第34話 海のごみを集めたら、漁師たちが大喜びした
セレスタ王国の港では、別の問題も起きていた。
海に流れ込む大量のごみ。
壊れた木箱。
漁網。
金属くず。
船から落ちた荷物。
それらが港の周辺に溜まっていた。
漁師たちは困っていた。
「網にごみが引っかかる!」
「船の底を傷つける!」
「魚が減った!」
俺は話を聞いて頷いた。
「……なるほど」
そして提案した。
「海のごみを買い取りましょう」
漁師たちは固まった。
「……何?」
「回収して持ってきてくれれば、種類に応じて買い取ります」
「本当か!?」
「はい」
俺は笑った。
「もちろん、危険なものは専門の回収班に任せてください」
最初の回収船は港へ戻れなかった。
古い網が舵に絡み、浅瀬で動けなくなったのだ。
俺は岸で待つ家族の顔を見て、回収量を増やすことばかり考えていた自分を恥じた。
漁師の長が言った。
「海は帳簿どおりに動かねえ」
俺は翌日の作業を中止し、船乗りと危険な海域を地図に記した。
回収するごみには値段をつけるが、無理に潜ったり、嵐の日に出港したりした分には一銭も払わない。
安全を売上で競わせないためだ。
反発もあった。
「それじゃ稼げねえ」
俺は回収拠点での仕分け作業にも賃金を出すことにした。
初めて網にごみが絡まず戻ってきた漁師は、船べりに座り込んで笑った。
「今日は網を切らずに済んだ」
俺は魚の数より先に、船が無事に帰ったことを記録した。
港の漁師たちは最初、俺たちを歓迎しなかった。
「掃除を口実に漁場を取り上げるつもりだろう」
年配の漁師が睨んだ。
俺は船を借り、彼らと一緒に網を引いた。
網に絡まった古い金具が手のひらを裂き、魚はほとんど獲れなかった。
「これが毎日だ」
と漁師は言った。
回収範囲は漁師組合と相談して決め、作業中の補償も用意した。
数週間後、網にかかるごみが減った日、あの漁師は水揚げ帳を差し出した。
「これなら、明日も海に出られる」
その言葉が何より嬉しかった。
一週間後。
港には、ごみを積んだ漁船が集まっていた。
古い漁網。
木材。
金属くず。
壊れた魔道具。
俺たちはそれらを分別した。
再利用できるものは資源にする。
危険なものは安全に処理する。
そして、海に戻してはいけないものは適切に保管する。
一か月後。
港の周辺は、以前よりきれいになっていた。
漁師たちは喜んだ。
「網が破れなくなった!」
「港が使いやすい!」
「ごみを持っていくと金になる!」
俺は笑った。
「よかったですね」
漁師の親方が言った。
「オリバ殿!」
「はい?」
「これからも続けてくれ!」
「もちろんです」
こうして、海洋国家でも資源回収事業が広がっていった。
漁師組合との契約をまとめた翌日、俺の事務所へ二人の男が怒鳴り込んできた。
「回収した網を買うと言ったな。だったらこれも買え!」
男たちが床へ投げたのは、まだ新しい漁網だった。
「これは壊れていませんね」
と俺が言うと、一人が鼻で笑った。
「海へ捨てて拾えばごみになる。買い取りの条件は満たすだろう?」
俺は言葉を失った。
ごみを金に換える仕組みが、逆にごみを増やす口実になる。
「買い取れません。回収場所と持ち主を記録します」
「約束が違う!」
「海をきれいにするための約束です。汚すためではありません」
男たちは舌打ちして帰った。
だが、翌週には同じ手口を使う者が増えた。
俺は組合長と相談し、持ち込みの際に漁場と回収日時を記録する制度を作った。
新品の網を故意に捨てたと分かれば買い取り対象から外す。
一方、長年海底に沈んでいた網には回収の手間に応じて報酬を出す。
「記録ばかり増えて、魚を捕る時間が減る」
と若い漁師がこぼした。
その通りだった。
俺は書類の記入を港の事務員が手伝うようにし、漁師には必要な情報だけを聞くことにした。
ところが、肝心の回収作業で事故が起きた。
海底の古い網が岩に絡み、潜水士の足を引っ張ったのだ。
綱を引いた仲間が異変に気づき、間一髪で救い上げた。
俺が岸壁へ駆けつけると、潜水士は震えながら毛布にくるまっていた。
「もう潜りたくない」
と彼は呟いた。
「潜らなくていい。今日は全員休みにします」
作業を止めた俺に、商会の責任者が困った顔をした。
「明日までに回収量を確保しないと、買い手に違約金を払うことになります」
「払おう。人命を賭けてまで守る契約じゃない」
その晩、俺は漁師たちと危険な海域を地図に描いた。
潮の向き、岩礁の位置、沈んだ網が引っかかる場所。
俺の知らない情報が、古い船乗りの頭の中には山ほどあった。
「海を掃除するなら、まず海に教わることだな」
と組合長が言った。
俺は笑えなかった。
正論だったからだ。
次の作業では、潜水を減らし、船上から網を巻き上げる装置を使った。
岩に引っかかったら無理に引かず、位置を記録して専門班に回す。
回収量は以前より少なかったが、怪我人は出なかった。
一か月後、漁師たちが持ち込むごみの量が減り始めた。
会計係は売上の低下を心配した。
「回収事業が失敗したのでしょうか」
俺は港を見た。
漁船の網には、久しぶりに魚が多くかかっていた。
「違う。海がきれいになれば、ごみは減る。それが成功だ」
組合長が新鮮な魚を持ってきた。
「これを食ってみろ。前より身がいい」
ミリアと分けて食べると、塩だけでも驚くほど旨かった。
俺は翌年の契約を、ごみの重量だけでなく港の安全点検や水質調査にも報酬が出る形に変えた。
ごみが減っても漁師が損をしない仕組みにしたかった。
「ごみで儲ける商人が、ごみが減るのを喜ぶとはな」
と組合長は笑った。
「俺が欲しいのは、何度でも帰ってこられる港です」
その言葉に嘘はなかった。
翌月、新しい契約の説明会で、年長の漁師が
「海底の危険物調査は若い者に任せる。俺の出番はもうない」
と言った。
回収量が減っても報酬を得られる仕組みは整えたが、長年の経験をどこで生かせるかはまだ決まっていなかった。
若い漁師は、傷んだ網を手に
「この結び目の直し方を教えてほしい」
と頼んだ。
そこで、海に出る班、港で危険を記録する班、網の修繕を教える班に分けた。
最初は空欄ばかりだった名簿に、年長の漁師が
「修繕指導」
と書き込んだ。
若者はその隣へ自分の名を書いた。
秋の朝、二人は港で一枚の網を挟んでいた。
年長者が結び目をほどくと、若者が同じ形に結び直す。
三度目にようやく合格すると、老人はわざと厳しい顔で言った。
「これなら海へ持っていける」
ちょうどそのとき、漁船が戻ってきた。
船頭が網を広げると、銀色の魚が朝日に跳ねた。
老人は思わず立ち上がり、若者に向かって手を振った。
「早く来い。あの網を直したのはお前だろう」
若者は走り出し、途中で振り返った。
「明日も教えてくれますか」
老人は聞こえないふりをして、修繕用の針を一本、作業台の若者の席に置いた。
俺が港を離れるとき、船からは魚を運ぶ掛け声が聞こえた。
岸壁には、空になったごみ回収用の籠が伏せてあった。
誰もそれを満たそうとはしなかった。




