第54話 世界中の王様から勲章をもらったので、倉庫にしまった
帝国皇宮。
巨大な謁見の間。
俺は皇帝の前に立っていた。
「オリバよ」
「はい」
「そなたの功績は、帝国だけでなく世界全体に及ぶ」
皇帝アレクシスが言った。
「資源の再利用」
「古代文明の復旧」
「魔力供給の安定」
「そして、各国の産業発展」
皇帝は微笑んだ。
「よって、帝国最高の勲章を授ける」
俺は頭を下げた。
「ありがとうございます」
勲章をもらった翌朝、帝国の式典担当官が俺を訪ねてきた。
金糸の制服を着た男は、表彰状より厚い書類を机に置いた。
「授章に伴い、皇宮の資源事業を優先的に受注する権利が発生します」
俺は契約書を開き、三枚目で手を止めた。
優先受注と引き換えに、帝国が求める資源を他国へ回せなくなる。
これでは各国が協力して復旧した魔力炉の恩恵を、帝国だけが先取りすることになる。
「ありがたい申し出ですが、この条項では署名できません」
担当官の顔から笑みが消えた。
「陛下のご厚意を断るおつもりですか」
俺は首を横に振った。
「勲章には感謝しています。でも、勲章と契約は別の話です」
男は書類を閉じ、皇帝に報告すると言って去った。
ミリアは扉が閉まるまで黙っていた。
「怒らせたでしょうか」
「たぶんな」
俺だって怖くないわけじゃない。
世界中に工房があるとはいえ、帝国との取引が止まれば、現地の職人が真っ先に困る。
俺は表彰式で受け取った勲章を机に置いた。
重い金属の裏には、小さな文字で『万人の暮らしを支えた功績』と刻まれていた。
「万人、か」
帝国の人間だけを指す言葉ではないはずだ。
俺は各国の資源配分表を作り直した。
復旧が遅れている地域、冬を越せない村、魔力供給の不足する病院を優先する。
数字を隠さず示せば、断る理由も伝わるかもしれない。
三日後、皇宮に呼び戻された。
謁見の間ではなく、皇帝の執務室だった。
アレクシス陛下は契約書を指で叩いた。
「私の褒賞が不満か」
「いえ。むしろ光栄です」
「ならば、なぜ断った」
俺は持参した地図を広げた。
帝国の工場に資源を集中させた場合、北方の暖房設備の修理が一か月遅れる。
砂漠の水汲み装置は交換部品を失い、海沿いの診療所では照明が消える。
「俺の商会が大きくなったのは、捨てられた物を必要な人へ届けたからです。勲章をもらった途端に、その順番を変えたくありません」
陛下は長いこと地図を眺めた。
俺は息を詰めて待った。
「褒美でお前を縛るのは、褒美にならんか」
やがて陛下は契約書の一節を自ら線で消した。
「必要な場所へ届けろ。ただし帝国の困窮地も忘れるな」
俺は深く頭を下げた。
王都に戻る途中、表彰式を見たという少年に呼び止められた。
父親が働く再生工房で、古い魔石の破裂事故が起きたという。
「偉い人が勲章をもらうと、壊れた物も直るんですか」
返事に困った。
勲章は事故を防がない。
必要なのは検査を増やす予算と、危険だと声を上げられる現場だ。
俺は少年に工房の場所を聞き、翌日そこへ向かった。
責任者は不良品を隠そうとしていたが、作業台には焦げた手袋が残っていた。
「この手袋を見て、誰が喜ぶと思う」
俺は検査を止めていた工程を再開させ、損失を本社で引き受けた。
勲章の重みを感じたのは、皇帝の前より、その小さな工房だった。
それから各国の勲章を受け取るたび、俺は贈り主に一つだけ頼み事をした。
祝賀会の費用の一部を、地方の修理学校や安全設備へ回してほしい、と。
最初は怪訝な顔をされたが、王国の国王が古い工具の寄贈を始めると、他国も続いた。
海洋国家からは船の整備教材、北方からは耐寒手袋、砂漠の国からは井戸の部品が届いた。
倉庫には勲章と一緒に、各地の子供が書いた礼状が積み上がっていった。
ミリアは箱を数えながら笑った。
「これじゃ倉庫が足りませんよ」
「勲章より手紙のほうが場所を取るな」
「どちらを先に飾ります?」
俺は迷わず礼状を選んだ。
小さな字で『お父さんが無事に帰ってきた』と書かれていたからだ。
数か月後、各国から届いた勲章を倉庫の棚に収めた。
ミリアが数えると、箱の数は修理学校へ送る工具箱より少なかった。
「飾る場所、作りますか?」
と聞かれた俺は首を振った。
勲章を並べても、子供たちの手に工具は届かない。
翌朝、倉庫の前で小さな騒ぎが起きた。
修理学校の生徒が勲章の箱を教材の部品と勘違いして開けてしまったのだ。
彼は金色の勲章を見て青ざめた。
「すみません。壊していません!」
俺が笑って許すと、少年はほっとした顔で勲章の裏を見た。
「これ、留め具が緩んでますよ。直してもいいですか」
ミリアが吹き出した。
世界中の王から贈られた勲章を、修理の練習台にしようというのだ。
「本物だから、勝手に直すのはまずいな」
俺は箱を閉じた。
「でも、その目はいい。学校の工具なら、いくらでも見てくれ」
少年は頷き、届いたばかりの工具箱を開けて、真っ先に蝶番の緩みを指摘した。
各国からの礼状には、金貨の額では測れない出来事が書かれていた。
船の修理を習い始めた少年、冬の前に井戸を直せた村、工具の名前を初めて覚えた子供。
俺はそれらをミリアと一緒に読み、箱の上に学校ごとの送り先を書いた。
勲章の箱だけは、誰も開けないまま倉庫の奥に置かれていた。
修理学校から来た少年は、倉庫の棚に並んだ箱の数を数え始めた。
勲章は国ごとに形も重さも違うが、工具箱には同じ規格の留め具が使われている。
「こっちなら、どの学校でも直せますね」
と少年が言った。
俺はその言葉に驚いた。
これまで各国の贈り物を受け取るたびに、どう保管するかばかり考えていた。
少年が気にしていたのは、次に壊れたとき誰が直せるかだった。
ミリアは発送用の帳面を開き、工具の交換部品をまとめて送る欄を新しく作った。
少年は余った紙に、留め具の形を丁寧に描き始めた。
翌週には学校の先生から返事が届いた。
生徒たちが自分の工具を点検し、壊れかけた箱を使う前に修理できたという。
俺は手紙を読み終えると、勲章の保管箱ではなく、工具の追加注文書へ先に署名した。
昼過ぎ、ミリアが倉庫の棚札を書き換えた。
『各国勲章・保管中』
その隣には『修理学校へ発送済み・工具箱十二個』とある。
そこへ王宮の使者が現れた。
「陛下から、勲章を飾った写真代わりの肖像画を提出せよとのことです」
ミリアが笑いをこらえる。
俺は棚の奥から勲章の箱を取り出したが、使者は首を振った。
「陛下は、あなたが飾らないことを既にご存じです。代わりに、学校へ送った工具を使う子供たちを描いてほしい、と」
「……陛下が?」
「ご自身の勲章より、そちらの方が後世に残るとお考えです」
使者が差し出した画用紙には、王宮の画家が描いた小さな下絵があった。
少年が工具箱の蝶番を直し、横で親方が笑っている。
俺は勲章を箱へ戻し、画用紙を壁に立てかけた。
倉庫で一番目立つ場所が、ようやく決まった。




