第52話 壊れない魔道具を作ったら、商人たちに怒られた
「オリバ殿!」
魔道具商会の会長が、俺の事務所に怒鳴り込んできた。
「何を考えている!」
「何でしょう?」
「壊れにくい魔道具を売るな!」
俺は首を傾げた。
「……なぜです?」
「買い替え需要が減るだろう!」
「……なるほど」
俺は頷いた。
「でも、お客さんは喜びますよ」
「それでは商売にならん!」
俺は少し考えた。
そして笑った。
「じゃあ、修理サービスを始めませんか?」
会長が固まった。
「……修理?」
「はい」
俺は説明した。
壊れにくい魔道具を売る。
定期的に点検する。
消耗した部品だけ交換する。
古くなった魔道具は、回収して再生する。
「商品を一度売って終わりではなく、長く付き合うんです」
会長は黙った。
俺は続けた。
「それなら、お客さんも安心します」
「……確かに」
「商会も、安定した収入を得られます」
会長はしばらく考えた。
そして
「……面白い」
俺は笑った。
「でしょう?」
会長は大きく頷いた。
「うちもやる!」
だが会長はすぐに口をつぐんだ。
「修理に転じれば、在庫の新品が売れ残る。職人を雇う金も要る」
「だからこそ、最初の半年は試験店舗だけにしましょう。売れ残りは部品として再利用し、修理の利益が出るまで店員の給料を減らさない条件で」
会長は指で机を叩いた。
「成功する保証はないぞ」
「ありません。だから途中でやめる条件も決めましょう」
こうして、魔道具の保守契約という新しい商売が広がり始めた。
壊れない魔道具を見せたとき、修理職人の一人が俯いた。
「これが広まれば俺の仕事はなくなる」
俺はその場で答えを出せなかった。
翌日、職人たちに保守点検と改良の仕事を提案したが、全員が納得したわけではない。
俺は研修期間の収入を保証し、断る人には既存製品の修理を続ける選択肢を残した。
技術の進歩を喜ぶのは簡単だ。
変化の費用を誰が払うかを決める方が、ずっと難しかった。
商人たちとの会議で、俺は
「壊れない道具を売る」
とだけ言っていた自分の説明不足に気づいた。
修理する仕事を奪うのではなく、長く使える道具の点検を仕事にできる。
俺は古い魔道具を持ち込み、部品を一つだけ交換して見せた。
「新品を一個売るより、十年使う客と付き合える」
若い商人が初めて手を挙げた。
「その点検なら、うちの店でもできますか」
俺は頷き、翌週の講習会を約束した。
ところが、保守契約を始めて一か月後、俺の机に苦情が山積みになった。
「点検の予約が三か月先です」
「交換部品が届きません」
「契約したのに誰も来ません」
俺は一枚ずつ読んだ。
一枚には、冬を前に暖房器具の点検を待つ家族の住所が書かれていた。
俺はその紙を一番上に置いた。
契約件数が増えても、必要な日に修理できなければ意味がない。
俺は一枚ずつ読んだ。
商会の会長は新しい事業に飛びついたが、修理の仕事を引き受ける職人の数を確かめていなかった。
俺は会長を呼んだ。
「契約を増やす前に、守れる約束の数を決めましょう」
「せっかく客が集まっているのに、断れと言うのか」
「守れない約束で集めた客は、次には誰も信用しません」
会長は机を叩いた。
「うちの社員を食わせるには売上が必要なんだ!」
その気持ちは分かった。
だからこそ、俺は保守契約の仕組みを急いで広めた自分の責任を認めた。
翌日、俺たちは工房を回った。
熟練職人たちは新しい契約書を見るなり顔をしかめた。
「点検一件の報酬が安すぎる。これじゃ急いで済ませるしかない」
「しかも、故障がなくても毎月呼びつけられる」
俺は見積もりを取り直した。
点検に必要な時間、移動費、部品の在庫費用を足すと、当初の料金では赤字になる。
「値上げしたら客が逃げるぞ」
と会長が言った。
「では、内容を分けましょう」
俺は黒板に三つの案を書いた。
安全確認だけの基本契約、消耗部品の交換を含む契約、故障時の代替機まで保証する契約。
客が必要な範囲を選べるようにする。
だが、会長はなおも不満そうだった。
「面倒な説明をしたら売れなくなる」
「説明しないで売ったから、今こうなっています」
俺の声が少し強くなった。
ミリアが横から契約済みの苦情件数を読み上げると、会長は黙った。
そのとき、王都の病院から連絡が入った。
保守契約中の照明魔道具が夜中に故障し、診察室が使えなくなったという。
俺は職人と現場へ走った。
故障した装置を調べると、交換時期を過ぎた魔石が熱を持っていた。
点検票には
「異常なし」
と記されている。
「誰が点検した?」
新人の職人が青ざめて名乗り出た。
「外側だけ見ました。中を開ける許可がないと思って」
俺は叱る前に契約書を確かめた。
点検の範囲が曖昧だった。
新人だけの失敗ではない。
