第28話 皇帝に呼ばれたので、ごみ山をもっと売ってくださいと言ってみた
帝国の皇宮。
巨大な謁見の間。
俺は皇帝の前に立っていた。
皇帝アレクシス。
帝国を治める、威厳ある男だ。
「そなたがオリバか」
「はい」
「古代戦車を動かし、鉱山の廃石から希少金属を取り出した商人だな」
「そのとおりです」
皇帝は興味深そうに頷いた。
「面白い」
そして尋ねた。
「望む褒美はあるか?」
俺は少し考えた。
ミリアが隣で緊張している。
「オリバさん……」
俺は頷いた。
そして答えた。
「ごみ山を、もっと売ってください」
謁見の間が静まり返った。
皇帝も固まった。
「……何?」
「帝国各地の廃棄物処分場です」
「……ごみ山?」
「はい」
皇帝はしばらく黙った。
そして
「……はははは!」
大声で笑い始めた。
「金でも爵位でもなく、ごみ山か!」
「はい」
俺は笑った。
「そちらの方が儲かりますので」
皇帝は腹を抱えて笑った。
「面白い!」
大臣たちもざわついた。
皇帝は玉座から身を乗り出した。
「よかろう!」
「ありがとうございます」
「帝国各地の廃棄物処分場について、売却や共同事業を検討させよう」
俺は頭を下げた。
「感謝します」
皇帝は笑った。
「だが、一つ条件がある」
「何でしょう?」
「帝国の産業発展にも協力してもらいたい」
俺は頷いた。
「もちろんです」
皇帝は満足そうに笑った。
「よし!」
こうして、オリバ資源商会は帝国内の一か所で試験事業を始める許可を得た。
各地への進出には、別途地権者と住民の合意が必要だった。
だがその決定に反対する者もいた。
帝国最大の鉱山貴族。
そして、古代兵器の独占を狙う軍需商会だった。
皇帝の前で
「ごみ山を売ってください」
と口にした瞬間、衛兵の手が剣の柄へ動いた。
宰相は顔をしかめる。
「陛下の領土を侮辱するのか」
俺は持参した地図を広げた。
赤い印は廃棄物が地下水を汚している村、青い印は回収後に農地へ戻せる土地だ。
「山が欲しいのではありません。放置されている問題を引き受けたいんです」
皇帝は地図を見つめた。
「失敗したらどうする」
「原状回復の費用を保証金として預けます」
沈黙のあと、皇帝は初めて笑った。
「面白い。まず一か所で証明してみせよ」
皇帝との会談で、俺は提示された独占契約書をその場で閉じた。
「帝国だけに安く売れば、国境の向こうの村が困ります」
側近たちは顔色を変えた。
皇帝はしばらく黙り、代わりに帝国が保有する廃材を共同で回収する案を出した。
俺はその条件なら引き受けられると答えた。
謁見のあと、ミリアが小声で言った。
「断った瞬間、息が止まりました」
俺も同じだった。
大きな相手ほど、最初の一枚に書かれた約束を軽く扱ってはいけない。
謁見を終えた直後、宰相が廊下で俺を呼び止めた。
「陛下は一か所で証明せよと仰った。だが、その一か所すら簡単には渡せぬ」
宰相が示したのは、帝都から三日離れた鉱山町だった。
処分場の下流で井戸が濁り、住民は水を買って暮らしているという。
「失敗すれば、そなたの商会が全責任を負う」
「調査させてください。現場を見ずに約束はできません」
俺の返事に宰相は意外そうな顔をした。
翌日、ミリアと俺は町へ向かった。
井戸のそばでは、母親が水桶を抱えて立っていた。
「子どもに飲ませる水を、毎朝隣町から運んでいるんです」
俺は水を少しだけ瓶に取り、底に沈んだ赤い粒を見た。
鉱山の廃石が原因だとしても、回収するだけで済むとは限らない。
町長に話を聞くと、雨が降るたびに斜面から水が流れ込むという。
「このごみ山を買えば、井戸はきれいになりますか」
問いかける町長に、俺はすぐには頷けなかった。
「必ずとは言えません。先に水の流れを調べます」
期待した答えではなかったらしく、町長は唇を噛んだ。
それでも俺は、できない約束で信用を買いたくなかった。
三日かけて斜面を測り、雨水の通り道を確かめた。
廃石の一部には金属が含まれていたが、量は予想より少ない。
これでは回収費用を賄えない。
ミリアが帳簿を閉じた。
「このままでは赤字です」
「そうだな。しかも水路を造る費用が別にかかる」
俺はもう一度処分場を歩いた。
廃石の下に、丈夫な石材として使えそうな層がある。
鉱山の職人に試してもらうと、砕いた石は道路の下地に向いていた。
「帝国の街道整備に使えませんか」
職人が目を輝かせた。
「運搬距離さえ短ければ、買い手はいる」
俺は町長と鉱山主を同じ机につかせた。
回収した金属の利益は浄水費用に回す。
砕石の売上は排水路の工事費に充てる。
それでも足りない分は、俺の商会が保証金から負担する。
「なぜそこまでする」
鉱山主の問いに、俺は濁った井戸水の瓶を置いた。
「この水を放置して儲けだけ持ち帰ったら、次の町は俺を信用しません」
工事は順調ではなかった。
最初の雨で仮設の溝が崩れ、作業をやり直した。
町の人からも苦情が出た。
俺は現場に残り、排水路の勾配を職人と測り直した。
二度目の雨の日、泥水は新しい沈殿池へ流れ込んだ。
