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第4話 鍛冶屋にミスリルを持ち込んだら、親方が土下座してきた

翌日。

俺はミリアと一緒に鍛冶屋へ向かった。

町の外れにある、小さな鍛冶工房。

煙突から黒い煙が上がり、中から金属を叩く音が聞こえる。

「ここですか?」

ミリアが尋ねた。

「ああ」

「有名な工房なんですか?」

「いや」

俺は首を振った。

「むしろ逆だ」

看板には『ボルグ鍛冶工房』と書かれている。

この工房は、腕はいいのに商売が下手だと評判だった。

大商会との取引がなく、仕事も少ない。

だが、俺には都合がよかった。

大商会に邪魔されている今、独立した職人と組む必要がある。

「こんにちは」

扉を開ける。

中では、大柄な男が鉄を叩いていた。

「何だ?」

「金属の鑑定をお願いしたいんですが」

「鑑定?」

「はい」

男は面倒そうに顔を上げた。

「何の金属だ?」

俺は革袋から、小さな銀色の塊を取り出した。

机に置く。

男の動きが止まった。

「……おい」

「はい?」

「それをどこで手に入れた?」

「作りました」

「作った?」

「正確には、廃石から取り出しました」

男は無言で金属を手に取った。

光にかざす。

小さな金槌で叩く。

さらに、炉の火に近づける。

そして

「……ミスリルだ」

「はい」

「しかも純度が高い」

「ありがとうございます」

男は俺を睨んだ。

「ふざけるな」

「え?」

「こんなもの、普通の鉱山でも滅多に出ないぞ!」

「そうなんですか?」

「当たり前だ!」

男は机を叩いた。

「これだけの純度なら、王都の鍛冶師が奪い合う!」

俺は少し考えた。

「いくらで売れます?」

男は金属を量った。

「六十一グラムか……」

しばらく考え込む。

「金貨十五枚は出せる」

ミリアが息を呑んだ。

「じゅ、十五枚……」

俺は頷いた。

「なるほど」

「なるほど、じゃない!」

親方は叫んだ。

「これをどうやって作った!」

俺は笑った。

「企業秘密です」

親方は頭を抱えた。

「……最近の若い奴は、恐ろしいな」

契約書に署名する直前、親方は炉の奥から古い木箱を引っ張り出した。

中に入っていたのは、柄だけが残った折れた剣だった。

「これは、俺が若いころに作った失敗作だ」

「失敗作?」

「注文主は村の警備隊だった。丈夫だと胸を張って渡したのに、初めての訓練で刃が割れた。誰も怪我をしなかったのが救いだった」

親方は柄を握りしめた。

「それ以来、珍しい金属ほど怖い。値段より先に、壊れたとき誰が傷つくかを考える」

俺は契約書を裏返し、余白に一行を書き足した。

『試作品は耐久試験を通過するまで販売しない』

「これでどうです?」

「商人が自分から販売を遅らせるのか」

「信用を失えば、金貨十五枚どころじゃ済みませんから」

親方はしばらく俺の字を見つめていた。

「……なら、試してみるか」


翌朝。

俺たちは裏庭に作った試験台へ向かった。

親方が細いミスリル線を鉄の棒に巻きつけ、魔力を流す。

最初の三回は成功した。

四回目、線の接合部が赤く光った。

「離れろ!」

親方が叫ぶのと、俺がミリアの腕を引くのは同時だった。

火花が散り、木の台に黒い焦げ跡が残った。

「……売っていたら、客の手元で燃えていたな」

俺は喉の奥が冷たくなるのを感じた。

ミリアは震える手で帳面を開いた。

「試験品、四個目で断線。接合部が原因……で合っていますか」

「合ってる。失敗も全部書いてくれ」

親方は壊れた線を拾い上げた。

「純度が高すぎて、曲げた部分に負担が集まる。武器ならともかく、細い部品には向かん」

「だったら、全部をミスリルにしない方法は?」

俺が尋ねると、親方は顔を上げた。

「鉄の芯に薄く被せるのか」

「必要なところにだけ使う。俺が欲しいのは高級品じゃなくて、毎日安心して使える部品です」

親方は炉へ戻り、何度も厚さを変えた。

一度目は曲げると剥がれた。

二度目は魔力が通りにくかった。

三度目、ようやく試験台の小さな灯りが安定してともった。

「十回、二十回……」

ミリアが回数を数える。

五十回を超えても焦げ臭さはしなかった。

親方は額の汗を拭い、ようやく笑った。

「この配合なら、鍛冶屋の弟子にも教えられる」

俺は壊れた試作品を箱に戻した。

「最初に売るのは短剣でもいい。でも、その次はこれです」

「値段はどうする?」

「材料の節約分を客に返します。修理を諦めていた人にも届く値段にしたい」

親方は一度だけ頷いた。

「お前の商売なら、俺も手を貸そう」

契約書には、利益の分配だけでなく、試験と不良品の交換についても書き込んだ。

俺はその一枚が、銀色の塊よりずっと重く感じられた。

その後。

俺は親方に提案した。

「一緒に商売しませんか?」

「……何?」

「俺がミスリルを供給します。あなたは加工してください」

親方は目を細めた。

「どれくらい供給できる?」

「最初は一週間に一キロ程度を目標にしています」

「……一キロ?」

「はい」

親方の顔色が変わった。

「お前、今何と言った?」

「一キロです」

「ミスリルを?」

「はい」

「毎週?」

「はい」

親方は椅子から転げ落ちた。

「親方!?」

ミリアが慌てる。

だが、親方は床に座ったまま笑い始めた。

