第26話 輸送商会が怒ってきたので、もっと儲かる仕事を紹介した
「貴様のせいで、我々の仕事がなくなる!」
帝国最大の輸送商会。
その会長が、俺の事務所に怒鳴り込んできた。
名前はドラン。
大柄な男だった。
「浮遊運搬台など売るな!」
俺は首を傾げた。
「なぜです?」
「荷馬車の仕事が減るだろう!」
「……なるほど」
確かに、重い荷物を少人数で運べるようになれば、従来の輸送業には影響が出る。
だが
「ドランさん」
「何だ!」
「輸送の仕事そのものがなくなるわけではありませんよ」
「……何?」
俺は地図を広げた。
「浮遊運搬台は、荷物を積み下ろす作業に向いています」
「それがどうした!」
「でも、遠くの町まで運ぶには、まだ別の輸送手段が必要です」
ドランは黙った。
俺は続けた。
「むしろ、積み下ろしが早くなれば、一日に運べる荷物が増えます」
「……増える?」
「はい」
俺は笑った。
「同じ荷馬車で、今までより多くの仕事ができます」
ドランは腕を組んだ。
「……本当か?」
「試してみませんか?」
ドランの商会で試験運行をした初日、浮遊運搬台が坂道で停止した。
荷は予定より二時間遅れ、納品先の店主が怒鳴った。
「便利だと言ったのは誰だ!」
俺は頭を下げ、遅延分の補償を引き受けた。
ドランは腕を組んだ。
「ほら見ろ。新しい道具があれば何でも解決するわけじゃねえ」
俺はうなずいた。
彼らの御者は、道具が止まる前から坂の傾斜を危険だと見抜いていた。
俺たちは現場の判断を運行規則に加え、浮遊台は積み下ろしと平坦な道だけに限定した。
ドランは契約書の最後の一行を読み直した。
「うちの御者が運行を止める権限を持つ、か」
「そうです。命を預ける人が決めるべきです」
試験運行の遅延を受け、ドランは補償金を受け取っても契約に署名しなかった。
「金の問題だけじゃねえ。止まった荷台を、うちの御者がどう扱えばいいか分からない」
俺は荷台の製造職人と御者を同じ机につかせた。
図面では
「異常停止」
としか書かれていない現象も、御者たちは坂の傾きや馬の反応で区別していた。
「操作を覚えるまで、荷は従来の馬車で運ぶ」
「その間の研修賃金は?」
「うちが負担します」
俺は実地研修の費用を契約書に書き加えた。
売上の増加を示す前に、事故を起こしたとき誰が責任を取るのかを決めなければならなかった。
正式契約を結ぶ前、ドランは俺を古い厩舎へ連れていった。
馬の世話をしていた少年が、こちらを見て手を止める。
「こいつの父親も御者だ。親子でこの仕事をしている」
ドランは低い声で言った。
「帳簿の売上が増えたからって、全員が安心するわけじゃねえ」
俺は少年の手を見た。
指には綱を握り続けてできた固いまめがある。
「仕事を奪うつもりはありません」
「つもりがなくても、奪うことはある」
その言葉が胸に残った。
俺は一度事務所へ戻り、契約書の草案を破り捨てた。
利益の分配だけでは足りない。
現場で働く人が、明日も働ける仕組みを作らなければならない。
翌日、ドラン商会の御者たちに集まってもらった。
最初に手を挙げたのは、白髪の御者だった。
「新しい装置は、俺たちの経験がなくても動くんだろう?」
「平らな場所なら、そうです」
「だったら、若い連中だけ残して俺たちは首だ」
俺は首を振った。
「山道を走る時刻、橋の傷み、雨のあとの地面の状態。そういう判断は、装置にはできません」
「口では何とでも言える」
「なら、試してください」
俺は御者たちに、試験運行の経路を選んでもらった。
選ばれたのは、帝都の北にある古い石橋だった。
橋の手前で白髪の御者が手綱を引いた。
「今日は渡らん」
「晴れているのに?」
俺が尋ねると、彼は橋脚の根元を指した。
前夜の雨で水かさが増し、石の継ぎ目に新しい亀裂が入っていた。
俺は近づいて確かめ、背筋が冷えた。
もし浮遊台の軽さだけを頼りに荷を増やしていたら、橋を壊していたかもしれない。
