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第5章 第51話 世界中のごみが減ったので、商会が倒産しそうになった

第五章 世界有数のごみ屋編

朝、回収所から戻った荷車が、空のまま本社の庭に止まった。

御者は手綱を握ったまま動かない。

「今週、三度目です。もう拾う物がありません」

荷台の底には、長年使った仕分け箱だけが残っていた。

そこへ幹部たちが駆け込んできた。

「会長、回収所の閉鎖案です!」

「どうした?」

ミリアが帳簿を開いた。

「世界中で再利用が進んで、廃棄物の量が減っています。あの御者たちの仕事がなくなるんです」

俺は目を見開いた。

「……おお」

「おお、じゃありません!」

ミリアが叫んだ。

「うちの主力事業ですよ!」

幹部たちも頷いた。

「回収量が減っています!」

「新しい処分場も作られなくなっています!」

「このままでは売上が落ちます!」

俺は少し考えた。

そして

「……いいことじゃないか」

会議室が静まり返った。

「……はい?」

「ごみが減ったんだろ?」

「そうですが……」

「じゃあ、成功だ」

俺は笑った。

幹部たちは顔を見合わせた。

「……成功?」

「ああ」

俺は立ち上がった。

「そもそも、うちは何のためにごみを集めてきた?」

一人の幹部が答えた。

「資源を再利用するためです」

「そうだ」

俺は頷いた。

「だったら、最初からごみが出ない方がいい」

ミリアは黙った。

俺は続けた。

「これからは、修理と再生を中心にする方法を探そう」

「……修理?」

「ああ」

俺は笑った。

「壊れてから捨てるんじゃなくて、壊れる前に直す」

幹部たちは目を見開いた。

「……なるほど!」

俺は頷いた。

「それに、再生資源で作った商品を、長く使ってもらう」

ミリアが笑った。

「……また新しい商売ですね」

「ああ」

俺は笑った。

「ごみが減って困るなら、ごみが出なくても儲かる会社になればいい」

俺は閉鎖案が並んだ机を見た。

理屈を言うだけでは、誰の給金も払えない。

幹部は回収量が減った地域の工房閉鎖案を机に並べた。

勤続二十年の現場長が立ち上がる。

「会長、ごみが減ったのは成功だと言いましたね。でも、うちの二十人は来月の給金がなくなります」

「その通りだ。だから閉鎖の決定を一か月待ってほしい」

「待つだけでは何も変わらない」

俺は自分の配当を転換費用に充て、現地で仕事を探すと約束した。

全員を救えるとは言わなかった。

ミリアが修理事業の利益予測を持ってきた。

初月も翌月も赤字だ。

「転換するだけでは、回収所の人を養えません」

「だから現地で、何ができるか確かめよう」

俺たちは翌朝の馬車を手配した。


翌日、俺たちは閉鎖候補の回収所へ向かった。

「このままでは今月末で二十人が仕事を失います」

俺は報告書を読み直した。

回収量が減った地域では、運搬車が余り、作業員の賃金を払えなくなっている。

「閉鎖を止める方法を、数字から考えよう」

現地責任者は黙って帳簿を差し出した。

倉庫には使われなくなった回収袋が積み上がり、作業員たちは黙って荷台を掃除していた。

「会長が来たところで、仕事が増えるわけじゃない」

年配の作業員が言った。

怒りを隠さない声だった。

「その通りだ。今日は仕事を増やせると約束しに来たわけじゃない」

俺は頭を下げた。

「会社の方針が変わるときに、最初に困るのが現場だと気づかなかった。申し訳ない」

責任者が口を挟んだ。

「ですが、赤字は事実です」

「分かっている。だから数字を見せてくれ」

帳簿を開くと、輸送費が売上の大半を食っていた。

一方、倉庫には修理待ちの魔道具が山積みになっている。

以前なら資源として分解していた品だ。

「これを直す仕事に切り替えられないか」

若い作業員が首を振った。

「俺たちは修理職人じゃありません。ごみを運ぶしかできない」

「なら、学ぶ時間を仕事として扱おう」

俺は三か月の訓練期間を提案した。

賃金を維持し、工房から指導員を派遣する。

その費用は本社の積立金から出す。

ただし、修理事業が必ず成功するとは言えない。

「三か月後に失敗したら?」

年配の作業員の問いに、俺はすぐ答えられなかった。

無責任な保証はしたくない。

「その場合は、希望者に別の回収所への異動を提案する。それも無理なら、退職金を上積みする。選ぶのは皆さんだ」

沈黙が続いた。


やがて一人の女性が手を挙げた。

「私はやってみたい。いつも捨てていた照明器具を、直せるなら直したい」

最初の試験修理は散々だった。

交換した部品が合わず、照明は一瞬光って消えた。

作業員たちの顔が曇った。

「やっぱり無理だ」

「今日は失敗した。だが、何が違うか分かった」

