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第49話 世界中の魔力が安くなったら、貧しい村が一番喜んだ

古代魔力炉の復旧から二年。

世界は少しずつ変わり始めていた。

魔力の供給が安定し、再生魔石の流通も増えた。

魔道具の維持費が下がった。

工房の生産費用が減った。

農業用の魔道具も普及した。

そして最も大きく変わったのは、貧しい村だった。

王国の辺境。

小さな農村。

俺は久しぶりに、その村を訪れていた。

「オリバさん!」

村長が走ってきた。

「お久しぶりです!」

「元気そうですね」

「おかげさまで!」

村長は嬉しそうだった。

「見てください!」

俺たちは畑へ向かった。

そこには、魔力で動く小さな揚水装置が設置されていた。

「これのおかげで、水を運ぶ必要がなくなりました!」

「よかったですね」

「畑も広げられました!」

村長は笑った。

「収穫が増えたんです!」

俺は頷いた。

「それは何よりです」


翌朝、俺は村長から別の畑を見せられた。

昨日の緑豊かな畑とは違い、土が白くひび割れている。

揚水装置の管が途中で途切れ、畑の端には空の水桶が並んでいた。

「ここはまだ水が来ていないんです」

村長は笑顔を消した。

「装置を入れた家は豊かになりました。でも、共同井戸から遠い三軒は費用を払えなくて」

俺は足を止めた。

魔力が安くなったと言っても、配管を敷く費用まで消えたわけではない。

豊かになった村の中に、置いていかれた家があった。

「最初に教えてくれればよかったのに」

「会長を困らせたくなかったんです」

その言葉が一番こたえた。

俺は困るために来たのだ。

商売の成功だけを見て帰れば、金貨一枚でごみ山を買った頃の自分を裏切ることになる。

俺はミリアと一緒に、村の収支を調べた。

共同の揚水装置は、収穫の多い畑ほど得をする仕組みだった。

収穫が少ない家は利用料を払えず、ますます水から遠ざかる。

「料金を全部無料にしましょう」

と村長が言った。

「それでは故障したときに直せません」

俺は首を振った。

善意だけでは、冬を越せない。

必要なのは、壊れても続けられる仕組みだ。


その日の午後、村の広場で集会を開いた。

農家の一人が腕を組んで言った。

「俺たちが先に金を出したんだ。後から来た連中に同じ水を使わせるのか」

当然の怒りだった。

俺は反論せず、最初の出資額を黒板に書いた。

その横に、装置が動いてから増えた収穫量と、今後の維持費を書いた。

「先に払った分は、共同設備の持ち分として記録します。収穫に応じて少しずつ返す。ただし、飲み水と最低限の灌漑は全戸に保障したい」

「誰が不足分を出す?」

「最初の一年は俺の商会が融資します。贈与じゃない。村の修理工房が管を作り、代金は将来の収穫から少しずつ返してもらう」

若い職人が手を挙げた。

「管なら、廃船から回収した銅を使えます。新品よりずっと安い」

「耐圧試験は?」

「必ずやります。昨日、先生に教わりました」

その返事を聞いて、俺は少し笑った。

古い物を生かす知恵が、ここでも役に立つ。

ところが、試験で一本の管が破裂した。

水が噴き出し、職人の青年は真っ青になった。

「失敗作です。全部捨てます」

「捨てるのは危険な部分だけでいい」

俺は割れ目を指でなぞった。

古い接合部に目に見えない傷が残っていた。

材料の価値が分かる俺の能力でも、組み上げたあとの安全まで保証できるわけではない。

俺たちは接合方法を変え、圧力を段階的に上げて試験をやり直した。

完成は三日遅れたが、誰も急げとは言わなかった。

水が初めて乾いた畑に流れ込んだとき、年老いた農婦がしゃがみ込んだ。

「これで孫に、来年もここで暮らせと言える」

俺はその言葉を聞いて、昨日の収穫量の報告よりずっと嬉しくなった。

夜、村長が礼を言いに来た。

俺は首を振った。

「今回の費用は帳簿に残してください。次の村が同じ失敗をしないように」

ミリアが横で頷いた。

俺たちは村に無料の奇跡を置いていくのではない。

誰かが直し、引き継ぎ、使い続けられる道具を置いていくのだ。

帰り道、工房の窓から明かりが漏れていた。

青年たちが次の配管を作っている。

俺がいなくても仕事が続く。

その光景こそ、二年前に魔力炉を動かした意味なのだと思った。

その後、村の子供たちが小さな水路のそばに札を立てた。

「壊れたら、ここへ知らせてください」

