第25話 古代の浮遊装置を使ったら、荷馬車がいらなくなった
「オリバさん!」
ミリアが走ってきた。
「新しい装置が完成しました!」
「おお」
俺は作業場へ向かった。
そこには、大きな木箱が置かれていた。
だが木箱は地面に置かれていなかった。
空中に浮いていた。
高さ、およそ三十センチ。
「……成功だな」
俺は笑った。
ボルグ親方が胸を張った。
「古代の浮遊装置を小型化した!」
「すごいですね」
「当然だ!」
俺は木箱を押した。
すると、驚くほど軽く動いた。
「……いいな」
ミリアが尋ねる。
「これ、何に使うんですか?」
「運搬だよ」
「運搬?」
「そう」
俺は笑った。
「重い荷物を、少ない力で運べる」
ミリアは目を輝かせた。
「それは便利ですね!」
「ああ」
俺は木箱を見つめた。
これが普及すれば、鉱山や倉庫の仕事が大きく変わる。
重い荷物を持ち上げる必要がない。
荷車の車輪が壊れる心配も減る。
ただし、魔力は消費する。
魔石の交換や再充填も必要だ。
「……維持費を計算しないとな」
俺は呟いた。
浮遊装置の試験で、最初の荷台はわずかに傾いた。
積んでいた木箱が滑り、ミリアが慌てて支える。
「これで町を走ったら危ないですよ!」
俺も頷いた。
荷の重心が偏ると、装置の制御が追いつかない。
そこで積載量を半分にし、荷崩れ防止の枠と非常停止用の脚を追加した。
三度目の試験でようやく荷台は水平を保った。
速く運ぶことより、無事に届けること。
新しい技術が商売になるのは、客が安心して使えるようになってからだ。
実演会の翌朝、俺の机には注文書が山積みになっていた。
だがボルグ親方は、喜ぶどころか腕を組んでいた。
「全部引き受けたら、今の工房では半年かかるぞ」
「注文は嬉しいんですが、半年も待たせたら信用を失いますね」
ミリアが注文書を数えながら頷く。
「しかも、鉱山からの注文が集中しています。急いで納めてほしいそうです」
俺は注文書を二つに分けた。
倉庫で使うものと、鉱山で使うものだ。
「まず倉庫用を少量だけ納めよう。鉱山の斜面で使うのは、安全試験が終わってからだ」
「客に断るのか?」
「売って事故を起こすよりはいい」
ボルグ親方は一瞬驚き、それから口元を緩めた。
ところが、試験用の運搬台を借りた倉庫で問題が起きた。
作業員が荷を載せすぎ、床に置いた樽へ運搬台の角をぶつけてしまったのだ。
樽が倒れ、中の油が石畳へ広がった。
誰も怪我をしなかったのが幸いだった。
倉庫長は俺を見るなり言った。
「道具が軽く動くせいで、積みすぎても分からない。これでは危ない」
言い訳はできなかった。
俺は作業員から、普段の荷役の手順を聞いた。
重い荷車なら、動きが鈍くなったところで積みすぎに気づける。
浮遊台はそれが分かりにくい。
「荷重を示す目盛りを付けよう。それと、限界を超えたら浮かない仕組みが必要だ」
「そんなもの、すぐ作れるのか?」
「すぐには無理です。だから販売を止めます」
ミリアは驚いたが、俺の横で注文主へ延期の手紙を書き始めた。
四日後、親方が新しい制御盤を持ってきた。
魔力の消費量から荷重を推定し、危険な重さになれば赤い札が上がる。
俺たちは空の台から試し、木箱を一つずつ載せていった。
限界に近づくと札が上がり、台はゆっくり脚を下ろした。
「これなら作業員が止められる」
倉庫長は頷いたが、まだ納得していない顔だった。
「操作する人間が間違えたらどうする」
「研修を付けます。最初の一週間は、うちの職人も立ち会います」
「その費用は?」
「販売価格に含めます」
俺は帳簿を開いた。
一台当たりの利益は減る。
それでも事故で人が傷つくより、はるかに安い。
その晩、ミリアがぽつりと言った。
「荷馬車がいらなくなるって、みんな喜んでいましたけど」
「ああ」
「馬を世話している人たちは、どうなるんでしょう」
俺は答えられなかった。
翌日、運送業者を訪ねることにした。
浮遊台は倉庫内では便利でも、長い山道や雨の中で使えるわけではない。
それでも、仕事の変化を恐れる人がいるのは当然だ。
俺は新しい道具を売るだけでは、商売を終えられないと気づいた。
後日、倉庫長から手紙が届いた。
荷役の時間が短くなり、腰を痛めて休んでいた年配の作業員も、監督役として職場に戻れたという。
その一文を読み、俺は初めて注文の山を素直に喜べた。
一週間後。
浮遊運搬台の実演販売が行われた。
鉱山関係者。
商人。
倉庫業者。
多くの人が集まった。
俺は一トンの鉱石を積んだ運搬台を指さした。
「これを動かしてみてください」
一人の鉱夫が近づいた。
「……一トンだぞ?」
「はい」
「人間一人で動くわけが……」
鉱夫は運搬台を押した。