俺は職人と一緒に回路図を広げた。

回収作業員は品物の傷や汚れを見分けるのが得意だ。

その経験を検査工程に生かせると気づいた。

二週間後、作業員たちは修理前の検品を任されるようになった。

危険な魔石を先に取り除き、直せる品を職人へ渡す。

最初の注文は、町の学校から届いた古い照明二十台だった。

納品の日、一台だけ点灯しなかった。

作業員の女性が自分から学校へ出向き、原因を調べ、交換品を持って戻った。

「回収して終わりだった頃は、使う人の顔を知らなかったんです」

彼女はそう言って笑った。

その月の決算はまだ赤字だった。

古参の運送係から

「三か月の訓練が終わっても、運ぶ仕事しかできなかったらどうなる」

と尋ねられた。

俺は翌月の採用計画から輸送係の人数を消さず、検品と配送を兼ねる新しい職務を作った。

経営会議では反対されたが、現場を見ないまま人員を減らす決定だけは取り下げた。

俺は帳簿の数字を隠さなかった。

幹部たちにも現地の作業員にも見せ、次の三か月で何を改善するか話し合った。

本社に戻る馬車で、ミリアがため息をついた。

「ごみが減って嬉しいなんて、会議室では簡単に言えましたね」

「本当にな」

俺は苦笑した。

世界が良くなるほど、古い商売は消える。

その変化を誰か一人の犠牲で済ませてはいけない。

俺たちが作るべきなのは、ごみを必要とする商会ではない。

ごみがなくても、人の役に立てる商会だ。

今度こそ、その言葉に見合う仕事をしようと思った。

閉鎖候補の回収所の壁には、以前の回収区域を示す地図が残っていた。

俺はその前で立ち止まった。

色の薄くなった線の一本一本を、誰かが雨の日も雪の日も歩いたのだ。

現地責任者は

「回収の仕事しか知らない人間を、急に職人に変えられるでしょうか」

と尋ねた。

俺は

「全員を職人にする必要はない」

と答えた。

検品、運搬、顧客への説明、部品の在庫管理。

新しい事業にも様々な仕事がある。

本人の希望と経験を聞いて役割を決めようと提案した。


翌週、年配の作業員は修理した魔道具を学校へ届ける係を選んだ。

彼は子供たちに使い方を説明し、帰りに壊れた部品を回収してきた。

「昔の仕事が全部無駄だったわけじゃないんだな」

と彼は言った。

俺は強く頷いた。

事業を変えることは、過去に働いた人の価値を消すことではない。

回収所の空荷を見て、俺は新しいごみを作ろうとは言わなかった。

検査、修理、保守へ仕事を移す計画を、作業員自身に見てもらう。

昔の商売を守るために、世界を汚すわけにはいかなかった。

三か月の訓練が終わる頃、工房長は転職先の決まらない三人の名前に丸をつけた。

修理の注文は増えたが、三人全員を雇い続けるほどではない。

「別の町に行くしかない人もいます」

と工房長は言った。

俺は紹介状と移転費を用意した。

だが、一人の男は受け取らなかった。

「金が欲しいんじゃない。ここで働きたかったんだ」

俺は謝った。

彼は許すとも許さないとも言わず、荷物をまとめた。

見送りの日、ミリアが小さく尋ねた。

「ごみが減ったのは、やっぱり成功ですか」

「成功だ。でも、あの人が仕事を失ったことまで成功にしてはいけない」

俺は彼の名前を帳簿から消さず、半年後の採用予定表に残した。

戻ってくる保証はない。

それでも、次に仕事を作るとき最初に思い出すべき人がいる。


翌月、移転した元作業員から一通の手紙が届いた。

『新しい町の修理工房で、仕分けの経験が役に立ちました。

ここへ来たばかりの若者が、危険な魔石を素手で触ろうとしたので止めました。

昔なら、俺の仕事はごみを運ぶだけだと思っていたでしょう』

最後には、こう書かれていた。

『戻るかどうかは、まだ決めていません。

でも、ここで教える仕事を始めました』

俺は読み終え、採用予定表を開いた。

彼の名前は残っていた。

戻ってくると決めつけるためではない。

選べる場所を残すためだ。

ミリアが尋ねた。

「返事はどうしますか?」

「まず、お礼を書こう。あの人が教えてくれたことを、うちの採用条件にも入れる」

俺は新しい募集票に一行加えた。

『回収所での仕分け・検品経験を、修理部門の実務経験として評価する』


翌朝、掲示板に貼った募集票の前で、以前は応募を諦めていた年配の作業員が足を止めた。

「俺にも、試験を受ける資格があるのか」

「あります。できることを見せてください」

彼は長年使った仕分け手袋を握り直し、検査台へ向かった。

俺は元作業員への返事を封じた。

『あなたの仕事を見て、新しい応募者が一人、検査台に立ちました』

ごみが減った世界で、新しい仕事を始める人がいる。

俺が守りたいのは、その人たちが次の一歩を選べることだった。

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