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第42話 三千年前の管理人に、世界を救ってくれと頼まれた


翌朝、俺たちは封鎖された管理記録を調べるため、広間の中央に残る操作台へ戻った。

前日に沈黙した案内装置へ、俺は鑑定結果を示す。

すると青い光が灯り、あの声が再び響いた。

『最後の資源管理者様』

声は、巨大な空間全体に響いていた。

「……誰だ?」

俺が尋ねると、目の前に青い光が集まった。

やがて、一人の少女の姿になる。

銀色の髪。

青い瞳。

白い服。

ただし、足は地面についていなかった。

宙に浮いている。

『私は第七魔力供給施設の管理人格、エル』

「管理人格?」

『施設の維持管理を担当する人工知性です』

俺は頷いた。

「なるほど」

ミリアが叫んだ。

「なるほど、じゃありません!」

俺はエルを見た。

「それで、何で俺を管理者と呼ぶんだ?」

『あなたの資源鑑定能力が、古代管理者の識別機構と一致したためです。

氏名を記録から照合したのではありません』

「……この能力か」

俺は少し考えた。

転生してから、ずっと使ってきた素材鑑定。

壊れた魔道具。

使い終わった魔石。

鉱山の廃石。

それらの中に残る価値が分かったのは、この能力のおかげだった。

『管理者様』

エルが言った。

『お願いがあります』

「何だ?」

『この施設を修復してください』

俺は巨大な魔力炉を見上げた。

「……修理か」

『はい』

「どこが壊れてる?」

『主制御装置、魔力循環機構、冷却設備、送電経路……』

エルは次々と故障箇所を挙げた。

俺は途中で手を上げた。

「ちょっと待ってくれ」

『はい』

「それ、全部直すのにいくらかかる?」

エルは沈黙した。

『……金額という概念では、算出できません』

「じゃあ、必要な資材は?」

『一覧を表示します』

空中に巨大な文字の列が現れた。

鉄。

銅。

ミスリル。

オリハルコン。

魔石。

特殊合金。

古代制御部品。

俺は一覧を見て、思わず笑った。

「……何だ」

ミリアが尋ねる。

「どうしました?」

「ほとんど、うちの倉庫にあるぞ」

『……え?』

エルが初めて驚いた声を出した。

「世界中のごみを集めてきたからな」

俺は笑った。

「修理用の材料なら、山ほどある」

エルはしばらく沈黙した。

そして『……三千年間』

「ん?」

『三千年間、誰も修復できなかった施設です』

「ああ」

『それを、廃棄物から修復するのですか?』

俺は頷いた。

「使えるものを捨てるなんて、もったいないだろ?」

エルは俺を見つめた。

そして、小さく呟いた。

『……古代文明が最後まで守れなかった考え方です』

エルが材料一覧を示したあと、俺はすぐに修理を約束しなかった。

彼女の声は切実だったが、巨大な装置を動かせば周囲の村に何が起こるか分からない。

「まず、この炉が止まった理由と、最後に手動弁を閉じた人の記録を教えてくれ」

エルの姿がわずかに揺れた。

『記録の一部が破損しています』

俺は

「分かるところだけでいい」

と頼んだ。

壁に映った古い映像には、光に包まれた都市と、突然暗くなる街路が映っていた。

人々が走り、扉が閉じる。

最後の場面だけが何度も乱れた。

ミリアは俺の袖をつかんだ。

「これ、事故の記録ですよね」

俺は頷いた。

エルによれば、古代文明はこの炉から遠くの都市へ魔力を送っていた。

だが、供給が止まると生活に必要な装置まで動かなくなったという。

俺は今の商会の回収網を思い浮かべた。

便利な仕組みほど、一つに頼り切ると壊れたときに弱い。

「修理しても、世界中をこの炉だけに頼らせるつもりはない」

俺が言うと、エルは不思議そうに首を傾げた。

『最大効率を目指さないのですか』

「目指す。でも、誰かが逃げる道まで削るのは効率じゃない」

彼女はその言葉を記録した。

調査の途中、冷却路の奥から金属音がした。

俺は作業員を下がらせ、長い棒で扉を開けた。

中には古い整備用の機械が一台、片輪を失って動けずにいた。

エルは『廃棄対象です』と言った。

俺は機械の外装を鑑定した。

動力部は壊れていたが、記録装置にはわずかな魔力が残っている。

「捨てるのはまだ早い」

工房から持ってきた小さな魔石をつなぐと、機械は短い映像を映した。

そこには、炉の停止直前に技師が手動弁を閉じる姿が残っていた。

事故を広げないために、誰かが最後までここにいたのだ。