すうっと動いた。
「……え?」
鉱夫は固まった。
もう一度押す。
動く。
「……おい」
周囲がざわついた。
「一人で動かしてるぞ!」
「馬がいらないのか!?」
「すげえ!」
俺は笑った。
「どうです?」
鉱夫は目を輝かせた。
「これ、いくらだ!?」
「金貨三十枚です」
「……三十枚?」
「はい」
鉱夫は少し考えた。
そして叫んだ。
「十台欲しい!」
「ありがとうございます。ただし、鉱山向けの納品は坂道の試験が終わってからです」
鉱夫は不満そうに顔をしかめた。
「今すぐ十台欲しいんだ」
「急いで売って事故を起こしたら、次の十台はありません」
俺は注文書に納期ではなく、まず試験日を書いた。
その瞬間。
周囲の商人たちが一斉に押し寄せた。
「うちは二十台!」
「五十台注文する!」
「百台だ!」
ミリアが叫んだ。
「オリバさん! また注文が止まりません!」
俺は笑った。
「いいことだ!」
だがこの浮遊運搬台の普及によって、帝国の輸送業界は大きく変わることになる。
そして、荷馬車を大量に保有する大商会が、俺たちに敵意を向け始めた。
追加の試験には、年配の荷役係にも参加してもらった。
彼は操作盤を見て首を振った。
「字が小さくて読めん」
俺は慌てて説明書を渡したが、それも同じだった。
ミリアが大きな色札を用意し、親方が停止レバーを手の届く位置へ移した。
荷役係は何度も試し、ようやく頷いた。
「これなら新人にも教えられる」
俺は売上の予想を一度消し、改良費を加えた数字を書き直した。
使う人を選ぶ道具より、使う人の声で変わる道具の方が、長く売れるはずだ。
俺はその場で、説明書の文字を大きくするよう頼んだ。
誰もが同じように操作できることが、次の注文を受ける条件だった。
俺は出荷した台ごとに番号を刻み、故障の報告が来たら部品を追えるようにした。
ミリアは面倒だと言ったが、後で同じ故障が見つかったときに客へ先回りして知らせられる。
売った後まで責任を持つための帳簿だった。
浮遊箱の実演後、荷馬車の御者が一人だけ拍手しなかった。
「これが普及したら、俺の馬はどうなる」
俺は答えに詰まった。
そこで装置の試験輸送を、長年道を知る御者たちに依頼した。
浮いていても風向きや橋の幅は無視できない。
初便は強風で引き返したが、御者の提案した山陰の道なら安全に運べた。
彼は馬の手綱を撫でて言った。
「仕事は変わっても、道は俺が知っている」
俺は新しい輸送組合の最初の責任者に彼を推薦した。
ただし既存の輸送商会と勝手に競合させるわけにはいかない。
翌朝、帝国最大の輸送商会へ試験運行の結果を送り、御者の雇用を守る話し合いを申し入れた。
御者が指した山陰の道は、浮遊装置の設計図には載っていなかった。
俺は翌日の試験経路にその道を追加し、老御者を案内役として正式に雇った。
翌朝、御者たちと再び試験路へ出ると、浮遊台が狭い橋の手前で停止した。
停止レバーを引いたのは、昨日まで反対していた老御者だった。
「この風なら馬でも渡らん」
注文を待つ商人は怒ったが、俺は試験を中止した。
彼の判断を安全記録の一行目に書く。
新しい機械が古い経験に従った日だった。
老御者を責任者に推薦したものの、組合はすぐには認めなかった。
試験輸送の資格には筆記試験があり、彼は文字を読むのが苦手だったのだ。
俺は資格を免除する案を退け、口頭と実技でも同じ安全基準を確かめられる制度を求めた。
実施までの間、彼には試験路の助言役として賃金を払う。
新技術を売るために、古い経験を無資格扱いしてはならなかった。
組合の集会で、若い運送屋が契約書を机に叩きつけた。
「浮遊台が走れば、うちの馬車三台は仕事を失う」
俺は反論できなかった。
老御者が風向きの記録を広げた。
「新しい台でも橋を渡る判断は人間の仕事だ。だが、その仕事に賃金が出なければ意味がない」
俺は試験運行の予算から案内料を独立させた。
若い運送屋はすぐには賛成せず、まず一便だけ自分が監督すると申し出た。
軍との試験を止めたために支払いが遅れた小工房から、最初の民生用部品が届いた。
親方は請求書の隅に
「次は延期する前に知らせろ」
と書いていた。
俺は支払い期限を一日も延ばさず、職人たちの名を新しい輸送試験の記録に残した。
兵器を売らなかった代償は消えない。
それでも、別の仕事で埋める道は少しずつ見えてきた。
翌週、老御者は口頭試験で風向きと橋の荷重を正確に説明し、実技でも停止判断を示した。
審査員が合格を告げると、彼は馬の首を撫でて笑った。
「こいつを捨てなくても、新しい仕事を覚えられるんだな」
俺は組合の契約書に、御者の道案内と安全判断を有償の業務として明記した。




