第33話 沈没船を引き上げたら、金貨の山が出てきた
「オリバさん!」
ミリアが走ってきた。
「港の外に、沈没船があるそうです!」
「沈没船?」
「はい!」
俺は目を細めた。
「……面白そうだな」
ミリアがため息をついた。
「また何か考えていますね」
「もちろん」
俺は笑った。
「沈んだ船にも、使える資源がある」
港の沖合。
海底には、何十隻もの沈没船が眠っていた。
長年の海難事故によって沈んだ船だ。
俺は港湾管理局に相談した。
「引き上げてもいいですか?」
責任者は驚いた。
「沈没船を?」
「はい」
「危険ですよ?」
「安全な方法を考えます」
俺は古代浮遊装置を改良した。
水中でも使えるように、防水処理を施す。
さらに、浮力を補助する装置を取り付けた。
こうして、沈没船引き上げ計画が始まった。
沈没船の引き揚げ作業は、予想以上に難航した。
海流が変わり、浮遊装置の固定具が一本外れたのだ。
「全員、離れろ!」
俺が叫ぶと、甲板の上の職人が綱を切った。
船体は再び海へ沈んだ。
高価な装置を一つ失ったが、怪我人は出なかった。
翌朝、俺たちは潜水士の意見を聞き、潮の流れが穏やかな時間帯に作業をやり直した。
潜水士が無事に戻ったのを確かめてから、俺は壊れた固定具の記録を取り直した。
次の作業では同じ失敗を繰り返せない。
最初に引き上げたのは、小さな商船だった。
船体は壊れていた。
だが、内部には大量の荷物が残っていた。
木箱。
金属製の容器。
そして、頑丈な金庫。
俺は金庫を見つめた。
「……何だろうな」
ミリアが目を輝かせた。
「宝物ですかね?」
「かもしれない」
俺たちは、港湾管理局の立ち会いのもとで金庫を開けた。
中には。
大量の金貨が入っていた。
「……おお」
俺は思わず声を漏らした。
ミリアが叫んだ。
「き、金貨ぁぁぁ!?」
金庫には、金貨がぎっしり詰まっていた。
だが、俺はすぐには喜ばなかった。
沈没船の積荷には、元の所有者がいる可能性がある。
港湾管理局と一緒に、船の記録を調べる必要があった。
その日の夕方、俺は港湾管理局に、船体から回収した資材と所有者調査中の積荷を別々の倉庫で保管する案を出した。
港の倉庫番は
「同じ沈没船の荷物なのに」
と不満そうだったが、俺は説明した。
「鉄板は許可を得て再利用できても、手紙や金貨は誰かが待っていたものかもしれない」
管理官は台帳を二冊用意し、潜水士の頭領が回収場所を記入した。
翌朝、遺族から問い合わせがあったとき、その記録のおかげで荷物の所在を答えられた。
その夜、港の酒場では噂が一人歩きしていた。
「沈んだ船から金貨を拾えば、全部オリバのものになるらしい」
「次は俺も潜るぞ」
そんな声を聞き、俺は背筋が冷たくなった。
素人が真似をすれば命を落とす。
翌朝、俺は港湾管理官に頼み、引き揚げ作業の許可証を港に掲示した。
潜水士の資格、潮の記録、船体の所有権確認。
面倒な条件ばかりだが、どれも必要だった。
「儲け話に水を差すのか」
と商人が抗議した。
「人が溺れるよりはいい」
だが、問題は別の形で起きた。
金貨の発見を聞きつけた男が、沈没船の元船主の甥だと名乗り出たのだ。
「船の積荷は家の財産だ。勝手に開けたなら弁償しろ」
男は古い印章を差し出した。
俺はその場で否定しなかった。
遺族が本物なら、財産を返すのが先だ。
港湾管理官と一緒に船の記録を調べると、印章は確かに同じ家のものだった。
ただし船が沈んだ年、家督は別の人物に移っていた。
「偽物ということですか」
とミリアが聞いた。
「まだ分からない。話を聞こう」
男を呼び、俺は証拠を並べた。
男はしばらく黙り、やがて椅子に崩れ落ちた。
「叔父が死んでから、家は借金だらけになった。金貨があれば妹の薬を買えると思った」
俺は胸の奥が重くなった。
だからといって、誰かの財産を勝手に渡すことはできない。
「相続の調査は続けます。あなたの事情も記録します。でも、結果が出る前に金貨を動かすことはしません」
男は唇を噛んで帰った。
ミリアが小さく息を吐いた。
「正しいことをしても、誰かをがっかりさせるんですね」
「だから、なおさら手順を飛ばせない」
その夜、引き揚げに使った浮遊装置の修理費が届いた。
金貨五千枚の報酬が確定する前なのに、支払いだけは容赦なく迫ってくる。
会計係は青ざめていた。
「このまま二隻目に取りかかれば、港の倉庫代も払えなくなります」
俺は次の作業を延期した。
利益の見込みに酔って、まだ手元にない金を使うわけにはいかない。
潜水士の頭領が訪ねてきた。
「俺たちの給金はどうなる」
「最優先で払います。装置の修理は後回しです」
