第43話 世界最大の魔力炉を修理するために、世界中のごみを集めた
オリバ資源商会、本社会議室。
俺は世界各地の支店長たちを集めていた。
王国支店。
帝国支店。
海洋国家支店。
北方支店。
砂漠諸国支店。
総勢、三十人。
「皆に頼みたいことがある」
俺が言うと、全員が姿勢を正した。
「何でしょう、会長」
俺は大きな図面を広げた。
「三千年前の巨大な魔力炉を修理する」
沈黙。
そして
「……はい?」
誰かが間の抜けた声を出した。
俺は頷いた。
「修理だ」
「会長」
「何だ?」
「三千年前の設備に、いまの検査基準を当てはめられるのでしょうか」
「そのまま当てはめるつもりはない。部品ごとに危険を洗い出し、停止条件から決める」
俺は図面の余白に、再稼働を急がないという一行を書き込んだ。
支店長たちは顔を見合わせた。
そして、一人が尋ねた。
「……必要な材料は?」
俺は笑った。
「ごみだ」
会議室が静まり返った。
ミリアが小さく呟いた。
「……もう誰も驚かないと思っていたんですけどね」
会議の最後、北方支店長が
「大きな炉に頼りきると、止まったときに地方が困るのでは」
と尋ねた。
俺は返事に詰まった。
各地の小さな修理工房と備蓄を残したまま、中央の炉を直す方法を考えなければならない。
大きいものを一つ直せば全部解決する、という話にはしたくなかった。
俺は各支店へ、炉が止まっても病院と水道を一週間維持できる備蓄量を調べるよう指示した。
炉の修理費とは別に、地方の小型装置を点検する予算を確保した。
会議で回収方針を決めた翌週から、各地で回収の準備が始まった。
帝国の鉱山から、希少金属を回収。
王国の魔道具工房から、古い制御部品を回収。
海洋国家の廃船から、特殊合金を回収。
北方の遺跡から、古代魔石を回収。
各地の職人たちが協力した。
古代の規格に合わせた部品を作る。
破損した装置を修復する。
新しい安全装置を設計する。
回収準備の報告を受けた後、帝国支店長が本社を訪ねてきた。
「会長、必要な特殊合金は軍の廃棄場にあります。ただし、引き渡しには将軍の許可が要ります」
俺は翌週、帝国の補給基地へ向かった。
将軍は書類を机に置き、
「古代炉を直すなら、帝国に優先して魔力を送れ」
と言った。
俺は首を横に振った。
「修理の目的は独占ではありません」
将軍は顔をしかめた。
「では、なぜ我が国が資材を出す」
俺は廃材の代金を正当に払い、完成後の供給条件を各国で公開して決める案を出した。
交渉は決裂したまま、その日は帰るしかなかった。
帰り道、補給基地の外で一人の整備兵が俺を呼び止めた。
「将軍が断った合金は、今も雨ざらしです。使えなくなる前に何とかしてほしい」
俺は勝手に持ち出すことはできないと答えた。
兵士は落胆したが、代わりに在庫の腐食記録を見せてくれた。
俺はその記録をもとに、軍が合金を保管し続ける費用と危険を計算した。
数日後、将軍に新しい提案を届けた。
不要資材の安全処分を商会が請け負い、代金も払う。
炉の運用は共同監督にする。
将軍は長く考え、ようやく条件付きで署名した。
王国支店では別の問題が起きていた。
古い制御部品を集めようとすると、町の修理屋から
「全部持っていかれたら商売ができない」
と抗議が来たのだ。
俺は買い取り価格を上げるだけでは解決しないと気づいた。
部品には今も修理に使えるものがある。
俺たちは必要な型番だけを公開し、修理屋が使う分を優先して残した。
集まる量は減ったが、職人たちは代替品の設計まで手伝ってくれた。
ミリアは
「欲張らないほうが、協力者が増えるんですね」
と言った。
「そういうこともある」
と俺は答えた。
海洋国家から届いた合金の箱には、塩が白く浮いていた。
船長は
「表面を磨けば使える」
と言ったが、鑑定すると内部まで腐食が進んだ板が混じっている。
俺はその場で出荷を止めた。
工期は遅れ、北方の技師から催促が届く。
だが、巨大な炉に欠陥部品を入れれば取り返しがつかない。
俺は使える部分を切り出すための治具を職人と作り、残りは溶かして別の部材へ回した。
最初の検査では強度が足りず、配合を変えて再試験した。
合格の刻印が押されたとき、船長は
「急がせなくてよかった」
と頭を下げた。
資材が集まり始めたころ、北方の村長から手紙が来た。
運搬車が雪道を傷め、村の井戸まで泥水が流れているという。
俺は輸送量を減らし、現地へ向かった。
村長は
「世界を救う話は立派だが、うちの畑を潰していい理由にはならん」
と言った。
俺は返す言葉がなかった。
道路を補修し、車輪の幅を変えた荷車を試す。
荷は一度に運べなくなったが、畑の脇を通らずに済む新しい道も見つかった。
村の若者たちが測量を手伝ってくれた。
修理の資材を集める仕事が、初めて土地の人々と一緒に進み始めた。
