い懐中時計を預けた客の息子が店に来た。

「父が亡くなった。時計を返してほしい」

ところが翌朝には、別の家族が同じ時計を受け取りに来た。

俺はどちらにも渡せず、預かり票と依頼時の記録を確かめた。

時計は形見で、家族の間で誰が持つか決まっていなかったのだ。

大商会の頃なら契約担当に回して終わりだったかもしれない。

俺は二人に、修理を終えるまでに家族で話し合ってほしいと頼んだ。


数日後、息子は時計を持ち帰らず、母親の部屋に置くと決めた。

「動く音を一緒に聞きたいから」

俺は修理代の領収書に、引き渡し先を本人たちの言葉で記した。

物を直すことと、物を誰に返すかは別の仕事なのだ。

一週間後、最初の女の子がまた来た。

照明が壊れたのではない。

祖母が使う古い湯沸かし器を抱えていた。

「今度はちゃんとお金を持ってきたよ」

俺は器具を調べ、近所の修理屋へ案内した。

「あっちのおじさんのほうが、これを直すのは上手なんだ」

女の子は不思議そうに聞いた。

「おじさんのお店なのに、別のお店に行くの?」

「そう。町に直せる人が増えたほうが、みんな困らないだろ」

女の子は少し考えてから頷いた。

「じゃあ、両方のお店が好き」

俺はその言葉が嬉しかった。


やがて店の前には、売り物ではない棚ができた。

壊れた道具の見本と、直し方を書いた小さな札を置いた。

子供たちが学校帰りに立ち寄り、どの部品が再利用できるかを当てる遊びを始めた。

ミリアは黒板に

「今日の発見」

と書き、拾った釘一本でも記録した。

ある日、少年が曲がった金属片を持ってきた。

「これ、ごみ?」

「まだ分からない。何に使えると思う?」

少年は考え込み、靴の留め具にできると言った。

俺は一緒に金属を磨いた。

小さな店の奥に、昔の工房と同じ音が戻ってきた。

夜、売上帳を閉じると、利益はわずかだった。

それでも赤字ではない。

俺は一日の修理件数より、直せなかった品の理由を詳しく書いた。

町の修理屋と相談すれば、明日は直せるかもしれない。

ミリアが温かい茶を差し出した。

「大商会の会長だった頃より、楽しそうですね」

「ああ。今日は時計の歯車に負けたけどな」

「明日は勝てますよ」

俺は笑った。

大きな商会を動かす喜びとは違う、手の届く距離にある喜びだった。

帳簿の隅には、最初の女の子が払ってくれた銅貨一枚の記録が残っていた。

ミリアが指でその行をなぞる。

「世界有数の大富豪なのに、銅貨一枚の商売ですね」

「だからこそ、受け取った金額も、直した物も忘れたくないんだ」

俺は帳簿を閉じ、翌日の予約票を三枚並べた。

一枚目は傘の再点検。

二枚目は時計の歯車。

三枚目は、まだ直し方の分からない古い玩具だった。

「三件とも、あなた一人でできますか」

とミリアが尋ねた。

「無理なものは無理だと言うよ。その代わり、直せる人を一緒に探す」

ミリアは笑い、修理屋と裁縫屋の名前を予約票の余白に書き加えた。

明日の修理予約は三件だけだった。

世界中の注文書より、今はその三枚をきちんと守りたかった。

少女が帰ったあと、俺は依頼票の金額欄を空けた。

調べても直せないことはあるし、直す費用が高すぎることもある。

明日、事実を伝えるところからこの小さな店の商売が始まる。

閉店後、店の戸を叩く音がした。

最初に銅貨一枚を払った女の子が、壊れた玩具を抱えて立っていた。

「今日の予約じゃないけど、明日まで待てる?」

「もちろん。まず名前を聞いてもいいかい」

女の子は玩具の持ち主の名を教えてくれた。

自分の物ではなく、病気で外へ出られない友達の物だという。

俺は予約票の三枚目に、その名前を書き足した。

「直せるかはまだ分からない。でも、調べる約束はできる」

女の子はほっとして帰っていった。

ミリアが店の鍵を一本取り、窓辺に掛ける。

「明日は忙しくなりそうですね」

「大商会の頃より、少しだけな」

俺たちは笑った。

明日の仕事は、たった三件。

けれど、そのうち一件には、まだ会ったことのない誰かの笑顔がかかっていた。

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