「それなら待てる。だが、次は潮を読める人間の言うことを聞けよ」
「約束します」
数日後、調査の結果が出た。
船主の相続関係が整理され、法律に従って積荷の処分と報酬の配分が決まった。
俺が受け取った金貨五千枚は、偶然拾った金ではない。
危険な作業を引き受け、証拠を守り、所有者を探したことへの報酬だった。
俺は最初に潜水士の賃金と装置の修理費を支払った。
残りの一部は、海難事故で家族を失った人を支える基金に寄付した。
「商売人らしくないですね」
とミリアが笑った。
「商売人だからこそだよ。次に沈んだ船を引き上げるとき、誰も俺たちを泥棒だと思わないようにしたい」
港の外には、まだ何隻もの沈没船が眠っている。
俺には宝の山に見えた。
でも今は、その一隻一隻に持ち主と帰りを待った人がいたことも忘れなかった。
その後、俺は潜水士の頭領と次の海域を見に行った。
海面は穏やかに見えたが、彼が投げた木片はあっという間に沖へ流れた。
『この下は潮が速い。
金貨が眠っていても今日は潜らん』と頭領は言った。
俺は作業予定表に大きく中止と書いた。
船員たちは驚いたが、誰も反対しなかった。
帰り道、ミリアが『宝を見つけるより、引き返す方が難しいですね』と言った。
俺も同感だった。
報酬を受け取ったからこそ、次の成功を急がずにいられる。
危険を見逃さないことが、商会を大きくする一番地味な仕事なのだ。
最初の金庫の記録には、税関印の写しと船籍台帳の番号を添えた。
金貨五千枚の報酬を受け取ったあとも、調査の書類は港湾管理局に預けてある。
次に同じような金庫が見つかっても、俺の気分一つで開けることはできない。
潜水士の頭領は
「面倒な仕組みを作ったな」
と笑った。
「面倒だから守れるものもあるさ」
と答えると、彼は黙って次の潮汐表を広げた。
金貨の配分が決まったあとも、港には
「潜水士は宝を盗んだ」
という噂が残った。
頭領は怒って次の作業を断ろうとしたが、俺は引き上げ日誌と裁定書の写しを港の掲示板へ出した。
管理官は報酬が正規の手続きで支払われたことを説明した。
頭領は
「金貨が戻っても、疑われた名誉は簡単には戻らん」
と言った。
俺は返す言葉がなく、次の潜水索を点検する彼の背中を見守った。
引き上げた手紙には、差出人の名と宛先の町が記されていた。
町の古い住所録では、その家はとうに途絶えたことになっている。
資料室の職員が
「展示用に写しを取りますか」
と尋ねたが、俺は首を振った。
「まだ受け取る人がいないと決まったわけじゃない」
原本は封印し、港湾管理官に預けた。
三日後、宛先の家の姓を名乗る老女が訪れた。
手紙の差出人の孫だという。
老女は祖父の航海記録と、家に残る同じ封蝋の印を持参していた。
港湾管理官が船籍台帳と照合し、手紙が祖父から家族に宛てたものと確認した。
だが潜水士の一人は、封筒を渡す直前に手を伸ばした。
「俺たちが命をかけて拾った。せめて何が書いてあるか知る権利はないのか」
老女は手紙を胸に寄せた。
「家族の最後の言葉を、見世物にはしないでください」
俺は二人の間に立たず、港湾管理官に原本の返還手続きを進めてもらった。
引き揚げの報酬は契約に従って潜水士へ払う。
手紙の中身を公開するかは、受取人が決める。
それぞれの権利を混ぜてしまえば、どちらかが傷つく。
潜水士は唇を噛んだが、頭領が静かに肩を押さえた。
「俺たちは人の帰り道を見つけたんだ。読ませてもらうために潜ったんじゃない」
翌日、老女は手紙の原本を受け取り、封筒を開く前に長い間目を閉じた。
「祖母は、祖父が逃げたのだと思っていました。帰らなかった理由を誰にも聞けず、最後まで待っていたんです」
封筒の端は海水で波打っていた。
老女は破かないよう指を滑らせ、封を切った。
中の文字を目で追ったあと、彼女は一度だけ小さく笑い、すぐに泣いた。
「帰りたかったって。ずっと、帰りたかったって書いてあります」
俺たちはそれ以上、何も尋ねなかった。
潜水士の頭領は帽子を取り、老女が読み終えるまで港の扉を押さえていた。
港湾管理官は本人の許可を得て船名と祖父の名前だけを資料室に記した。
潜水士の頭領は報酬の受領書に署名すると、老女の荷物を港の出口まで運んだ。
二人は手紙の中身を話さなかった。
海から戻ったものの行き先を、ようやく本人が決められた。
老女が帰ったあと、潜水士の頭領は空になった封印箱を片づけた。
「金貨より大事な物を引き上げたのかもしれんな」
「そうですね」
俺は海を見た。
祖母が待ち続けた時間は戻らない。
それでも、帰れなかった人の言葉だけは、ようやく家へ帰った。