北方から届いた古い図面には、管理室の裏に封鎖された保守通路が描かれていた。
資材の確認が終わったら、エルと一緒にその先を調べる。
ミリアは地図の余白に
「人の記録を先に」
と書いた。
資材の集荷が一段落したころ、倉庫の資材を確認していた俺は、一覧の末尾に赤い印がついているのを見つけた。
古代制御部品がまだ不足している。
しかも、代用品の試験では警報が鳴ったばかりだった。
エルは『理論上は使用可能です』と言ったが、俺は首を振った。
「理論上と安全は違う」
ミリアが帳簿を閉じた。
「じゃあ、完成は延期ですね」
俺は頷いた。
支店長たちへ失敗の記録を送り、代用品の再設計を頼んだ。
集まった部品の数より、検査を通った部品の数が大事だ。
俺は赤い印のついた箱を別室へ運ばせ、翌日の再試験に備えた。
倉庫の隅では、各国から来た職人たちが言葉の違いに苦労していた。
俺は部品の名前を絵にして掲示し、寸法と危険箇所を共通の記号で示すよう頼んだ。
最初は笑われたが、間違った箱を運ぶ事故が減った。
若い職人が
「自分の国の言葉しか読めなくても、これなら分かります」
と言った。
俺は嬉しくなった。
古代炉を直すのは特別な天才一人ではない。
遠い土地から来た人たちが、同じ部品を同じ名前で呼べるようになる。
その地味な準備が、修理の土台になっていた。
資材の受け入れが始まると、今度は輸送経路が問題になった。
砂漠支店から届くはずの制御板が、港の検疫所で足止めされている。
古代の部品に使われた薬品の成分が分からず、荷役人が触れることを拒んだのだ。
俺は納期を急がせず、工房に成分分析を依頼した。
三日後、危険な粉末を密閉できる箱が完成し、港の職人が自分たちの手で積み替えを始めた。
港の荷役人は密閉箱の取っ手を確かめ、
「これなら俺たちで運べる」
と言った。
俺はようやく、滞っていた輸送記録に完了の印を押せた。
港で封印を確認した荷役人が、輸送許可証に署名した。
これで検疫を通過した部品だけを北方へ送れる。
エルは古代の資材一覧を読み上げる途中、一度だけ言葉を切った。
前任管理者セレンが最後に承認した部品番号だった。
「続けられるか」
と聞くと、『続けます。
ただし、その部品は非常扉の手動機構に優先してください』と答えた。
俺は調達表の順序を書き換えた。
炉を直すための資材が、人を閉じ込める仕組みを再び作ってはならない。
当初予定していた資材搬入日まで残り十二日となった夜、北方の病院から予備魔石の不足が届いた。
予定日は安全審査を省略できる期限ではない。
資材輸送を優先すれば炉は予定通り動く。
だが病院の灯りは先に消える。
俺は修理班の前で輸送車を一台外すと告げた。
主任は
「再起動が三日延びる」
と反対した。
「遅れた責任は俺が負う」
翌朝、主任自身が病院行きの荷札を結び直した。
彼の娘もかつて、夜の診療所で命を救われたのだという。
北方支店から最初の配送確認が来た。
病院には予備魔石が届き、診療所の夜間照明を当面維持できるという。
俺は受領書を確かめ、資材係に輸送車の運行記録を残すよう頼んだ。
荷を届けた事実と、工事が遅れた責任を、同じ帳簿から消さないためだ。
輸送車の変更で、修理班の工程表には三日の遅れが生じた。
資材係が
「起動式の予約金は戻りません」
と報告すると、ミリアは払い戻し不能額を損失欄に記した。
職人の賃金を削って穴埋めしようという提案には、俺が反対した。
「予定を変えたのは俺だ。現場に負担を押しつけない」
主任は黙って、新しい作業表に全員の休憩時間を書き込んだ。
その三日間、職人たちは搬入を待つだけではなかった。
冷却管の耐圧検査に使う計器を点検し、避難扉の手動開放手順を読み合わせた。
予定がずれたからといって、検査の順序を入れ替えることはできない。
ミリアは作業員の追加賃金と運搬船の待機料を別々に記録した。
遅延を隠さず、その間にできる準備を進めることにした。
そして、三か月後。
巨大な倉庫には、検査を通った修理用の資材が山積みになっていた。
ミリアが帳簿を見ていた。
「オリバさん」
「何だ?」
「材料の調達費用ですが……」
「いくらだ?」
「検疫と成分検査の費用を含めても、新品だけで揃えた場合の約四分の一です」
俺は笑った。
「悪くないな」
「北方支店の備蓄も守れましたね!」
ミリアは笑った。
「世界中のごみが、世界最大の魔力炉を直す材料になるなんて!」
俺は頷いた。
「そうだな」
倉庫の一角では、各国の職人が同じ検査票に署名していた。
北方支店からは病院との定期補給契約の写しが届いていた。
支店長は夜間照明の予備分を別倉庫に確保し、冬の吹雪で道が閉ざされても届けられるようにしていた。
俺は合格品だけを積んだ棚を見上げた。
世界最大の炉を直すために、世界中の小さな灯りを犠牲にする必要はない。




