第37話 赤字部門を買い取ったら、世界中のごみが集まってきた
三か月後。
ゴルド商会の廃棄物処理部門を、正式に買収した。
買収額は金貨二十万枚。
ただし、設備の状態や負債を調査したうえでの契約だ。
ミリアは書類を見て、目を丸くした。
「……金貨二十万枚」
「そうだな」
「大金ですね」
「ああ」
「本当に大丈夫ですか?」
俺は笑った。
「大丈夫だと思う」
「思う!?」
「商売に絶対はないからな」
俺は帳簿を開いた。
買収した部門には、世界中に回収拠点があった。
だが、設備が古く、運営効率が悪い。
しかも、回収したごみの多くを、そのまま処分していた。
俺は笑った。
「……もったいない」
ミリアが頷いた。
「オリバさんの大好きな言葉ですね」
「そうだな」
引き継いだ赤字部門では、誰も新しい経営者を信用していなかった。
買収前の説明会で約束した部品の安定供給が、本当に守られるのかを皆が見ていた。
工場長は言った。
「前の会長も改革すると言って、最後は賃金を削った」
俺は最初の一週間、機械を動かさず現場を見て回った。
壊れた選別機、遠すぎる運搬路、誰も読まない分厚い報告書。
問題は職人の腕ではなかった。
ミリアが提案した簡単な点検表で停止時間が減り、最初の月の赤字が半分になった。
工場長が握手に応じたのは、数字を見せたあとだった。
買収直後の調査で、俺は旧ゴルド商会の南倉庫へ向かった。
帳簿では稼働中の選別機が、現場では布を掛けられたまま止まっていた。
主任のベルクは
「部品が来ない」
とだけ答えた。
発注書を調べると、代金は三度支払われているのに納品記録がない。
俺が不正を疑うと、ベルクは唇を噛んだ。
「前の本部に報告した職人は、翌週には解雇されたんです」
俺は怒鳴りたくなったが、まず全員の前で言った。
「調査中に誰も解雇しない。証拠を出した者の名前も守る」
その約束を紙に書き、俺自身が署名した。
南倉庫の点検を終えたあとも、改革を急がなかった。
ベルクたちの話を聞くと、南倉庫の部品不足と北方の仮置き場は別の問題に見えて、どちらも旧本部へ異議を伝えられなかったことが原因だった。
俺は支店長を集め、危険を報告した者を不利益に扱わない規則を配った。
だが紙に書いただけでは信用されない。
ベルクは
「会長が帰ったあとも同じですか」
と尋ねた。
「同じだ。違ったら俺に直接知らせてくれ」
俺は各拠点の連絡先を渡した。
金貨二十万枚で買ったのは機械だけではない。
壊れた連絡の仕組みも引き受けたのだ。
調査を始めて三日目、北方拠点から緊急の伝令が来た。
積み上げた廃材が雪解け水で崩れ、村へ流れ出しかけているという。
旧経営陣は処分費を節約するため、川沿いに仮置きしていた。
俺は利益計画を脇へ置き、工場長と現場へ急いだ。
村長は俺の馬車を見るなり門を閉めた。
「また金で口を塞ぎに来たのか」
俺は門越しに答えた。
「違う。俺の会社が引き継いだ責任を果たしに来た」
村長はすぐには信じなかった。
それでも、避難する家族の荷車を押すことだけは許してくれた。
雪混じりの雨の中、俺は廃材の山を鑑定した。
鉄と銅は再利用できる。
だが、底に混ざった灰には水を汚す成分があった。
全部を売れば利益になるという計算は、その瞬間に捨てた。
まず灰を隔離し、職人に排水溝を掘ってもらう。
運搬車は足りず、商会の営業用馬車まで泥に入れた。
ミリアは泥だらけの帳簿を抱えて言った。
「このままだと、今月の黒字は消えます」
俺は頷いた。
「黒字は来月取り戻せる。でも、この村の井戸は取り戻せないかもしれない」
彼女は黙って次の馬車を手配した。
復旧の途中で、買収前の幹部が訪ねてきた。
彼は未処理の廃材を安値で引き取る代わりに、過去の契約を調べないでほしいと言った。
俺は断った。
すると男は、海外拠点への輸送路を止めると脅した。
実際、翌日には三つの港で荷が動かなくなった。
支店長たちは俺に譲歩を求めたが、俺は各港の船主を直接訪ね、運賃を先払いする代わりに荷主と職人の安全条件を契約へ書き込んだ。
費用は増えた。
それでも不透明な取引を切り離せたことで、現場から初めて本当の在庫数が届くようになった。
一か月後、ベルクが新しい選別機の前に立っていた。
古い機械の歯車を再利用し、運搬路を短くした改造品だ。
試運転では一度だけ詰まり、全員の顔が曇った。
俺は停止を命じ、ベルクが原因を探す時間を確保した。
彼は細い針金を一本取り除いてから、もう一度動かした。
今度は機械が軽い音を立て、資源と残渣を別々の箱へ落とした。
職人たちが拍手した。
俺が
「これを考えたのは誰だ」
と聞くと、ベルクは仲間全員を指さした。
俺はその名前を報奨金の書類に一人ずつ記した。
決算の日、買収した部門の収支はようやく黒字になった。
ただし、数字を見た俺の胸に浮かんだのは達成感だけではない。
村の川辺にはまだ補修した土手があり、救援に使った馬車の車輪も交換待ちだった。
俺は支店長たちに、利益の一部を事故対策の積立金として残すと告げた。
「せっかく黒字になったのに」
と戸惑う者もいた。
俺は答えた。
「赤字を黒字にするために、人の暮らしを赤字にしたくない」
ベルクは会議の後で俺を呼び止めた。
「今度は、うちの工場から他の拠点を助けに行けます」
その言葉が一番うれしかった。
翌月、北方の拠点から、最初の再生部品が届いた。
古い選別機の歯車を直したもので、南の工房では新しい機械を買えずに困っていた。
ベルクが箱を開けると、部品の側面には北方の職人たちの刻印が並んでいた。
「本当に動くのか」
と南の工房長が尋ねた。
ベルクは工具を借り、工房長と二人で歯車を取り付けた。
機械が一度きしみ、止まった。
俺は息をのんだが、ベルクは慌てなかった。
軸の位置を半寸直すと、歯車が静かに回り始めた。
止まっていた選別台から、金属片が規則正しく流れ出した。
「北方の連中に礼を言わないとな」
と工房長が笑う。
ベルクは工具を置き、
「次は南の修理方法を向こうへ教えてやってください」
と答えた。
その夜、俺は地図に二つの拠点を結ぶ線を引いた。
利益を報告する数字の横に、北方から南方へ届いた歯車一個の記録を添える。
ところが次の箱は、港の検査書類が不足し、国境で足止めになっていた。
南では別の工房が部品を待っている。
ミリアは止まった配送票を見て言った。
「線を引くだけじゃ、届きませんね」
「……次は物流だな」
俺は地図を広げたまま、各港の責任者へ出す手紙を書き始めた。