と書かれている。

俺は誰が書いたのか尋ねた。

村長の孫だという。

「大人は忙しいから、僕たちが見回るんだ」

俺は感心したが、子供に危険な作業をさせるわけにはいかない。

水路に近づかず異常を報告するだけ、と約束してもらった。


翌日、職人たちは水位を遠くから確認できる目印を作った。

農婦たちも交代で帳面をつけるようになった。

新しい設備が村に根づくには、作った人間だけでなく、使う人間がその仕組みを理解する必要がある。

帰り際、村長は融資の契約書に署名した。

「無料で頂くより緊張しますな」

俺は笑った。

「返せる計画を一緒に作りましたから」

村長は契約書を胸に抱いた。

「なら、来年は隣村にも教えられます」

それが何より頼もしかった。

俺は最後に水路の管理帳を見せてもらった。

水量の記録には空白があった。

村長は

「忙しい日は忘れてしまう」

と頭をかいた。

そこで俺は、記録を一人に任せず、交代で確認する方法を提案した。

職人は異常を見つけたときの連絡先を大きく書いた札を作った。

装置を売って終わりにしないためには、こういう小さな手間を惜しんではいけない。

ミリアが

「ここまで面倒を見ると利益が減りますよ」

と笑った。

俺も笑った。

「故障して全部失うより、ずっと安い」

村の人たちは帳面を囲んで相談を始めた。

俺はその輪に入らず、少し離れて見守った。

帰り際、村の少女が俺に壊れたランプを見せた。

「町へ行かなくても、ここで直してもらえる?」

俺が答える前に、若い職人が手を伸ばした。

「明日の午後ならできる。料金はこれだけだ」

少女は母親と相談してから頷いた。

俺は一言も口を挟まなかった。

工房ができたことより、誰も俺の許可を求めなかったことが嬉しかった。

村に残る仕事とは、そういうものなのだ。

次の春、村の水路が一度止まった。

俺が駆けつける前に、記録係の農婦が異常を見つけ、若い職人が予備部品を取り付けていた。

村長は少し得意げに報告した。

「あなたの商会に頼らず直せました」

俺は心から笑った。

世界を変えた証拠が、俺への感謝ではなく、俺がいなくても回る仕事になるとは思わなかった。

水が届かない畑の持ち主ハンナは、村の集会で自分の収穫見込みを黒板に書いた。

「水代を安くしてもらうだけでは、来年も同じです。私が水番を引き受けます」

ほかの農家は戸惑ったが、彼女は装置の点検を習い、使った時間を全戸に見せると約束した。

最初の共同水番の日、ハンナの娘が時刻を書き込んだ。

誰かの善意を待つだけだった家に、村の仕事が一つ増えた。

村の中心には、小さな工房もできていた。

古い魔道具を修理する工房だ。

若い職人たちが働いている。

「会長!」

一人の青年が声をかけてきた。

「何だ?」

「この魔道具、直りました!」

青年は古い照明魔道具を見せた。

「おお」

「捨てられていたものです!」

俺は笑った。

「いい仕事だな」

青年は嬉しそうだった。

「ありがとうございます!」

俺は工房を見渡した。

かつて、この村には仕事が少なかった。

若者は町へ出ていった。

だが、今は違う。

農業。

修理。

資源回収。

小さな工房。

村の中に、仕事が生まれていた。

ミリアが静かに言った。

「……オリバさん」

「ん?」

「最初は、ごみを買い取るだけだったのに」

俺は頷いた。

「そうだな」

「今は、こんなにたくさんの人の生活が変わっています」

俺は少し考えた。

そして笑った。

「……悪くない商売だったな」

ミリアも笑った。

「はい」

帰りの荷車が出る直前、畑で働く農婦のハンナが駆けてきた。

彼女は揚水装置の修理代を小銭で支払い、泥だらけの手で領収書を握っていた。

「今年は娘を町へ奉公に出さずに済みます。学校へ通わせます」

俺は返事を探したが、娘は母親の手を引いて先に歩き出した。

二人は明日の水番を相談している。

魔力が安くなったという数字より、来年の予定を家族で決められるようになったことの方が、ずっと大きな変化だった。

ハンナの水番表には、故障で水が止まった時間も書かれていた。

安くなった魔力は万能ではない。

村人が自分たちで装置を管理し、失敗を隠さないことが、次の収穫を支えていた。

村の明かりが一つ増えるたびに、俺たちが売った魔力の値段ではなく、その灯りの下で暮らす人の顔を思い浮かべた。

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