第44話 古代文明が滅びた理由を聞いたら、あまりにも馬鹿らしかった
「資源がなくなった?」
俺は思わず聞き返した。
エルは静かに頷いた。
『はい』
「これだけの技術があったのに?」
『はい』
「資源を使い切ったのか?」
『正確には、利用できる資源が不足しました』
俺は眉をひそめた。
エルは古代文明の記録を映し出した。
巨大な都市。
空を飛ぶ船。
魔力で動く工場。
自動化された農場。
そして、世界中に広がる魔力供給施設。
古代文明は、今の世界より遥かに発展していた。
だが『当時の人々は、使用済みの魔石を再利用しませんでした』
「……何?」
『壊れた魔道具も、修理するより新しく作る方が安かったのです』
「……おいおい」
『資源採掘量は増え続けました』
映像が変わった。
巨大な鉱山。
掘り尽くされた山。
荒れ果てた土地。
そして、廃棄物の山。
『やがて、高品質の魔石が不足しました』
「再利用すればよかっただろ?」
『当時の経済制度では、新品の採掘と販売が優先されていました』
俺は黙った。
『古代文明は、廃棄物を資源として評価する仕組みを失っていたのです』
ミリアが小さく呟いた。
「……そんな」
エルは続けた。
『魔力供給施設が停止し、都市の機能が失われました』
『食料生産も、輸送も、医療も停止しました』
『そして文明は崩壊しました』
俺はしばらく黙っていた。
三千年前。
世界を支配した高度な文明。
エルの記録によれば、少なくともこの地域では資源を使い捨てたことが崩壊の大きな原因だった。
戦争や災害までなかったと断言はできない。
俺はその記録を、まだ調べるべき証言として受け止めた。
「……もったいないな」
俺は呟いた。
エルがこちらを見た。
『はい』
俺は巨大な魔力炉を見上げた。
「だったら、同じ失敗はしないようにしないとな」
ミリアが頷いた。
「そうですね」
俺は笑った。
「まずは修理だ」
エルが尋ねた。
『管理者様』
「何だ?」
『あなたは、なぜそこまで廃棄物にこだわるのですか?』
俺は少し考えた。
そして答えた。
「……最初は、儲かるからだった」
『はい』
「でも、今はそれだけじゃない」
俺は目の前の巨大な装置を見つめた。
「使えるものを捨てるのが、嫌なんだ」
エルは静かに微笑んだ。
『……理解しました』
エルに最後の質問をした。
「古代の人々は、最後まで資源を奪い合ったのか」
彼女は古い市民記録を映した。
そこには、近所同士で魔石を分け合い、壊れた道具を直していた人々もいた。
制度は間違っていたが、誰もが使い捨てを望んだわけではない。
俺はその事実に少し救われた。
文明の失敗を笑うのは簡単だ。
だが、同じ時代に抗っていた人の努力を見落としたくない。
ミリアは記録の写しを手帳に挟んだ。
「これを今の職人たちにも見せましょう」
俺は頷いた。
古代の失敗だけでなく、最後まで諦めなかった人の知恵も、未来へ運びたい。
エルが見せた記録には、廃棄された魔石の山だけでなく、当時の役所が発行した命令書も残っていた。
俺は文字を一行ずつ読んでもらった。
『再生品の流通は新品の価格を損なうため制限する』
思わず机を叩いた。
「壊れたものを直したら罰金か?」
エルは『はい。
回収業者には重い税が課されました』と答えた。
ミリアが眉を寄せる。
「そんな制度なら、誰も直さなくなります」
俺は今の商会の回収契約を思い浮かべた。
利益を守るつもりで、未来の資源を捨てる。
三千年前の人間が特別に愚かだったのではない。
俺たちだって同じ選択をしかねない。
「でも、誰かは止めようとしたんじゃないか」
俺が尋ねると、エルは小さな整備記録を呼び出した。
町外れの工房で、壊れた魔石を再生していた職人の名簿だ。
彼らは回収品を無料で病院へ渡していた。
しかし新品の採掘組合が訴えを起こし、工房は閉鎖されたという。
最後の記録には、職人の手書きらしい短い言葉があった。
『まだ灯る石を捨てるな』
俺はその文字を写し取った。
今まで拾ってきたがらくたの一つ一つに、こんな声があったのかもしれない。
俺は、扉に残った【前任資源管理者:所在不明】という表示をエルに見せた。
「この人はどこへ行った?」
エルは長く黙ったあと、封鎖記録のうち、破損していない一枚だけを開いた。
そこには管理者が非常用の手動弁を閉じ、避難路を開けるために施設の奥へ向かった時刻が残っていた。
帰還の記録はない。
名前の欄は焼け落ちていた。
「死んだと決めつけるな。だが、戻ったと書くこともできない」
俺が言うと、エルは頷いた。
『当時の管理者が戻らなかったため、施設は資源鑑定方式の一致する者に暫定権限を与えるよう設定されました。
私はその手順を、最後の管理者の帰還と誤って呼んでいました』
俺は彼女に頼んだ。
「俺の名前ではなく、あの人が残した避難操作を記録の先頭に置いてくれ」
エルの表示が変わった。