「は……ははは……」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫なわけがあるか!」

親方は立ち上がった。

「そんな量のミスリルを扱えるなら、俺の工房は王国一になれる!」

俺は笑った。

「じゃあ、決まりですね」

「待て!」

親方は真剣な顔になった。

「一つ条件がある」

「何ですか?」

「俺に、最初のミスリル製品を作らせてくれ」

「もちろん」

「……ありがとう」

親方は深々と頭を下げた。

「職人として、こんな機会は一生に一度だ」

俺は少し驚いた。

まさか、ここまで喜ばれるとは。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

こうして、俺たちは最初の加工契約を結んだ。

試作品を受け取った若い職人が、魔力制御板を見て首を横に振った。

「規格を決めるなら、俺たちにも寸法を選ばせてくれ。炉ごとに癖が違う」

俺は図面を引っ込めた。

大量生産のために現場を一つの形へ押し込めれば、また使えないごみを増やすだけだ。

親方が初めて笑った。

「ようやく商人らしくない顔をしたな」

その日の利益より、作り直した図面の方がずっと重く感じられた。


数日後。

ボルグ鍛冶工房では、一本の短剣が完成した。

銀色の刃。

青く輝く表面。

驚くほど軽い。

俺は短剣を手に取った。

「……すごいな」

親方は誇らしげだった。

「純ミスリルでは柔らかすぎる。だから鉄と組み合わせた」

「なるほど」

「軽くて丈夫だ。魔力もよく通す」

ミリアが尋ねる。

「これ、いくらで売れるんですか?」

親方は笑った。

「金貨八十枚だ」

「はちじゅう!?」

ミリアが叫んだ。

俺も驚いた。

「そんなに?」

「当たり前だ! ミスリル武器は貴族や上級冒険者しか買えん!」

俺は短剣を見つめた。

材料費。

加工費。

販売価格。

頭の中で計算する。

そして、あることに気づいた。

「……親方」

「何だ?」

「これ、短剣よりもっと儲かるものがありますよ」

「何?」

俺は笑った。

「武器じゃありません」

「……?」

「魔道具です」

親方は黙った。

俺は続けた。

「ミスリルは魔力をよく通すんですよね?」

「ああ」

「だったら、魔道具の内部部品に使えばいい」

「……内部部品?」

「はい」

俺は机の上に図面を広げた。

小さな魔力導線。

接続端子。

魔力制御板。

どれも、従来は高価な銀や特殊合金を使っていた部品だ。

「これを規格化して大量生産するんです」

親方は図面を見つめた。

だが、すぐには頷かなかった。

奥から出てきた若い弟子が、炉の前に置かれた古い借用証を隠そうとしたからだ。

親方が土下座したのは、珍しい金属に目がくらんだからではない。

かつて大商会に材料を奪われ、弟子の賃金まで滞らせたことを思い出したのだ。

「また俺だけ儲けて、こいつらを泣かせるわけにはいかん」

俺は図面の下に、弟子の技術料を先に支払う条項を書き込んだ。

若い弟子が顔を上げた。

「俺たちの名前も、製品に残りますか」

親方より先に俺が答えた。

「残そう。ここで作った証拠だから」

「……お前」

「はい?」

「本当に何者なんだ?」

俺は笑った。

「ただのごみ屋です」

親方は天井を仰いだ。

「……ごみ屋が、王国の魔道具産業を変えようとしているのか」

その言葉に、俺は少し考えた。

そして答えた。

「まず親方の弟子たちが、明日も胸を張って仕事をできるようにしましょう」


翌朝、工房の入口には

「試験中につき、納期を一日延長します」

と書かれた札が掛かっていた。

親方が貼ったのかと思ったが、字はまだ不揃いだった。

「僕が書きました」

昨日、傷を見つけた弟子が言った。

「親方に叱られると思って、最初は黙っていたんです。でも、昨日の部品が誰かの家の灯りになったら、取り返しがつかないから」

「客が怒ったらどうする?」

と親方が尋ねた。

弟子は一瞬だけ俯き、それでも顔を上げた。

「僕が説明します。傷を見つけたのは僕ですから」

親方は黙って工房の扉を開けた。

そこには納品を待つ道具屋の主人が立っていた。

「一日延びるってのは本当か」

弟子は逃げずに試作品の傷を見せ、なぜ納められないかを説明した。

主人は眉を寄せたが、最後には傷のない部品を受け取る日を帳面に書いた。

「なら明日、もう一度来る。うちの客にもそう伝える」

主人が帰ると、弟子は壁に掛かった検査用の定規を自分で手に取った。

「親方。次は僕が、親方の作ったものも確かめます」

親方は大声で笑いかけ、途中でやめた。

「……頼んだぞ」

俺が工房を出ようとすると、親方が棚の奥から古い刻印を取り出した。

長い間使われず、錆びた柄に

「ボルグ」

の文字が残っている。

「親父から継いだとき、俺にはまだ早いと言われた。今度は俺が同じことを言うところだった」

親方は弟子の前に刻印を置いた。

「明日の納品書に、お前の検査印を押せ。ただし、俺の品に傷があったら遠慮なく止めろ」

弟子は刻印を受け取らず、まず検査台へ向かった。

親方の作った部品を光に透かし、定規を当てる。

親方は口を挟まない。

「……合格です」

そこで初めて、弟子は刻印を手に取った。

親方が背を向けて炉の火を強めた。

赤い光の中で、その肩が小さく震えているように見えた。

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