第19話 大商会が俺を潰そうとしたので、帳簿を公開してみた
翌朝。
王都の広場に、妙な噂が広がっていた。
『オリバ資源商会は、王国の資源を独占している』
『安売りは市場を破壊するためだ』
『いずれ価格を吊り上げるつもりらしい』
ミリアは怒っていた。
「オリバさん!」
「どうした?」
「ひどい噂です!」
「そうだな」
「絶対にヴァレン商会の仕業ですよ!」
「可能性は高いな」
俺は頷いた。
だが、証拠はない。
だから、別の方法を取ることにした。
「……よし」
俺は立ち上がった。
「帳簿を公開しよう」
ミリアが固まった。
「……え?」
「商会の収支を、説明できる範囲で公開する」
「そんなことして大丈夫ですか!?」
「全部を見せるわけじゃない」
俺は笑った。
「原価の内訳や、利益の使い道を分かるようにするんだ」
説明会の準備を進めるなか、俺は帳簿を机いっぱいに広げていた。
「本当に公開するんですか」
ミリアは数字の並んだ紙を見て、珍しく声を落とした。
「取引先ごとの仕入れ値まで知られたら、相手に迷惑がかかります」
「そこは伏せる。だが、伏せた理由は書く」
「それでは隠していると言われませんか」
「言われるだろうな。だから第三者に原本を確認してもらう」
俺は商業組合の監査役に立会いを頼んだ。
相手は条件を出してきた。
都合の悪い損失も含めること、数字を出したあとで撤回しないこと、そして記者の質問を途中で打ち切らないこと。
俺は全部に署名した。
ところが、その夜になって帳簿の一冊が見つからなくなった。
輸送費の明細だ。
これがなければ、安値で売っている理由を説明できない。
倉庫の鍵は壊されていない。
俺は最初、内部の誰かを疑いかけた。
「誰が最後に触った?」
問い詰めるような声になってしまい、若い事務員が顔を青くした。
ミリアが俺の腕を引いた。
「先に、なくなった経緯を調べましょう。疑うのはそのあとです」
俺は唇を噛んだ。
信用を守るための公開なのに、真っ先に部下を信用できなくなってどうする。
保管簿を見直すと、帳簿は監査役に渡す書類と一緒に封筒へ入れられていた。
事務員の手違いだった。
「悪かった」
俺が頭を下げると、事務員は驚いて首を振った。
「俺が確認しなかったのが悪い。明日は君にも受付を頼みたい」
説明会当日、問題は別のところから起きた。
前列に座った商人が、俺の示した利益率を指で叩いた。
「人件費が低い。安い賃金で働かせているんじゃないのか」
会場がざわめく。
俺は即答しなかった。
平均だけを見せれば、見習いと熟練職人の差が隠れる。
反論より先に、示し方を間違えたと認めるべきだった。
「その指摘は正しいです。平均額だけでは不十分でした」
俺は予備の資料を取り出し、職種別の賃金と事故補償の積立金を掲げた。
「見習いの賃金は低い。ただし研修を終えれば昇給する仕組みです。改善が必要な部署もあります」
「都合の悪い話まで言うのか」
「都合が悪いからこそ、ここで言います」
質問はさらに厳しくなった。
回収業者への支払いが遅れた月、輸送車の修理費が予算を超えた月、失敗した設備投資。
俺は一つずつ説明した。
その途中、会場の後方から怒鳴り声がした。
「数字ならいくらでも作れる!」
俺は声の主を見た。
顔に見覚えはなかった。
「そう思うのは当然です。原本は監査役に預けています。疑問がある人は確認してください」
監査役が立ち上がり、封印した帳簿を掲げた。
その瞬間、会場の空気が少し変わった。
俺の言葉を信じたのではない。
確かめる道ができたのだ。
説明会のあと、あの若い事務員が駆け寄ってきた。
「会長、回収業者の人が話をしたいそうです」
相手は小さな荷車を持つ老商人だった。
「お前さんの商会が大きくなってから、俺たちの仕事は減った。だが、今日の説明で一つ分かった。運ぶ量はまだ増やせるんだな」
「ええ。ただし無理な運行はさせません」
「だったら俺たちにも入札させてくれ」
俺はその場で担当者を呼び、公平な募集の準備を頼んだ。
噂を打ち消すための説明会だったはずが、思いがけず新しい取引の入り口になった。
帰り道、ミリアが言った。
「勝った、という顔ではありませんね」
