第24話 帝国の研究所に行ったら、宝物が全部壊れていた
帝国軍の研究所。
巨大な建物の中には、古代文明の遺物が並んでいた。
壊れた魔道具。
巨大な魔力炉。
飛行装置。
特殊な金属板。
そして、用途不明の機械。
俺は思わず呟いた。
「……宝の山だ」
ミリアがため息をついた。
「オリバさん、どこに行っても同じことを言いますね」
「だって、本当に宝の山なんだぞ」
研究所の所長が苦笑した。
「しかし、ほとんど動きません」
「そうなんですか?」
「はい。長年研究していますが、修復できたものはわずかです」
俺は近くの装置を鑑定した。
【古代魔力変換装置】
状態:制御回路破損
再利用可能率:91%
次。
【古代浮遊装置】
状態:魔力導線断線
再利用可能率:87%
さらに次。
【古代冷却装置】
状態:魔力循環不良
再利用可能率:94%
俺は固まった。
「……おいおい」
所長が尋ねる。
「何か分かりましたか?」
「これ、ほとんど修理できますよ」
研究所が静まり返った。
「……何?」
所長は目を見開いた。
「本当ですか!?」
「はい」
俺は頷いた。
「ただし、部品が必要です」
「部品?」
「古代の規格に合わせて作り直すんです」
所長はしばらく黙った。
そして、突然俺の手を握った。
「お願いします!」
「え?」
「ぜひ修理してください!」
俺は笑った。
「もちろんです」
研究所の床には、失敗した装置の破片が積み上がっていた。
若い研究員がその一つを拾い、手を震わせる。
「これで三人が怪我をしました。もう触らない方がいい」
俺は鑑定結果を彼に見せた。
破損原因は魔力導線の過熱。
部品の材質だけでなく、冷却路の設計にも問題がある。
「修理しても、同じ設計ならまた壊れます」
研究所長は反論しかけて黙った。
俺たちは作業を止め、負傷者の記録と試験条件を照合した。
新しい部品を作るのは、そのあとだ。
成功を急いで人を傷つけたら、再生とは呼べない。
研究所の所長は、修理に使う部品の一覧を見て表情を曇らせた。
「これだけの希少金属を、どこから調達するつもりですか」
「全部を新品で作る必要はありません。使えない装置から、まだ使える部品を取り出します」
俺は床に積まれた破片を指した。
所長は首を横に振った。
「その方法は百年前から試しています。取り出した部品は、ほかの装置と規格が合わない」
「だから、規格を調べるんです」
俺はミリアに記録用紙を頼み、研究員たちと一緒に破片の寸法を測った。
同じ形に見える魔力導線でも、接合部の幅がわずかに違う。
無理に押し込めば、魔力が逃げて熱を持つ。
先ほどの負傷事故も、そこから始まっていた。
「修理したつもりで、別の故障を作っていたのか」
若い研究員が唇を噛んだ。
俺は頷いた。
「責めるために調べているわけじゃありません。次に怪我をする人を出さないためです」
研究員は少し迷ってから、過去の実験記録を持ってきた。
そこには失敗のたびに交換した部品と、実験を中止した理由が細かく書かれていた。
失敗した記録こそ、今の俺たちには必要だった。
試験室の扉には、以前の事故で負傷した研究員の名前が書かれていた。
俺は所長に頼み、その人たちにも改良後の手順を見てもらった。
片腕に包帯を巻いた研究員が、配管の継ぎ目を指す。
「ここは壁の陰で、異常が起きても外から見えない」
俺たちは計測器の位置を変え、通路からでも圧力を確認できるようにした。
「これなら逃げ遅れない」
と彼が言ったとき、俺は初めて胸をなで下ろした。
技術を直すというのは、壊れた金属をつなぐだけではない。
もう一度そこへ立つ人の恐怖にも向き合うことだ。
研究員がそれぞれ別の危険箇所を指したとき、設計図にない線がいくつも浮かび上がった。
宝物を直す鍵は、壊れた装置の中だけにはなかった。
翌朝、俺たちは冷却装置だけを修理対象に選んだ。
浮遊装置を先に直したがる軍人もいたが、動かした瞬間に人が下敷きになる危険がある。
まずは安全な場所で魔力の流れを測れる冷却装置から始める。
ボルグ親方に頼んで作ってもらった接続具を取り付けると、計測器の針が動いた。
「通ったぞ!」
研究員が叫んだ。
その直後、金属の継ぎ目から白い蒸気が噴き出した。
「止めろ!」
俺は非常停止のレバーを引いた。
冷却水の圧力が想定より高い。
部品の寸法は合っていても、内部の流路が狭かったのだ。
「成功しかけたのに」
ミリアが悔しそうに言う。
「成功しかけたところで止められた。今日はそれが収穫だ」
俺は床に落ちた水滴を見つめた。
もし停止装置を付けていなければ、今ごろ研究員が火傷をしていた。
その後、俺は修理した冷却装置を工場へ持ち込む前に、研究所の地下室で停電試験を頼んだ。
