第53話 世界有数の大富豪が、貧しい子供たちにごみを集めさせた理由
王国のある町。
俺は小さな学校を訪れていた。
そこには、貧しい家庭の子供たちが通っていた。
「オリバさん!」
子供たちが駆け寄ってきた。
「こんにちは」
俺は笑った。
「今日は、面白いものを持ってきたぞ」
俺は大きな木箱を開けた。
中には、壊れた魔道具が入っていた。
子供たちは目を輝かせた。
「何これ!?」
「壊れてる!」
「ごみだ!」
俺は頷いた。
「そうだな」
そして笑った。
「でも、これを直したらどうなる?」
子供たちは顔を見合わせた。
「……使える?」
「そう!」
俺は頷いた。
「使えるようになる」
その日。
子供たちは、修理の体験授業を受けた。
壊れた照明魔道具。
古い魔石。
使えなくなった部品。
それらを分解し、状態を調べる。
そして、使える部品を選ぶ。
もちろん、危険な作業は職人が担当する。
子供たちは、安全な組み立て作業だけを体験した。
「……光った!」
一人の少年が叫んだ。
小さな照明魔道具が、青く光っていた。
「すごい!」
「直った!」
「やった!」
俺は笑った。
「よくできたな」
少年は嬉しそうだった。
「オリバさん!」
「何だ?」
「これ、売れるの!?」
俺は頷いた。
「売れるぞ」
「本当!?」
「ああ」
俺は笑った。
「ただし、ちゃんと検査してからな」
少年は目を輝かせた。
「僕も商人になりたい!」
俺は頷いた。
「いいな」
学校の帰り際、俺は生徒が集めた部品の数より、誰が手袋を持っていないかを確かめた。
一人の少女が手を隠したので、理由を聞くと家に買う余裕がないと言う。
俺は道具を配ろうとしたが、先生が首を振った。
「一人だけではなく、来年の子にも届く仕組みにしてください」
俺は学校と相談し、商会が安全用具を毎年補充する契約を結んだ。
ごみを宝に変える授業で、子どもを危険にさらすわけにはいかなかった。
授業が終わった後。
ミリアが尋ねた。
「オリバさん」
「ん?」
「どうして、こんな学校を作ったんですか?」
俺は少し考えた。
そして答えた。
「昔の俺みたいに、何も持っていない人がいるだろ?」
「はい」
「でも、知識があれば、仕事を作れる」
ミリアは頷いた。
「そうですね」
俺は笑った。
「ごみを拾うことより、価値を見つけることを教えたいんだ」
ミリアは微笑んだ。
「……素敵ですね」
俺は肩をすくめた。
「まあ、将来の職人も増えるしな」
ミリアは笑った。
「……やっぱり商売ですね」
授業の翌週、学校の先生から手紙が届いた。
子供たちが町のごみ捨て場へ入り、壊れた魔道具を集め始めたという。
俺は手紙を読んで顔色を変えた。
ごみ捨て場には、破損した魔石や鋭い金属片がある。
大人でも防具なしでは入らない場所だ。
「俺が『ごみは宝だ』と言ったせいか」
ミリアは首を振った。
「教えたのは修理の楽しさです。でも、子供たちには危険まで伝わっていなかったんですね」
俺たちはすぐ学校へ向かった。
校庭には、拾ってきた部品を得意げに並べる子供たちがいた。
「オリバさん、見て! これを売れば母さんに薬を買えるんだ!」
少年が差し出した魔石には、細い亀裂が入っていた。
俺はそっと手を添え、箱に戻した。
「これは危険だ。触るだけでも怪我をするかもしれない」
少年の顔が曇った。
「でも、お金が欲しいんだ」
俺は答えに詰まった。
貧しい家の子供に、ただ
「拾うな」
と言うだけでは何も変わらない。
先生と話し合うと、授業が終わったあと働いている子供が何人もいると分かった。
家計を助けたい気持ちを、大人の都合で簡単に消すことはできない。
「学校に安全な教材を運ぶだけじゃ駄目ですね」
とミリアが言った。
「ああ。子供が危険な場所へ行かなくても済む方法を考えよう」
俺は町の修理工房に相談した。
工房では危険な部品を取り除いたあとの金具や木箱が余っている。
子供たちが学ぶ教材には使えるが、商売としての価値は小さい。
工房長は渋い顔をした。
「子供に仕事をさせるつもりか」
「違います。学校の授業として、安全な分解と組み立てを教えたい。売上を賃金の代わりにするつもりはありません」
「じゃあ、家が貧しい子はどうする?」
その問いが核心だった。
俺は町の役人と学校長を交え、奨学金の仕組みを提案した。
出席と学習を支えるための補助で、集めたごみの量とは結びつけない。
資金は商会と町の共同負担にする。
役人は難色を示した。
「商会が撤退したら、町の負担だけが残る」
「だから、最初から町にも運営を任せたいんです」