井戸がすぐに透明になったわけではない。
だが汚れた水が新たに入り込むことは止められた。
町長が俺に手を差し出した。
「これなら、井戸を洗って使えるようにできる」
「水質の検査が終わるまでは、飲まないでください」
俺が念を押すと、町長は苦笑した。
一週間後、検査結果を持って皇宮へ戻った。
宰相は収支表を見て眉をひそめた。
「利益は小さいな」
「最初の町では、これが限界です」
「では、なぜ続ける」
「次の町では、工事の失敗を繰り返さずに済みます」
皇帝アレクシスは黙って報告を読み、最後に頷いた。
「一か所で証明せよと言った。そなたは利益だけでなく、責任の取り方まで示したな」
俺は深く頭を下げた。
帝国全。
最初の処分場の住民会で、井戸の近くに住む少女の母親が手を挙げた。
「皇帝の許可があっても、子どもに濁った水は飲ませられません」
俺は許可証を鞄にしまい、採水に立ち会ってもらうことにした。
彼女は毎日の雨量を手帳につけていた。
「雨が止んだ次の日の方が、井戸が濁るんです。昨日の検査だけでは分かりません」
技師が図面を広げると、排水溝の末端が井戸へ向かう地下の水脈に重なっていた。
予定していた工事を続ければ、汚れを別の場所へ押し込むだけになる。
しかも翌日には、その末端の石蓋を閉じる工程が予定されていた。
いったん閉じれば、汚れた水は雨のたびに地下へ押し出される。
「今夜のうちに止めてください」
と母親が言った。
「明日は雨です。井戸の水を飲む子がいます」
俺は工事長に伝令を走らせ、石蓋の施工を中止させた。
既に運び込まれた石材の費用は戻らない。
だが、完成後に子どもが病む危険と比べるものではなかった。
「溝の向きを変えます」
俺が言うと、技師は顔をしかめた。
「石積みを壊してやり直しです。十日は遅れます」
母親は黙った。
自分の指摘で工事が止まったと思ったのだろう。
「止めてくれて助かりました」
と俺は言った。
「知らずに完成させる方が、ずっと高くついた」
彼女は初めて手帳を開き、雨の日の記録を見せてくれた。
十日後、排水路の向きを変えた場所で再び雨が降った。
俺と母親は泥の中に立ち、水が沈殿池へ流れるのを確かめた。
旧水路の先には、まだ飲用を止めた井戸があった。
技師は雨の前後の水を採取し、濁りの数値を比べた。
母親が手帳につけた時刻と、汚れの流れが一致した。
「昨日のまま石蓋を閉じていたら、井戸へ向かっていましたね」
と技師が言った。
母親は返事をせず、井戸のそばで遊ぶ子どもを抱き寄せた。
「井戸の水は、まだ飲ませません」
と彼女は言った。
「ええ。水質検査が終わるまでは」
俺は工事費の増額と遅延の理由を報告書に書き、彼女の観測記録を添えた。
ミリアは利益欄を指さした。
数字はほとんど残っていない。
だが、間違った排水路を完成させるより、今はこの赤字の方がましだった。
試験事業の経過報告のため皇宮へ戻った俺は、排水工事が十日遅れた理由を皇帝に説明した。
宰相は眉をひそめた。
「一人の住民の指摘で計画を変えたのか」
「彼女は毎日、井戸を見ています。俺たちが一日で調べたことより、正確なことを知っていました」
皇帝は報告書を閉じた。
「そなたに許可したのは、ごみ山を買うことではない。土地を預かる責任を証明することだ」
俺は深く頭を下げた。
帝国全土のごみ山を手に入れたわけではない。
最初の町で、ようやく仕事を始める資格を得たのだ。
帰り際、ミリアが地図を広げた。
隣には『ローデン侯爵領』と記されている。
次の土地には次の持ち主がいる。
俺はまず、権利関係を調べる手紙を書いた。
最初の謁見で提示されていた条件には、処分場の利益をすべて帝国へ納める条項もあった。
「それでは検査費も賃金も出せません」
と答えると、廷臣はその条件を譲るべきではないと主張した。
俺は改めて、汚れた井戸の検査記録を示した。
「利益が出る前に、この水を調べる責任だけは誰が負いますか」
皇帝は命令を止め、試験事業として費用と責任を分ける案を出すよう命じた。
謁見の間で断った条件が、あとから胸に重く戻ってきた。
それでも共同回収の提案書に署名するとき、俺の手はもう震えなかった。
帰り道、井戸の母親に検査の予定を伝えた。
彼女は
「一か月後も、雨の翌日に調べてください」
と言った。
俺はその日付を手帳に書いた。
俺は継続検査の費用を試験事業の予算案に加えた。
工事を遅らせた人ではない。
工事を正しい方向へ導いてくれた人だ。
次の処分場でも、最初にその土地で暮らす人の声を聞こう。
皇帝から受け取ったのは、処分場の調査を始めるための試験事業許可証だった。
翌週、俺はローデン侯爵領の境界台帳を取り寄せた。
赤線の外側には、鉱夫の住居と共同の井戸がある。
許可証を見せても、そこへ入る権利は生まれない。
ミリアは住民代表の名を先に控えた。
「次は、持ち主と暮らす人の両方に話を聞きましょう」
俺は侯爵へ面会を申し込み、返事が届くまで搬出車を動かさなかった。




