第32話 海洋国家に行ったら、沈んだ船が宝の山だった
セレスタ王国。
海に囲まれた商業国家。
巨大な港には、何百隻もの船が停泊していた。
俺は港を見渡した。
「……すごいな」
ミリアが笑った。
「きれいな港ですね!」
「ああ」
だが、俺が見ていたのは船ではなかった。
港の外れ。
そこには、壊れた船が大量に放置されていた。
「……あれだな」
ミリアがため息をついた。
「またごみですか?」
「そう」
俺は笑った。
「今度は船だ」
港の管理官によれば、沖に沈んだ船の周辺では引き揚げ索が二度切れたという。
俺は回収の利益を計算しかけて手を止めた。
潮の流れを知らないまま潜れば、宝を見つける前に人を失う。
廃船の所有者を調べると、海に沈んだ船の中には遺族が引き取りを待つものもあった。
港湾管理官は言った。
「処分許可があっても、何でも売っていいわけではありません」
俺は作業場に、船名と回収場所を記録する帳面を置いた。
金属は資源でも、船には人の記憶が残る。
最初に見つかった古い航海日誌は、持ち主の家族へ届けた。
ミリアが笑った。
「売らないものもあるんですね」
「あるさ。値段を付けたら間違えるものだって」
港湾管理局。
俺は責任者に尋ねた。
「あの廃船、どうするんですか?」
「処分する予定ですが……」
「ですが?」
「費用が高くて、なかなか進まないのです」
俺は頷いた。
「なるほど」
「木材、金属、魔道具、いろいろ混ざっていますから」
俺は笑った。
「全部、買い取りますよ」
責任者が固まった。
「……え?」
「廃船です」
「……全部?」
「はい」
責任者はしばらく黙った。
そして
「本当ですか!?」
「もちろん」
こうして、俺たちは大量の廃船を手に入れた。
数週間後。
廃船の解体作業が始まった。
木材。
鉄。
銅。
魔石。
魔道具。
それぞれ分別する。
そして、船底に使われていた特殊な金属を鑑定した。
【耐海水性魔導合金】
主成分:鉄、銅、ミスリル
特殊性質:腐食耐性
再利用可能率:93%
俺は笑った。
「……いい材料だ」
ミリアが尋ねる。
「何に使うんですか?」
「新しい船だ」
「……え?」
「廃船から材料を回収して、新しい船を作る」
ミリアは目を丸くした。
「そんなことができるんですか?」
「全部は無理でも、かなりの部分は再利用できる」
俺は笑った。
「船の建造費を下げられるぞ」
最初の調査で、俺の計算は早くも崩れた。
港の外れに積まれた廃船は、ただの木材の山ではなかった。
船腹には船主の印が残り、船室には古い食器や衣服まで置かれていた。
「全部買い取ると言いましたよね」
と港湾管理官が念を押した。
「言いました。でも、所有権を確かめずに解体するとは言っていません」
管理官は険しい顔で台帳を持ってきた。
船主が行方不明の船、借金の担保になった船、海難事故の調査が終わっていない船。
ひとまとめにしたら、後から訴えられるのは俺たちだ。
俺は作業場の入口に三枚の札を掛けた。
「解体可」
「所有者確認中」
「保存対象」
職人たちは不満そうだった。
「手間が三倍だぞ」
「最初に間違えると、信用を取り戻すのに十倍かかります」
翌日、年配の女性が事務所を訪ねてきた。
手には擦り切れた船員帽があった。
「青い船を見ませんでしたか。息子が乗っていた船なんです」
俺は台帳を調べ、解体待ちの船列に案内した。
女性は船名を見つけると、その場で膝をついた。
俺にはかける言葉が見つからなかった。
女性が欲しがったのは船そのものではなく、船室に残された小さな木箱だった。
中には家族の絵が一枚入っていた。
俺は記録を残し、管理官の立ち会いで箱を渡した。
「これも売り物ですか」
「いいえ。返すべきものです」
その日の夜、ミリアは俺に尋ねた。
「全部を資源にするつもりだったんじゃありませんか」
「そう思っていた。でも、物の値打ちは材料だけじゃ測れないらしい」
翌週、造船所から届いた試験結果がさらに俺を悩ませた。