「止める試験ですか。動いたばかりなのに」
所長は不満そうだった。
だが非常時に安全に止まらなければ、動くことに意味はない。
試験では魔力の供給を切った瞬間、残った熱が逃げ場を失い、警告灯が赤く光った。
俺は避難の合図を出し、研究員たちと扉の外へ退いた。
「修理は成功したはずなのに」
若い研究員が壁にもたれて呟いた。
「壊れていた場所は直せました。でも、止まったときの設計が足りない」
俺たちは熱を逃がす弁を追加し、翌日の再試験でようやく安全に停止できた。
所長は契約書の試験項目に
「緊急停止」
を書き足した。
修理できると宣言した日の自分に、この赤い警告灯を見せてやりたかった。
三日後、流路を広げた二号機を試した。
今度は圧力が上がらず、冷たい空気が試験室へ流れた。
若い研究員が自分の手をかざし、しばらく何も言わなかった。
「父が研究していた装置なんです。完成を見る前に亡くなりました」
俺は返事に困った。
商売の計算ばかりしていたが、ここには何十年も積み重なった願いがある。
「あなたの記録がなかったら、俺たちはまた同じ失敗をしていました」
そう言うと、研究員は目元を拭って笑った。
その日の夕方、所長は研究所の修理契約を差し出した。
提示された報酬は高額だったが、俺は一つ条件を追加した。
「復旧した装置の設計図と、失敗した試験の記録を、研究所と職人の双方で保管させてください」
「技術を独占しないのですか」
「隠してしまえば、また同じ事故が起きます」
所長は長い間考え、ようやく署名した。
俺はその契約書を見て、修理の仕事がようやく始まったのだと実感した。
一か月後。
研究所では、次々と古代装置が復旧していた。
魔力変換装置。
冷却装置。
浮遊装置。
そして、古代の魔力制御盤。
研究者たちは大興奮だった。
「動いた!」
「本当に動いたぞ!」
「百年間の研究が……!」
俺は笑った。
「よかったですね」
所長は涙を浮かべていた。
「……ありがとうございます」
だが俺は復旧した装置を見ながら、別のことを考えていた。
俺は研究員が廃棄箱へ入れたひび割れた制御板を拾った。
鑑定すると、壊れた回路の周囲だけが、魔力の逆流を止めている。
「待ってくれ。正常な板より、こっちの壊れ方に意味がある」
研究員が記録を照らし合わせると、過去の爆発事故の原因が、逆流を防ぐ部品の欠落だと分かった。
百年間の失敗は無駄ではなかった。
俺たちは廃板の構造をもとに保護回路を設計し、所長が公開を決めた。
「……これ、工場に使えるな」
所長が固まった。
「……工場?」
「はい」
俺は笑った。
「大量生産に使えそうです」
研究者たちは顔を見合わせた。
そして
「……なるほど!」
誰かが叫んだ。
「古代文明の技術を、現代の産業に使うのか!」
俺は頷いた。
「その方が儲かります」
ミリアは頭を抱えた。
「……結局、そこなんですね」
「壊れた制御板が教えてくれた安全回路は、金貨では買えない発見だよ」
俺がそう言うと、ミリアはようやく頷いた。
救援物資の試験に使った浮遊装置は、予定より早く山村へ着いた。
しかし村長は受領書に署名しなかった。
村長は荷車の後ろに集まる子どもたちを見た。
冬を越す毛布と薬が届いている。
それでも、浮遊装置の側面には軍の管理番号が刻まれていた。
「去年、同じ印の荷車が兵を運んだ。村人が道を塞いだら、畑を踏み荒らされたんだ」
薬を待つ母親が
「受け取ってください」
と訴えた。
村長の手は震えた。
受け取れば今日の子どもを助けられる。
だが軍の出入りを認めたと見なされれば、次の冬まで村を守れる保証はない。
「次は軍の荷が来るのではないか」
と村長が問うた。
俺はその不安を否定せず、装置の運行記録を村の掲示板に残し、村長が次の便を拒否できる条件を契約に加えた。
試験の成功を宣伝する予定は取り消した。
技術を受け入れるかどうかは、使われる側が決めることだった。
研究員は、修理した浮遊装置の保護回路が働いた記録を村長に示した。
山道で魔力が乱れた際、装置は自動停止し、薬箱を揺らさず着地させていた。
古い研究所で見つけた、ひび割れた制御板から学んだ仕組みだ。
「この仕組みがなければ、ここまで運べなかった」
と研究員が言う。
村長は軍用欄を指した。
「それも消さずに残してくれ」
研究員は『兵員輸送なし』と記し、次の便を拒否できる条件も添えた。
村長が受領書に署名すると、母親が薬箱を抱えて診療所へ走った。
しばらくして窓の向こうに灯りがともる。
俺は研究員と顔を見合わせた。
壊れた制御板を捨てなかった理由が、ようやくここに届いた。




