第39話 世界一の大富豪になったので、最初のごみ山に戻ってみた
それから、さらに五年が過ぎた。
俺が始めた資源商会は、世界最大級の企業になっていた。
従業員、五万人。
回収拠点、千か所以上。
工房、二百か所。
取引先、数万社。
年間売上、金貨五千万枚。
そして
俺の個人資産は、世界最大級と評価されるようになっていた。
だが俺は、ある場所へ向かっていた。
最初の町。
最初のごみ山。
すべてが始まった場所だ。
「……懐かしいな」
俺は呟いた。
ミリアが隣で笑った。
「本当に」
かつて巨大なごみ山だった場所。
今では、立派な資源再生工場になっていた。
清潔な作業場。
整備された倉庫。
多くの従業員。
そして、再生資源を積んだ荷馬車。
俺は工場を見渡した。
「……変わったな」
ミリアが頷いた。
「最初は、何もありませんでしたね」
「ああ」
「金貨一枚で買ったごみ山」
「そうだったな」
「従業員は私一人」
「そうだった」
俺たちは笑った。
工場の一角には、小さな展示室が作られていた。
そこには、古い木箱が置かれている。
最初に拾った壊れた魔道具。
最初に再生した魔石。
最初に精製したミスリル。
そして
一枚の古い契約書。
金貨一枚で、ごみ山を買い取ったときの契約書だ。
俺はそれを見つめた。
「……これが始まりだったんだな」
ミリアが微笑んだ。
「はい」
俺は少し考えた。
そして笑った。
「……あのとき、買ってよかったな」
ミリアも笑った。
「本当にそうですね」
そのとき。
工場長がやってきた。
「会長!」
「どうした?」
「新しい廃棄物が届きました!」
俺は目を輝かせた。
「……何?」
「古代遺跡から出た、用途不明の金属です!」
俺は笑った。
「見せてくれ!」
ミリアがため息をついた。
「……世界一の大富豪になっても、やることは変わりませんね」
俺は肩をすくめた。
「趣味と実用を兼ねてるからな」
工場を見学していると、裏手にある排水路から、見習いの少年の叫び声が聞こえた。
「会長、ちょっと来てください!」
午前の試験で使った洗浄液が、排水の検査槽に溜まっていた。
水面には薄い青い膜が浮かび、警報板が赤く点滅している。
「外へ流したのか?」
「まだです。記録帳にない色だったので、弁を閉めました」
俺は少年の肩から力が抜けるのを見た。
もしそのまま放流していたら、下流の畑まで汚すところだった。
「よく止めた。工場長を呼んでくれ」
駆けつけた工場長は、再生工程を止めれば今日の出荷に間に合わないと顔を曇らせた。
「納品先には俺から連絡する。先に水を調べよう」
「違約金が出ます」
「払う。川を汚してから謝るより、ずっと安い」
俺は鑑定で膜の成分を調べた。
魔石の外装に使われた防錆剤が、洗浄液に溶け込んでいた。
前の工場では扱っていなかった古い型式だ。
「昨日の成功品だけ数えたら、この問題は見えなかったな」
少年は記録帳を開いた。
失敗した十二個のうち九個に、同じ黒い外装が使われている。
「これが原因ですか」
「可能性は高い。でも決めつけず、別の槽で確かめよう」
俺たちは洗浄工程を止め、外装を先に外す方法へ切り替えた。
新しい手順では時間がかかる。
だが試験槽の水は透明なままだった。
少年は結果を帳面に書き込み、工場長へ差し出した。
「僕の判断でラインを止めました。怒られるなら僕が」
工場長はしばらく帳面を見てから、深く頭を下げた。
「止めてくれて助かった。私が見逃していた」
その言葉を聞いて、俺は少年が書いた試験槽の数字を見直した。
少年が見つけた異常は、俺の鑑定でも初めから分かっていたわけではない。
捨てたはずの十二個に、次の発見が隠れていた。