再生した金属板の一部に、目に見えない亀裂があったのだ。
「このまま船底に使えば、荒波で割れる」
と親方は言った。
俺は出荷済みの板をすべて回収するよう指示した。
運搬費も検査費も俺の負担になる。
「今なら黙っていても分からないのでは」
と若い商人が言った。
「船が沈んだら分かる。誰かが死んでからじゃ遅い」
親方は俺の顔をしばらく見て、ようやく頷いた。
俺たちは船底用と内装用の金属を分けた。
塩水に長く浸かった部分は強度試験を追加し、少しでも疑わしい板は船の骨組みに使わない。
再利用率は当初の見込みより下がった。
それでも、腐食に強い合金を安全に使える範囲は残った。
最初の試験船が進水する日、俺は港の岸壁で手を握り締めていた。
波が船腹を叩く。
船は軋んだが、継ぎ目から水は漏れなかった。
「まだ一日目だぞ」
と親方は釘を刺した。
「分かっています。帰港するまで成功とは言いません」
数日後、試験船は無事に戻った。
船長は濡れた手で俺に航海記録を渡した。
「安い船より、帰ってこられる船が欲しい。次も頼む」
俺はその言葉を帳簿の表紙に書き留めた。
港に山積みだった廃船が新しい船へ生まれ変わる。
その循環を続けるためには、急いで儲けるより守らなければならない約束があった。
港の修理工たちにも、新しい検査方法を教えてもらった。
金属を叩く音だけでは小さな亀裂を見落とすという。
俺は試験片を海水に浸し、荷重をかける設備の費用を出した。
最初の一週間は不良品が次々に見つかり、倉庫の一角が赤い札で埋まった。
親方は肩を落としたが、俺は不良品を隠さず記録した。
次の試験では加工温度を変えた板が合格した。
作業員の一人が『これなら家族を乗せられる』と呟いたとき、ようやく俺も胸を撫で下ろした。
港の仕事は一人の天才が発明して終わるものではない。
失敗を見つける人、直す人、確かめる人がいて初めて船は浮かぶのだ。
一か月後。
造船所の親方が、俺の事務所に駆け込んできた。
「オリバ殿!」
「どうしました?」
「再生金属の品質がいい!」
「ありがとうございます」
「しかも、新品より安い!」
「そうですね」
親方は興奮していた。
「これなら、船を安く作れる!」
俺は笑った。
「ぜひ使ってください」
親方は大きく頷いた。
「もちろんだ!」
こうして、海洋国家でも再生資源の利用が始まった。
一般客を乗せる最初の営業航海の前夜、船主が再生材の船名板を外せと言い出した。
「廃船から作ったと知られたら客が乗らん」
俺は隠すことを断り、材料の由来と試験結果を港の掲示板に貼った。
営業初便の出航の日、乗船客は予定より少なかった。
それでも船は無事に帰港し、船主は二便目の予約帳を俺に見せた。
安全を証明するには、一度の成功では足りない。
俺は次の点検日も掲示した。
二便目の出航日、初航海で揺れを怖がった少女が母親と港へ来た。
少女は新しい救命艇を見上げて
「ここにも座れる?」
と尋ねた。
船長は固定具を一つずつ確かめ、検査記録も見せた。
「怖かったら、いつでも教えてくれ」
少女はしばらく迷い、自分から乗船口へ歩いた。
潜水の二日目、潮が急変し、引き揚げ綱が岩に挟まった。
船長は宝箱を切り離すよう叫んだが、若い潜水士の命綱まで絡んでいた。
俺は回収を中止し、船大工に予備の滑車を組ませた。
救い上げた潜水士は震える手で、船底から拾った銅板を差し出した。
そこには失われた船名と、避難した乗員の人数が刻まれていた。
金属の値段より先に、遺族へ知らせるべき発見だった。
俺は宣伝用の絵を丸めた。
船が安全だと大声で言うより、怖がる人が自分で確かめられることの方が大切だった。
帰港した船の船長は、少女が途中で怖くなったときに座れる席を用意したと報告した。
次の便では揺れの強い時間帯を避ける航路も試すという。
俺はその変更を掲示板に書き足した。
安全を示す数字と、乗る人の不安を聞くこと。
その両方が揃って、ようやく船は人を運べる。