「怖かったよ。全部見せれば、俺の失敗もばれるからな」
「でも、逃げませんでした」
俺は笑った。
「逃げたら、明日から誰も帳簿を信じてくれないだろ」
三日後。
王都の商業組合で、公開説明会が開かれた。
商人。
職人。
役人。
そして新聞記者。
多くの人が集まった。
俺は壇上に立った。
「本日は、オリバ資源商会の事業について説明します」
会場が静かになる。
俺は資料を広げた。
「まず、魔道具部品の価格について」
原材料費。
加工費。
輸送費。
人件費。
設備費。
そして利益。
それぞれを示した。
「うちは、廃棄物から材料を回収しているため、原材料費を抑えられています」
商人たちがざわついた。
「……なるほど」
「だから安いのか」
俺は続けた。
「ただし、安売りのために赤字で販売しているわけではありません」
利益率も説明した。
「利益は、設備投資と従業員の給料、研究開発に使っています」
会場から質問が飛んだ。
「将来、価格を上げるつもりはないのか?」
俺は答えた。
「原材料費や人件費が上がれば、価格を見直すことはあります」
会場が静かになる。
俺は続けた。
「ですが、競争相手を潰してから不当に値上げするつもりはありません」
商人たちが頷いた。
「……正直だな」
「分かりやすい」
説明会の最後。
一人の記者が尋ねた。
「オリバ殿」
「はい?」
「あなたは、なぜここまで事業を大きくしたのですか?」
俺は少し考えた。
そして答えた。
「もったいなかったからです」
記者は首を傾げた。
「……もったいない?」
「はい」
俺は笑った。
「まだ使えるものが、捨てられている。それが嫌だったんです」
会場が静かになった。
俺は続けた。
「ごみを減らせば、材料が増える。材料が増えれば、商品が安くなる。商品が安くなれば、生活が楽になる」
記者は真剣に聞いていた。
「そして、商売も儲かる」
俺は笑った。
「だから続けています」
翌日。
王都の新聞に、大きな記事が掲載された。
『ごみから富を生み出した商人』
『オリバ資源商会、経営の仕組みを公開』
『廃棄物を資源に変える新産業』
記事は王国中で話題になった。
その日の午後、商業組合から俺のところへ連絡が来た。
「ヴァレン商会の公共事業契約についても調査が始まったそうです」
ミリアの報告に、俺は驚いた。
「俺が頼んだわけじゃないぞ」
「分かっています。帳簿を確かめたいという声が、他の商会にも向かったんです」
俺は窓の外を見た。
自分の数字を公開しただけで、誰かの不正を断定するつもりはなかった。
「調査の結果が出るまで、俺たちは余計なことを言わないでおこう」
ミリアは頷いた。
説明会から三日後、若い事務員が自分の給与明細を持ってきた。
「見習いの昇給条件が部署によって違います」
俺は公開した資料の数字が正しくても、運用が公平とは限らないと知った。
翌週、職人代表を交えた検討会を開いた。
帳簿を見せたことで終わりにするなら、透明な紙で不公平を包んだだけになる。
説明会の翌週、公開帳簿に誤記が一つ見つかった。
回収業者への未払い額が、別の欄に転記されていたのだ。
ヴァレン商会の使いは広場に飛び出し、
「やはり隠蔽だ!」
と叫んだ。
集まった商人たちがざわめく。
俺はその場で言い返さなかった。
未払い先の工房へ走り、請求書の原本と入金記録を照合した。
支払いが遅れていたのは事実だった。
「申し訳ありません。今日中に払います」
工房主は受け取った金貨を数えたあと、俺を見た。
「お前の帳簿が正しいと言いに来たのか」
「間違っていたと伝えに来ました」
翌朝、俺は訂正前と訂正後の帳簿を並べて掲示した。
監査役にも確認印を頼んだ。
使いは訂正前の紙だけを掲げた。
「ほら見ろ。こいつは嘘つきだ!」
そのとき、工房主が人垣を抜けてきた。
使いから紙を奪うのではなく、訂正後の数字を指でなぞった。
「こいつは間違えた。だが、俺の工房へ来て、謝って、払った。お前の商会は未払いを認めたことがあるか?」
使いは答えられなかった。
周囲の商人たちは、ヴァレン商会の契約書も見せるよう求め始めた。
俺は勝ち誇る言葉を飲み込んだ。
広場に残ったのは拍手ではなく、帳簿を自分の目で確かめようとする長い列だった。




