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第45話 魔力炉を動かしたら、世界中の魔道具が一斉に光った

起動式の三日前、冷却管の一つから水滴が落ちているのを見つけたのは、若い見習いだった。

担当技師は

「許容範囲だ」

と言ったが、俺は作業を止めた。

修理を始めて一年、ようやくここまで来た。

誰も延期など望んでいない。

だが見習いは震えながら、継ぎ目の金具が昨日より膨らんでいると説明した。

俺が鑑定すると、内部に細い亀裂が走っていた。

放置すれば、起動時の熱で破裂した可能性がある。

見習いは

「余計なことを言いましたか」

と俯いた。

「いや、君のおかげで全員が帰れる」

俺はそう答えた。

修理のために部品を取り外すと、起動式を少なくとも二日延期する必要があると分かった。

各国から集まった代表は不満を漏らし、商会の支店長たちも記念式典の費用を気にした。

俺は彼らの前で亀裂のある金具を机に置いた。

「これを見ても、予定通り動かせと言いますか」

誰もすぐには答えなかった。

ミリアは延期を知らせる文書を用意し、村には安全確認のための時間だと説明した。

華やかな起動式の裏で、一番大事なのは地味な停止判断だった。

新しい金具を取り付けたあと、俺たちは小さな補助炉だけを動かした。

最初の試験で、制御盤に黄色い警告が灯る。

エルは『数値は基準内です』と言ったが、古い事故記録には同じ警告のあとに冷却弁が閉じた例があった。

俺は試験を止め、手動弁を開く訓練をもう一度行った。

職人たちは疲れていた。

それでも、見習いが

「前回より速く閉じられました」

と笑ったとき、俺もようやく息をつけた。

見習いが汗を拭いながら、訓練記録の所要時間に丸をつけた。

最初は四分かかった操作が、二分を切っていた。

起動前日の最終点検で、俺は祝辞の原稿より先に避難経路を確かめた。

北方の村長、採掘団の団長、各国の技師が順番に確認する。

最後にミリアが

「あなた自身の逃げ道は?」

と尋ねた。

俺は制御室の奥を指さしたが、そこには予備の扉がなかった。

図面を見直すと、非常通路は資材の箱で塞がれていた。

俺はすぐに箱を運び出した。

「これ、倉庫の片づけからやり直しだな」

ミリアは呆れたように笑いながら、最後の箱を押した。

同じ日の夕方、エルは起動の手順より先に、避難路の手動開放試験の結果を尋ねた。

『セレンが残した手順を、今度は誰でも実行できるようにしたいのです』

俺は各拠点の責任者に図面を送った。

エルの声は相変わらず静かだったが、何を最優先にするかは、三千年前と確かに変わっていた。


その夜に行った最後の避難試験で、地下の扉は手動では開かなかった。

新しい装置は正常だったが、扉の下に古い鉄片が挟まっていたのだ。

エルは『私の図面では検出できませんでした』と報告した。

俺は試験に参加した見習いへ工具を渡し、鉄片を取り除いてもらった。

再試験では、電力を切った状態でも扉が開いた。

『セレンなら、最初にこの扉を確かめたでしょうか』とエルが尋ねる。

「たぶん。でも今、確かめたのは君だ」

エルは試験記録の責任者欄に、初めて自分の名を記した。

延期した起動式の当日。

冷却管の耐圧再検査、避難扉の手動開放試験、非常停止訓練の合格記録が揃った。

修理開始から一年、ようやく起動審査が完了した。

「主制御装置、正常!」

「魔力循環装置、正常!」

「冷却設備、正常!」

「送電経路、接続確認!」

作業員たちの声が響く。

俺は中央制御室に立っていた。

隣にはミリア。

そして、エル。

『管理者様』

「何だ?」

『起動準備が完了しました』

俺は頷いた。

「安全確認は?」

『すべての保護機構が正常です。

異常時には自動停止します』

「よし」

俺は大きく息を吸った。

「……起動しよう」

エルが頷いた。

『了解しました』

巨大な魔力炉が、ゆっくり青く光り始めた。

低い振動。

地鳴りのような音。

そして巨大な装置の中心に、まばゆい光が生まれた。

「……おお」

俺は思わず声を漏らした。

魔力炉の外側にある巨大な輪が、ゆっくり回転する。

青い光が、施設全体を流れていく。

『出力、十%』

『二十%』

『三十%』

作業員たちが歓声を上げた。

「動いた!」

「三千年前の魔力炉が!」

「本当に動いたぞ!」

だがその瞬間、制御盤の遠隔接続を示す表示が次々に点灯した。

俺には遠くの施設の様子は分からない。

各地からの報告を待つしかなかった。

俺は歓声よりも計器の音を聞いていた。