俺は一年分の予算を示した。
必要な人数、教材費、先生の手当、危険物の回収費用。
数字を並べると、俺が思ったより費用は大きかった。
「これでは儲からないな」
と工房長が笑った。
「ええ。だから商売と教育を混ぜないようにします」
最初の安全授業で、俺は子供たちに二つの箱を見せた。
一つは検査済みの金具、もう一つは危険な魔石を模した赤い模型だ。
「価値が高い物ほど、勝手に触ってはいけない場合がある。見つけたら大人を呼ぶ。これは約束だ」
少年が手を挙げた。
「じゃあ、僕らにできることは少ないの?」
「そんなことはない。危険を見分けて、誰かに知らせるのも大事な技術だ」
その日の授業では、子供たちに品物の状態を記録してもらった。
傷の位置、欠けた部品、修理できそうな箇所。
工房長は記録を見て驚いた。
「大人より細かく見ている子がいるな」
褒められた少年は顔を赤くした。
俺はその笑顔を見て、胸をなで下ろした。
一か月後、奨学金を受けた子供たちの出席が増えた。
だが、全員ではない。
家の事情で来られない子もいた。
俺は先生に尋ねた。
「どうすれば、その子たちも学べますか」
「まず親御さんの仕事を安定させることです」
俺は頷いた。
学校だけでは解決しない問題がある。
商会の修理事業で大人の雇用を増やし、町の福祉制度につなぐ必要があった。
帰り際、最初の少年が俺を追いかけてきた。
「オリバさん、僕、もうごみ捨て場には入らないよ」
「約束してくれるか」
「うん。その代わり、学校で一番の検査係になる」
俺は笑って握手した。
子供たちに教えたかったのは、ごみを拾えば金持ちになれるという夢ではない。
危険から身を守りながら、自分の目で価値を見つける力だった。
見学の翌週、少女は橋の補修現場で最初の失敗をした。
測った長さが合わず、職人に木材を切り直させてしまったのだ。
彼女は学校へ戻り、先生に算術をもう一度教えてほしいと頼んだ。
「商会へ入る方が楽だったかな」
と笑いながらも、翌朝には自分で測り直した数字を持って現場へ戻った。
俺が送った奨学金の礼状には、就職先ではなく、橋の完成予定日が書かれていた。
町の役人との会議が終わると、先生が一枚の絵を見せてくれた。
子供たちが描いた将来の仕事の絵だった。
修理職人、農夫、商人、教師。
中には
「危ない物を見つける人」
と書いた絵もあった。
俺はその絵をしばらく眺めた。
最初に学校を訪れたとき、俺は子供たちが修理を覚えれば収入になると考えていた。
だが、それだけでは視野が狭かった。
学ぶ目的は、俺の商会で働く人を増やすことではない。
自分で進む道を選べるようにすることだ。
翌月、俺は工房長に頼んで見学日を設けた。
子供たちは職人の手つきを見て質問を重ねたが、最後に一人が
「僕は先生になりたい」
と言った。
工房長は笑って
「それもいい仕事だ」
と答えた。
俺は胸の奥が温かくなるのを感じた。
少女の測り直した数字は、橋の職人に一度突き返された。
それでも彼女は、自分で間違いを探しに戻った。
俺は奨学金の額を増やさず、必要な道具だけを送った。
答えを買い与えることはできない。
学校の先生は教材を受け取りながら、一枚の誓約書を返した。
「子どもを商会の宣伝に使わないと書いてください」
俺はその場で署名した。
見学の終わりに、工房長が生徒へ声をかけた。
「希望する者は、卒業後に商会の見習いとして採用する。給料も住む場所も用意するぞ」
教室が沸いた。
授業で壊れた椅子を直した少女も手を挙げかけたが、途中で下ろした。
「どうした?」
と工房長が尋ねる。
「うちの町の橋が、去年から壊れたままなんです。雨が降ると弟は学校へ来られない。私は橋を直す人になりたい」
「橋の仕事は危険だぞ。商会なら安全な工房で技術を覚えられる」
と工房長は言った。
少女は目を伏せた。
「お母さんにも、商会に入れば家にお金を送れると言われました。私だって迷っています」
俺はすぐに励ます言葉をかけられなかった。
安定した仕事を断れと言うのも、夢を諦めろと言うのも、俺の役目ではない。
「橋を直す技術を学べる場所を、一緒に探そう。決めるのは君だ」
少女は少し考え、先生を見た。
「見学に行ってから決めてもいいですか」
先生が頷くと、少女はようやく笑った。
後日、彼女は町の橋梁職人のもとで学ぶ道を選んだ。
商会の採用名簿に彼女の名は載らなかった。
それでも俺は、教室で一番うれしい報告を聞いた気がした。
俺の名前が残らなくても、技術が残ればいい。