俺はその映像をエルに見せた。

彼女は長く沈黙したあと、『その技師の名前は、記録から消えています』と告げた。

「なら、名前が分かるまで記録を残そう」

俺は映像を写し取り、扉の位置を地図に記した。

ミリアは小さな整備機械を見つめた。

「誰かの最後の仕事が、三千年後に役立つんですね」

俺は頷いた。

目の前にあるのは宝物だけじゃない。

壊れた道具にも、それを使った人の判断が残っている。

俺がごみを拾い続けてきた理由が、少し違う形で胸に迫った。

地上へ戻ると、採掘団の団長が待っていた。

「炉を動かせば、この土地の所有権はどうなる」

俺にはすぐ答えられなかった。

遺跡を見つけたのは彼らだ。

北方の村は長くこの土地で暮らしてきた。

商会が資材を出したからといって、全部を独占できるはずがない。

俺は村長と採掘団を招き、調査結果を共有する場を作ると約束した。

エルにもその話を伝えると、『管理権限の分割は想定外です』と言った。

「三千年前の仕組みが、全部正しいとは限らないだろ」

エルは少し考え、『再検討します』と答えた。

夜、ミリアと焚き火を囲みながら、俺は修理費の見積もりを広げた。

倉庫にある材料だけでは足りない。

運搬費、職人の賃金、周辺の安全対策。

数字は増えるばかりだった。

「引き受けますか」

とミリアが聞いた。

俺はしばらく火を見つめた。

「引き受ける。ただし、急がない。誰のために動かすのか決めてからだ」

彼女は安心したように息を吐いた。

俺は翌朝、エルへ条件を伝えることにした。

修理の条件を誰が決めるのか。

俺とエルだけで答えを出せないことだけは、はっきりしていた。

夜が更けると、エルは小さな光の姿で焚き火のそばへ現れた。

『あなたは私の願いを断るのですか』

俺は首を振った。

「願いを聞くために、何を失うか確かめたいんだ」

エルは『私には失うものがありません』と言った。

俺は昼間見た整備機械の記録を思い出した。

「ここで働いた人たちの思いは残っている。お前が守ってきたものも同じだ」

エルはしばらく返事をしなかった。


やがて『では、停止手順から確認しましょう』と静かに言った。

俺はようやく、彼女と同じ方向を向けた気がした。

映像の端には、閉じた隔壁の向こうへ伸びる細い通路が映っていた。

エルは

「帰還記録がない」

と繰り返す。

俺は通路の先を示した。

「帰還しなかったことと、何も残さなかったことは違う。出口まで調べよう」

翌朝、俺は前夜の約束どおり、エルに頼んで古い事故記録を複写した。

読めない文字はそのまま残し、分からない箇所に勝手な意味を足さない。

ミリアは記録を防水布で包んだ。

「急いで答えを出すより、間違えないことが大事ですね」

俺は頷き、最初の調査報告を村長へ届けた。

材料一覧を見ていたミリアが、突然首を振った。

「倉庫にあるからといって、全部使っていいわけじゃありません」

彼女が示したのは、冬を越すために北方の村へ送る予定の魔石だった。

俺は修理計画からその分を消し、村への納入日を帳簿に赤く書き直した。

エルは不思議そうに尋ねた。

『世界を救う施設より、村一つを優先するのですか』

「村を犠牲にして世界を救ったと言うつもりはない」

初めて、エルの返事がすぐには返ってこなかった。

支店長への手紙には、集められる資源の量だけでなく、供出すると止まる病院や工場の名前を書いてもらうことにした。

古代文明の失敗を繰り返さないなら、数字の陰にいる人間を数えなければならない。

エルは村へ送る魔石を除いた材料表を更新した。

『この条件なら、修復は段階的に進められます。

ただし世界各地の廃材を集め、成分を検査する必要があります』

「任せろ。支店長たちを集める」

俺はミリアに本社会議の招集を頼んだ。

「世界を救うなら、まず村を一つ犠牲にするのが早い」

そんな計算が成り立つ計画なら、俺は引き受けない。

ミリアは北方の村への納品票を会議資料の一番上に置いた。

エルは少し考えてから、施設の再起動日を

「未定」

に変えた。

『管理者様。

あなたは成功を遅らせました』

「ああ。でも、その遅れを説明できる相手がいる」

俺は支店長たちに手紙を書き始めた。

必要なのは魔石の量だけではない。

各地で何を止め、誰の暮らしに影響するかも報告してもらう。

三千年前の管理者は一人で決めたのかもしれない。

俺は、世界中の人間と決める。

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