【前任者の帰還:未確認】【避難操作記録:保存】。
さらに破損記録を照合すると、避難路の外扉が開いた直後、作業員十二人が退避したことが分かった。
だが内側の手動弁は閉じられたままだ。
エルは『通路の奥に未確認の反応があります』と言ったきり黙った。
俺は彼女を急かさず、事故当時の見取り図と現在の壁の継ぎ目を比べた。
崩れた階段の先に、図面にはない補修板がある。
そこを外すと、狭い保守通路が現れた。
『最後の管理者は、ここへ入った可能性があります』
エルの声が揺れた。
「確かめよう。ただし、誰かの墓なら勝手に持ち出さない」
ミリアが村長を呼び、俺たちは立会人とともに封印を解いた。
奥の小部屋には、手動弁の傍らに横たわる遺骨と、煤けた身分札が残っていた。
札には
「資源管理者セレン」
エルは一度照合を止めた。
『誤認なら、あの方を二度失います』
「だから、札だけで決めない。事故台帳と操作記録も比べよう」
登録番号と最終操作の時刻が一致したとき、エルは小さく答えた。
『セレン本人と判断できます』
エルの投影が一度消えた。
沈黙の中で、ミリアが遺骨の傍らに落ちていた小さな木片を拾った。
煤を払うと、十二本の短い線が刻まれている。
「助けた人数を、数えていたんでしょうか」
答えは分からない。
けれど俺は、その線を数え終えるまで誰も急がせなかった。
「セレンは戻れなかった。でも、十二人を帰したんだ」
俺は弁に触れず、村長に遺骨の扱いを委ねた。
エルは救助された十二人の名前を一人ずつ読み上げた。
最後に『管理者セレン、最終操作完了』と告げた。
その声は初めて、俺ではなく、かつてここにいた人へ向けられていた。
事故当日の配置図を広げると、避難通路の途中に荷物用の昇降機が描かれていた。
停電時には床がずれ、車椅子や担架が通れなくなる構造だ。
俺は現場の職人に図面を渡し、実際に担架を運んでもらった。
角を曲がるところで二人が立ち往生した。
「数字だけでは見つからなかったな」
通路を広げる設計変更を決め、検査項目に担架での避難を加えた。
セレンの記録を悼むだけでは、次の命は守れない。
翌朝、俺は村長と採掘団の団長を呼び、古代文明の記録を公開した。
団長は
「炉を直せば、昔の繁栄が戻るんだろう」
と期待していたが、映像を見終えると黙った。
村長は厳しい顔で尋ねた。
「同じことが起きたら、俺たちは逃げられるのか」
俺は答えられなかった。
そこで修理計画に、非常停止の権限と手動の避難路、地域ごとの備蓄を加えることを提案した。
予算は膨らむ。
それでも村長は
「その話なら聞く」
と初めて椅子を引いた。
記録の公開後、遺跡の前に花を置く人が現れた。
村長の祖母から聞いた古い言い伝えに、帰らなかった坑夫たちの名前が残っていたという。
三千年の記録と村の記憶がつながり、エルは初めて数字ではなく名前を保存した。
俺はその名前を消さずに残すよう頼んだ。
炉を直しても、帰ってこない人たちがいる。
だからこそ、次に同じ扉が閉まらないようにしなければならない。
その夜、俺は最初のごみ山のことをミリアに話した。
金貨一枚で買ったとき、俺は宝が出るかどうかばかり考えていた。
今は違う。
壊れた物を直すには、修理できる職人と、直した物を使う人と、それを守る仕組みがいる。
ミリアは笑って言った。
「つまり、商売はまだ終わらないんですね」
「ああ。むしろ始まったばかりだ」
俺は職人の言葉を手帳の最初のページに写した。
まだ灯る石を捨てるな。
三千年越しの注文を、俺は引き受けるつもりだった。
避難路の図面を前に、俺は三千年前の記録から退避時の人数確認が抜けていたことに気づいた。
今度は出口だけでなく、戻ってこない仲間を見落とさない仕組みが必要だ。
班ごとに点呼の責任者を決め、扉が開いても全員の所在が分かるまでは作業を再開しないと決めた。
遺跡の記録を閉じようとしたとき、エルが小さく尋ねた。
『セレンの最後の指示は、誤りだったのでしょうか』
俺は答えるまで時間がかかった。
「帰れなかったことは悲しい。でも、あの人が開けた道を通って十二人が帰れた。それは間違いじゃない」
エルは返事をしなかった。
代わりに避難路の図面を開き、扉を内側からも開けられる改修案を示した。
見習いが試すと、停電時に一枚だけ開かなかった。
エルは自分の案に不合格の印を付け、手動レバーの位置を下げた。
二度目は誰の助けもなく開いた。
彼女が初めて自分から出した提案だった。
古代の管理記録を読み終えた見習いは、犠牲になった技師の名を紙に写した。
「失敗した人の名前も残すんですか」
エルは少し考えて答えた。
『次に同じ判断を迫られた人が、知らなかったと言わずに済むように』
俺たちは責任を誰か一人に押しつけるためではなく、判断の理由と反対意見も記録することにした。
王都の使者にも議事録を渡すと、彼は式典の予定表を閉じ、延期を正式に報告すると言った。