俺はもう一度、失敗品の箱を開けた。
排水路の処置を終えて展示室へ戻ると、工場の裏口で小さな声がした。
「会長って、本当にごみを拾っていたんですか」
振り向くと、見習いの少年が箒を握って立っていた。
年は十五歳ほどだろう。
「拾っていたよ。今でも拾う」
「でも、もうお金に困らないんでしょう」
俺は答えに詰まった。
金貨一枚を握りしめていた頃と、今とでは、困ることの種類が違う。
少年は続けた。
「工場長は、壊れた魔道具を捨てるなって言います。でも直せないものもあります」
「見せてくれ」
少年が案内した棚には、ひびの入った小型魔石が並んでいた。
どれも表面が黒く変色している。
「修理班が三回試して、全部だめでした」
俺は一つ手に取り、光に透かした。
芯は生きているが、外側の導線が焼けている。
「これ、どうして捨てないんだ」
少年は肩をすくめた。
「捨てたら、会長が怒るって」
俺は思わず笑ってしまった。
「怒らないよ。理由もなく抱え込む方が困る」
ミリアが隣から口を挟んだ。
「昔は何でも買い取って、倉庫がいっぱいになりましたものね」
「それは言わないでくれ」
少年が初めて笑った。
俺は作業台を借り、魔石を一つ分解した。
芯を取り出すと、外側の金属だけが簡単に外れた。
「全部を直そうとするから難しい。使える部分だけ分けてみよう」
少年は目を丸くした。
「新品には戻せないのに?」
「新品に戻すことだけが再生じゃない」
芯を検査器にかけると、弱いが安定した光が灯った。
工場長が駆け寄ってくる。
「会長、これなら倉庫の警報灯に使えます」
「そうだな。ただし、長時間試験をしてからだ」
少年は残りの魔石を数え始めた。
「百二十個あります。全部試します」
「一人でやるな。検査の方法をみんなに教えてくれ」
俺は彼に小さな記録帳を渡した。
昔、最初のごみ山でミリアと使ったものに似た、安い紙の帳面だった。
「成功した数だけじゃなく、失敗した理由も書いてほしい」
「失敗もですか」
「ああ。次に同じものが届いたとき、誰かの役に立つ」
少年は真剣な顔で頷いた。
その日の夕方、工場長が相談に来た。
「会長が直したとなると、全国の工場から同じ依頼が来そうです」
「俺が直したことにしないでくれ。見習いが試験を始めた、と報告してほしい」
「それでは会長の功績が」
「功績なら、もう十分もらったよ」
工場長は不思議そうな顔をした。
俺は展示室の古い契約書を思い出した。
金貨一枚の価値は、あの紙に書かれた数字だけではない。
誰も欲しがらなかった場所を、自分の手で確かめようとした気持ちが、俺には残っている。
翌朝、少年が走ってきた。
「会長! 試験した二十個のうち、八個が使えました!」
「残りの十二個は?」
「なぜ駄目だったか、まだ分かりません」
「それなら、次の仕事ができたな」
少年は嬉しそうに笑った。
俺は自分の手を見た。
指先には、昨日の魔石を分解したときの黒い汚れが残っていた。
世界一の大富豪になったかどうかは、俺には実感がない。
だが、この汚れを落とすのが少し惜しいと思う気持ちは、昔から変わらなかった。
少年は失敗した十二個の魔石を、捨てずに机へ並べていた。
「会長の鑑定と違う印が出たんです。これ、僕の間違いですか?」
俺も調べたが、理由は分からなかった。
「分からない。だから、君の印を消さないでくれ」
少年は記録帳に『未解明』と書き、次の試験日を決めた。
俺は汚れた手でその頁を押さえた。
世界一の大富豪になって戻ってきた場所で、俺はまた一つ、誰にも値段のつけられない物を見つけた。
知らないことを、知らないと言える仕事場だ。