「引き返しましょう」
俺が言うと、御者は初めて小さく笑った。
「商人が納期より橋を選ぶとはな」
「納品先には俺が説明します」
帰り道、ミリアが聞いた。
「予定は遅れますよ」
「そうだな。でも橋を失えば、もっと多くの荷が届かなくなる」
俺たちは迂回路を使い、翌朝に荷を届けた。
遅延の補償は必要だったが、納品先は事情を聞いて次の仕事も任せてくれた。
その週の終わり、俺はドランへ修正した契約書を渡した。
運行判断は御者に任せること。
研修中の賃金を保障すること。
浮遊台の整備を、希望する御者が学べること。
「利益が減るぞ」
ドランが言う。
「最初は。でも事故が減れば、長く続く商売になります」
ドランは署名し、厩舎の方を見た。
「明日、あいつらに話す」
俺はようやく肩の力を抜いた。
敵を味方にするのは、うまい儲け話をするだけではない。
相手が守りたいものを知ることから始まるのだ。
一か月後。
ドラン商会の倉庫では、浮遊運搬台が導入されていた。
荷物の積み下ろし時間は、大幅に短縮された。
荷馬車の待ち時間も減った。
結果。
一日に運べる荷物が増えた。
ドランは帳簿を見て、固まっていた。
「……売上が増えている」
「そうですね」
俺は頷いた。
「しかも、人手不足も少し解消しました」
ドランは黙った。
そして、突然笑い始めた。
「……ははは!」
「?」
「俺は馬鹿だった!」
ドランは机を叩いた。
「仕事を奪われると思っていたが、仕事が増えたじゃないか!」
俺は笑った。
「そういうことです」
ドランは立ち上がった。
「オリバ!」
「はい?」
「次の便も、うちに任せてくれ!」
「もちろん。研修費と事故補償の約束は、次の便でも守りましょう」
ドランは一瞬だけ帳簿を見た。
利益を増やすなら削りたい項目だろう。
それでも彼は運行日誌を閉じて言った。
「あいつらがいなきゃ荷は運べん。約束する」
こうして、帝国最大の輸送商会との契約は、試験運行を越えて継続することになった。
ミリアは呆れたように笑った。
「……敵だった人が、また味方になりましたね」
俺は肩をすくめた。
「売上が増えたことより、あの橋で引き返せたことが大きいんだ」
翌朝、厩舎の少年が整備の研修に申し込んだ。
一方で老御者は、馬車の仕事を続けたいと言った。
ドランは二人の希望を運行表に書き込んだ。
山道は馬車、平坦な道の積み下ろしは浮遊台。
新しい道具を選ばない者にも仕事を残した。
初めての独立点検の日、老御者は浮遊台の操作盤を前に立ち止まった。
荷台を動かす前に、足元の固定具を一つずつ指で確かめる。
若い整備係が
「急げば間に合います」
と言ったが、老御者は首を振った。
「ここが緩んでいる。走らせるな」
整備係が調べると、留め金の奥に小さな亀裂があった。
「よく見つけましたね」
と俺が言うと、彼は照れくさそうに笑った。
「馬の蹄を見てきた目だ。道具が変わっても、危ないものは危ない」
ドランは予定表の納品時刻に線を引き、点検完了の欄に老御者自身の署名を求めた。
荷は遅れた。
だが誰も怪我をしなかった。
翌便の朝、少年が整備した荷台を老御者が点検した。
少年は緊張して指先を見つめている。
老御者は留め金を一つずつ押し、最後の金具の前で手を止めた。
「ここは、お前が確かめろ」
少年が膝をついて金具を調べると、奥の刻印がわずかにずれていた。
彼は工具を取り、締め直した。
「今度は大丈夫です」
と少年が言う。
老御者は初めて頷いた。
ドランが出発時刻を尋ねると、二人は顔を見合わせて同時に答えた。
「今です」
荷車が門を抜ける。
ドランは遅延補償の伝票を握ったまま、走っていく二人を見送っていた。
「あの爺さん、浮遊台なんか触らんと言っていたのにな」
俺は答えず、伝票の端に書かれた点検者二人の名前を見た。
少年の文字はまだぎこちなかった。
老御者の署名は、いつもの運行日誌と同じ力強い筆跡だった。