「患者に迷惑をかけた。まず代替機を持ってきてくれ」
俺たちは予備の照明を取り付け、診察室を使える状態に戻した。
病院には費用を請求せず、原因と再発防止策を文書で渡した。
帰り道、新人がうつむいた。
「もう修理を辞めた方がいいでしょうか」
「辞めるかは君が決める。でも、次に同じ見落としをしない方法を一緒に作ってほしい」
翌週、点検表は大きく変わった。
装置ごとに確認箇所を図示し、危険な作業は資格のある職人が担当する。
新人が疑問を出せる欄も設けた。
会長は新しい料金表を客に説明し始めた。
最初は契約を断る客もいた。
それでも、内容を理解して契約する客が少しずつ増えた。
三か月後、病院から礼状が届いた。
照明だけでなく、診察用の魔道具も故障前に直せたという。
俺は手紙を会長に見せた。
「これが売上の先にあるものです」
会長は長いこと手紙を読んでいた。
「壊れない物を売るだけじゃ足りないんだな」
「ええ。壊れたときに逃げないことまで含めて、商品です」
俺はそう答えた。
修理を新しい商売にするなら、古い物を直す技術だけでなく、約束を守る仕組みも育てなければならない。
料金表を作り直す際、俺は一つだけ譲らなかった。
どの契約にも、事故につながる故障を見つけたときの連絡方法を明記することだ。
会長は
「そんなことまで書けば客が怖がる」
と言ったが、俺は首を振った。
「危険を隠して安心を売ることはできません」
職人たちにも意見を聞いた。
ある職人は、遠方の村まで点検に行く費用が高すぎると指摘した。
そこで近隣の工房と協力し、移動距離を短くする仕組みを考えた。
利益の分配をめぐって揉めたが、作業時間と部品代を公開して話し合うと、ようやく折り合いがついた。
会長は最後に
「契約書一枚を作るのに、こんなに人の話を聞くとはな」
と苦笑した。
俺も笑った。
紙の上の約束は簡単だ。
その約束を現場で守れる形にするのが、俺たちの仕事だった。
その後、会長は苦情を寄せた客を招き、説明会を開いた。
怒鳴る客もいたが、会長は逃げずに頭を下げた。
俺は隣で質問を書き留めた。
交換部品の在庫、点検の頻度、緊急時の連絡先。
質問の一つ一つが、新しい契約書を良くしていった。
説明会の最後に、年配の客が
「これなら息子にも勧められる」
と言った。
会長は深く息を吐いた。
「売るより謝る方が難しいな」
俺は頷いた。
信用は宣伝で買えない。
失敗したときにどう向き合うかで、少しずつ取り戻すものなのだ。
長持ちする魔道具の修理講習には、敵対していた商会の若い店員も来た。
彼は工具を握りしめた。
「父の店は新品が売れず、家賃が払えない」
俺は講習費を無料にしたが、それだけでは足りなかった。
商会の古い販売店を共同修理所として貸す契約を提案した。
初月の家賃は免除した。
売り上げを失った相手に、正しさだけを説く気にはなれなかった。
若い商人は、交換した部品を掌に載せて何度も裏返した。
新品を売らずに続く商売があると、初めて自分の手で確かめていた。
修理事業への転換を決めた会議で、古参の販売員が席を立った。
「新品を売るのが私の仕事でした。修理の腕などありません」
会長が引き留める前に、若い店員が壊れた時計を差し出した。
「僕も昨日までできませんでした。一緒に覚えませんか」
販売員はその場では座らず、翌朝、誰より早く講習所へ来た。
会長は彼の古い販売実績を消さず、新しい修理研修の名簿の先頭に名前を書いた。
講習帰りの若い店員が父親の店に戻ると、父親は新品の棚を片づけずに待っていた。
「本当に直せるのか」
店員は壊れた時計を開き、教わった通りに歯車を外した。
針が動き出すと、父親は値札を裏返し、そこに初めて『修理受付』と書いた。
俺はその報告を聞き、講習の道具をもう一組用意した。
修理研修の初日、古参の販売員は客に直せない理由を正直に説明した。
売れなかった新品の数より、無理に直して事故を起こさなかったことを評価する。
新しい商売にも、守るべき線があった。
半年後。
魔道具商会の会長が、再び訪ねてきた。
「オリバ殿!」
「どうしました?」
「修理事業が大成功だ!」
「よかったですね」
「客が増えた!」
「それは何よりです」
会長は笑った。
「しかも、長く使ってもらえるから信用も増えた!」
俺は頷いた。
「いいことですね」
会長は突然、俺の肩を叩いた。
「お前は本当に商売がうまいな!」
俺は笑った。
「いや」
「?」
「もったいないと思っただけですよ」
会長は大声で笑った。
だが帰り際、修理所の受付に並ぶ客を見て足を止めた。
「次は、売る前に直せるか聞くことにする」
俺は頷いた。
棚から新品が一つ減るより、使える道具が一つ増える方を喜べる店が、ようやくできたのだ。