冷却水の流れは安定している。

エルが次の段階を告げた瞬間、北方の観測所から短い警報が届いた。

離れた谷で、封印された古い装置が反応したらしい。

「出力を上げるな」

俺は命じた。

各国の代表が顔を見合わせる。

エルは『遠隔設備との接続が自動的に再開しています』と説明した。

俺たちは炉を三十%に固定し、接続先の一覧を出すことにした。

「オリバさん!」

ミリアが叫んだ。

「各地から連絡が来ています!」

「何だ?」

「古代魔道具が、次々と動き始めているそうです!」

俺は固まった。

「……え?」

エルが説明した。

『第七施設の起動により、古代魔力網の一部が復旧しました』

「……魔力網?」

『かつて世界中に魔力を供給していた設備です』

俺は目を見開いた。

「……つまり?」

エルは微笑んだ。

『世界の一部が、三千年前の機能を取り戻し始めています』

俺は笑った。

「……すごいな」

ミリアが叫んだ。

「すごいどころじゃありません!」

俺は歓声を聞きながらも、接続先を確認しないまま設備を動かしたことが気になった。

一覧には、俺たちが調べたことのない施設がいくつも並んでいた。

海沿いの灯台、帝国の古い研究棟、北方の地下施設。

どこにも今の人々が暮らしている。

「勝手に動いたら危ないぞ」

俺が言うと、エルは『古代の設定では自動起動が標準です』と答えた。

俺は自動接続を一時停止し、各国に確認の伝令を出した。

遠隔地から届いた最初の報告は、光り始めた古い魔道具の知らせだった。

驚きと喜びの声に混じり、扱い方が分からないという不安も伝わってきた。

海洋国家の港からは、消えていた灯台の光が戻ったという連絡があった。

港の船長は喜んだが、古い灯台が今の航路と違う場所を照らしていることにも気づいた。

俺は灯台を一度止め、現地の船長たちに確認を頼んだ。

帝国の研究所でも、古い装置が勝手に動き、作業員が避難したという。

俺は祝賀の席へ戻らず、事故の有無を一つずつ聞いた。

世界中の魔道具が光る。

それは奇跡のようだった。

だが、港の船長にとっては、慣れない灯台の光が船を座礁させる原因にもなる。

制御室を離れる前に、俺は各地から届いた停止要請を一つずつ読み返した。

北方の観測所では古い配線が熱を持ち、港では灯台が昔の航路を照らしていた。

どちらも魔力炉の故障ではない。

三千年の間に人の暮らしが変わったのに、装置だけが昔の命令を覚えていたのだ。

「炉が正常なら安心だと思っていました」

と若い技師が言った。

「俺もだ。でも、正常に動くことと正しく使えることは違う」

俺は全支店に、起動前の現地確認を必須とする通達を出した。

勝手に光った施設は一度切り離し、現地の責任者が許可するまで接続しない。


翌朝、北方の村から短い返事が届いた。

避難した住民は全員帰宅し、けが人はいない。

俺はようやく冷めた祝いの料理を口にした。

ミリアが笑った。

「世界を照らす仕事なのに、最初に覚えたのは消し方ですね」

「ああ。消せない灯りは、いつか誰かを困らせる」

エルはその言葉を記録し、遠隔接続を手動承認に変更した。

炉の起動は成功した。

だが本当の仕事は、これから始まる。

起動後、各国の代表が一斉に供給枠の拡大を求めた。

俺は最初の一週間だけ、病院と浄水設備を優先する暫定配分を提案した。

市場の魔道具店からは苦情が届いたが、夜の診療所では消毒用の湯が途切れずに済む。

ミリアは苦情も感謝状も同じ箱へ入れた。

「成功した日に、困った人の声を捨てたくありません」

炉の修理は終わっても、公平な使い方を決める仕事は続いていた。

各地の報告が出そろうと、見習い技師は一枚の地図を机に広げた。

赤い印は接続を見送った施設、青い印は住民の確認を終えた施設だ。

「次は、起動する前にこの地図を埋めたいです」

俺は彼に現地調査の責任者を任せた。

失った式典費用は戻らない。

それでも、次の事故を防ぐ仕事に変えることはできる。

後日、検査官は起動前の最終会議で使った四枚の記録を報告会で順に掲げた。

冷却管の耐圧試験、避難扉の手動開放、非常停止訓練、無負荷運転。

すべて合格だった。

予定を遅らせた損失額も読み上げられたが、誰も帳簿を閉じようとはしなかった。

報告会の終わりに、見習いが一つの提案をした。

検査に合格した設備でも、毎月の停止訓練を義務にしたいという。

各国の代表は式典の予算を削り、訓練費へ回すことを承認した。

俺はその決定を議事録の最初に記した。

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